上 下
121 / 191
ルカ・ポアネスという不良

ルカ・ポアネスという不良38

しおりを挟む
 ああ、言ってしまった。

 もう後戻りできない。

「――シルフィって、お前の風精霊か?」

「……うん。そう。……ごめんなさい。本当に」

 デイビッドの顔が、見られない。
 心臓が、ただひたすらうるさい。
 沈黙の後、不意に聞こえた深い深いため息に、びくりと体が跳ねる。
 思わず、ぎゅっと目を瞑ってしまった。

 だけど。

「――たく、あの糞ガキ。……どんだけ俺のことが嫌いなんだ」

「……え」

 覚悟した罵声が、降ってくることは無かった。
 顔をあげた私に映るのは、肩を落として不貞腐れたような表情を浮かべるデイビッド。

「どうせ、あれだろ? 大好きなご主人様を虐げる俺が嫌いだから、復讐のタイミングを狙ってたとかいう感じだろ。……ったく、何つー的確なタイミングで嫌がらせしてきやがるんだ……あのガキ」

「ち、違……っ」

「いい、いい。庇わなくたって、分かってる。てめぇが、自分から命令してきて、俺の邪魔何か仕掛けたりなんかしねぇことくらい。暴走したガキを止められなかっただけだろ? ……別に怒りはしねぇさ」

 即答された返事に、思いがけなく突きつけられた信頼に、思わず息を飲みこむ。
 そんな風に、思ってくれていたなんて。
 嬉しいと思う反面、その言葉の重みが胸に突き刺さった。
 私はそんな風に、思って貰えるような立場じゃないんだ。

「……違うんだよ。違うの……そんなんじゃないんだ」

「……あん?」

「本当に、私のせいなんだ。……シルフィはただ、私の望みをかなえてくれただけで」

 怪訝そうに見上げるデイビッドの顔が、涙で滲んだ。
 ただただ自分が情けなくて、格好悪かった。


「……私が、ルカに嫉妬したからっ……ルカに嫉妬して、デイビッドが負ければいいと……ルカがデイビッドに従って、自分が契約解除されたら嫌だって思ってしまったから、シルフィは私の想いに応えてくれただけなんだ……!」

 言葉にした途端、自分のあまりの卑小さを実感して、涙が頬に零れ落ちた。
 言葉にしたからこそ、改めて分かった。シルフィは悪くない。悪いのは、そんな情けない、馬鹿な感情を露わにしていた私だ。
 それを簡単にシルフィに気付かせてしまった、私が一番悪いのだ。

 今だから、分かる。今だから、認めないといけない。

 私は、シルフィが魔法を使って、デイビッドの勝利を妨害した時。心の底では喜んでいたのだ。
 喜んで、自分が見限られないことに安堵しながらも、その癖、シルフィを責め立て、その咎を押し付けようとしていた。
 シルフィはただ、私の願いを叶えてくれただけなのに、そんな物は望んでいないと、綺麗事を叫んだ。

 ……なんて、酷い主人だ。なんて、愚かで、ずるくて汚い人間なんだ。

 そう考えると、情けなくて、恥ずかしくて、消えてしまいたくなる。

 ボレア家のプライド以前の問題だ。
 私が私として生きる為に必要なプライドを、尊厳を、私は自分の手で傷つけたのだ。精霊達の主人であるという、ルクレア・ボレアとしてだけでは無く、私が私であるが故に有する私自身の自尊心を、私は自分の馬鹿な行動で傷つけたんだ。

 なんて、愚かなんだ。こんな人間に、精霊達を、私の大好きで可愛い、愛おしい精霊達を従える資格何かありはしない。

 そう思ったら涙が次から次に溢れだして止まらなかった。
 泣けば泣くほど、自分が一層惨めで格好悪くなると分かっているのに、泣けば許されるというものじゃないと分かっているのに、それでも勝手に涙が零れてしまう。


 そんな私の様子に、デイビッドは再び大きく溜息を着いて、立ち上がる。
 今度こそ襲ってくるだろう、デイビッドの断罪に、私は覚悟を胸に目を瞑った。
 例え、半殺しにされたとしても、受け入れようと思った。……こんな勝手な理由で、野望をぶち壊されたデイビッドには、その資格があると思ったから。

「……不細工で情けねぇ顔してんじゃねぇよ。アホ」

 しかし、額に感じた軽い痛みと共に振ってきた声は、どうしようもない呆れが滲んでいたものの、拍子抜けするほど優しいものだった。

 思わず涙も引っ込んで、反射的に大きく開いた私の目に映ったのは、額を弾いた指を構えたまま苦笑いを浮かべるデイビッドの顔だった。



しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

【完結】悪役令嬢のトゥルーロマンスは断罪から☆

白雨 音
恋愛
『生まれ変る順番を待つか、断罪直前の悪役令嬢の人生を代わって生きるか』 女神に選択を迫られた時、迷わずに悪役令嬢の人生を選んだ。 それは、その世界が、前世のお気に入り乙女ゲームの世界観にあり、 愛すべき推し…ヒロインの義兄、イレールが居たからだ! 彼に会いたい一心で、途中転生させて貰った人生、あなたへの愛に生きます! 異世界に途中転生した悪役令嬢ヴィオレットがハッピーエンドを目指します☆  《完結しました》

悪役令嬢は婚約破棄されて覚醒する

ブラックベリィ
恋愛
書いてみたいと思っていた悪役令嬢ですが、一風変わったように書けたらと思いながら書いております。 ちなみに、プロットなしで思いつきで書いているので、たまに修正するハメになります(涙) 流石に、多くの方にお気に入りを入れてもらったので、イメージ部分に何も無いのが寂しいと思い、過去に飼っていた愛犬の写真を入れました(笑) ちなみに犬種は、ボルゾイです。 ロシアの超大型犬で、最多の時は室内で9頭飼っておりました。 まぁ過去の話しですけどね。 とりあえず、頑張って書きますので応援よろしくお願いします。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

転生侍女は完全無欠のばあやを目指す

ロゼーナ
恋愛
十歳のターニャは、前の「私」の記憶を思い出した。そして自分が乙女ゲーム『月と太陽のリリー』に登場する、ヒロインでも悪役令嬢でもなく、サポートキャラであることに気付く。侍女として生涯仕えることになるヒロインにも、ゲームでは悪役令嬢となってしまう少女にも、この世界では不幸になってほしくない。ゲームには存在しなかった大団円エンドを目指しつつ、自分の夢である「完全無欠のばあやになること」だって、絶対に叶えてみせる! *三十話前後で完結予定、最終話まで毎日二話ずつ更新します。 (本作は『小説家になろう』『カクヨム』にも投稿しています)

【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!

春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前! さて、どうやって切り抜けようか? (全6話で完結) ※一般的なざまぁではありません ※他サイト様にも掲載中

処理中です...