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オージン・メトオグという王子

オージン・メトオグという王子19

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「……オージン殿下。殿下を謀った身で、非常に勝手なお願いだとは思いますが、どうかエンジェを……姉を、嫌いにならないでやって下さい……」

 ん? いきなり何言い出すんだ、こいつ。

「オージン殿下に嫌われるのは、きっと姉にはとても辛いことなのだと思うので……」

「――それは、どういう意味かな?」

 自己嫌悪で打ちひしがれていたオージンが、デイビッドの言葉に身を乗り出した。
 ちょ、今、一瞬鼻の孔膨らんだ……! 王子にあるまじき顔だった……! み、見てはいけないもん、見ちゃった気分だぜ。

 てか、おい。本気で何言うつもりだ、デイビッド。

「姉は、家族以外の人間、特に男性の方を酷く怖がっております。どんなことがあろうとも、自分からはけして関わり合いをとろうとはしないほどに。……だから、あの日、私はひどく驚きました。瀕死で行き倒れていたとはいえ、見も知らぬ男性を姉が必死に家まで連れてきたのですから」

「……っ」

「そして姉は、オージン殿下が峠を越してもなお、一人で殿下を看病し続けました。……姉があんなに長時間他人と関わりを持っていたのは初めてだったのです」

 その言葉に頬を紅潮させて顔を輝かせる、オージン。恋する男はかくも単純である。

 だが、私はそれが別に特別な理由でも何でもないことを知っている。

 あの日、運悪く、二人の両親は遠くの町まで出払っていた。人外魔境のあの土地からわざわざ外に出向いたのだ。それだけ大切な用事で、また、おいそれ帰ってこれる状態でもなかった。

 そして傍若無人な悪魔様は、よっぽどの場合でない限り、基本的に姉の治療行為を手伝ったりしない。するはずがない。なんせ悪魔様だ。
 そして家族以外を苦手なエンジェは、頼れる友人や知り合いがいない。
 必然的に、エンジェは苦手を推してまで、一人でオージンを看病せざるえなかったというのが真実である。別にオージンだからじゃない。完全にタイミングの問題である。

 しかしデイビッドは、そこを都合よく捻じ曲げて、オージンにとって耳触りが良い甘い言葉を囁く。

「これはあくまで私の推測なのですが、姉は、どこかでオージン殿下に魅かれているのではないでしょうか。じゃなけば、人嫌いの姉があんなにまで献身的な看病など出来る筈がないと思うのです。……私は、オージン殿下ならば、姉のトラウマを癒やせるのではないかと、姉の人間嫌いを克服させられるのではないかと、そう考えています。だからこそ、殿下には、姉を嫌わないで欲しいのです」

 オージンの喉仏が揺れ、湧き上がった唾を嚥下したのが見えた。

 ――あかん。悪魔様、姉ちゃん、売る気だ……!

「オージン殿下……私はルクレア先輩から、オージン殿下が姉に魅かれているという話を伺いました。……宜しければ、私に橋渡しをさせて頂けないでしょうか」

「……橋渡し?」

「ええ。齢が近く、ずっと一緒にいたせいか、姉は家族の中でも私の言葉に一番耳を傾けます。私からオージン殿下のことを、それと無く姉に伝えましょう。そのうえで、姉と手紙のやり取りから始められてはいかがでしょうか」

「手紙のやり取り……」

「姉は会話は苦手ですが、物を書くことは達者で、文字上では雄弁に語ります。お互いの知らなかった一面を、手紙を通して知り合うことが出来るでしょう。私の実家は便の悪さ故に、文を届けることもままならないですが、私は先祖代々伝わる特集な魔法具を使って、定期的に実家に戻ることが出来ます。最低でも、一月に一度は、実家に戻ります。その時に殿下の手紙を運ぶというのはいかがでしょうか」

 にっこりと愛らしく微笑むデイビッド。しかし、その背には、やはり真っ黒な羽根が生えているように見えて仕方ない。取引を持ちかける悪魔の微笑みである。
 オージンはどこか夢うつつな様子で、そんなデイビッドを見つめる。

「――協力、してくれるかい? デイジー。私は本当に、どうしようもないほど、君のお姉さんが大好きなんだ」

「はい。喜んで」

 ……はい、王子様一名、落ちましたー!
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