上 下
14 / 191
ルクレア・ボレアという女

エンジェ・ルーチェを騙る悪魔6

しおりを挟む
 
 ……まずい、足の感覚無くなってきた。

「あのご主人様、そろそろ限界なんですが……」

「まだまだ余裕だろうが。絶対足崩すんじゃねぇぞ。崩したら【ペナルティ】科すからな」

 洗面台に寄りかかってくつろいでらっしゃる悪魔様に、上目使いで声を掛けても一刀両断される。

 ちなみに悪魔様の服と鬘は装着済みである。この下僕めが、恐れ多くも契約精霊(【酩酊】魔法解除済み)を使役させ頂き、先程の自分の時同様、ミスト付きドライヤーのごとき魔法を献上させて頂いた次第でございます。ええ。

 ちなみに、私に対する暴挙に切れて刃向ったサーラムは、悪魔様に思いっきり握りしめられた挙句、激しくシャッフルされるという拷問を受けた。魔法行使が終わるなり、私の肩の上にしがみついて、脅える小動物のごとく震えている。……いいんだが、ちょっとその震動が足に来るぞ、サーラム。必要な時は召喚するから、他の精霊たちのように精霊界に逃げ帰ってくれて構わないぞ。主を心配するお前の気持ちは嬉しいが。嬉しいが、ぶっちゃけ今は邪魔だ。
 ……だぁ! 揺らすな! ずっこける! つうか体勢崩したら、悪魔様の【ペナルティ】が来る! 
 わかった、お前の恐怖も、お前がいかに勇敢に悪魔様に立ち向かったかも分かるからっ、お前の愛をしっかり受け止めたからっ、頼むからいったん精霊界帰れ! まじで!

「――しっかし、お前普段と雰囲気違ぇな」

「……へ?」

 無言でサーラムと格闘していた私を、悪魔様が興味深そうに観察する。

「いっつも高飛車で嫌味くせぇ、すまし顔した典型的いいとこの糞令嬢かと思ってたけど、今見てみると存外アホっぽいな。なんだ、いつものあれ。キャラ作ってたのかよ」

「――い、いえ、そんなことはありませんわ! ただ、今は予想外の事態に動揺しているだけ……」

「嘘をついたら【ペナルティ】な。ここで一時間、四つん這いになって俺の椅子になれよ」

「キャラを作っておりましたぁぁ! 本来の私めは、こんな感じのただのアホでございますぅぅ!」

 普段のボレア家令嬢モードで取り繕おうとしたものの、速攻で白旗を上げた。 

 ……女の子をトイレで四つん這いって。
 ……しかも、その上に一時間以上乗るって。
 どんだけ悪魔なんだっ、この悪魔様は! ぜってぇ流れている血、青色だよっ! 緑色でも可!

「――ふうん。で、なんでキャラを作ってたんだ? な・ん・で、俺にあんな糞ムカつく嫌がらせを色々してきやがったんだ?」

 にっこり天使のごとき笑みを浮かべる悪魔様が心底怖い。先程までの変態ちっくな格好の悪魔様も怖かったが、天使のごとく愛らしい美少女姿の悪魔様は別の意味で怖い。こんな愛らしい少女の口から、口汚い言葉が次々出てくるのは、本当に何かのバグなんかじゃないかと思う。詐欺だ。絶対。

 しかし、悪魔様の問いに、なんて答えればいいものか。

 ドエス願望を満たしたかったから、なんて馬鹿正直に答えたら、どんな目に遭わせられるか分からない。かと言って、「あなたの恋を応援する為……」なんていい人ぶろうにも、それを答えるのには、乙女ゲームの世界に自身が転生したという諸事情を話す必要がある。そんなことを話せば、普通の人ならまず間違いなく、私の頭がおかしいと思うだろう。信じるはずがない。それで悪魔様が「頭おかしい奴だから関わらないでおこう」となってくれれば万々歳だが、果たしてそううまくいくだろうか……。さてさてどうしたもんか……

「沈黙は嘘と同等とみなす」

「ドエス願望叶えたかったからです! ついでに乙女ゲームのヒロインであるエンジェちゃんの、恋の手助けになればとっ!」

 ……どぅおっ! 焦るあまり、ぺろっと全部正直に白状してしまったぁぁあ!
 やばい、絶対、これは絶対、まずいっ。
 ど、どうしようマジで! 制裁及び頭がおかしいこ扱いのWコンポの未来しか待っていない気がする! そんな気しかしないっ!

「……あぁ? 乙女ゲーム?」

 しかし、予想に反し、悪魔様は訝しげに片眉を小さくあげただけで、反応は薄かった。

「もしかして、てめぇも【転生者】とかいいだすんじゃねぇだろーな」

「っ何故、その単語をっ!? もしや、貴方様も!?」

 まさか悪魔様も転生者なのか!? ……転生者だとしたら、かつてのあの世界で一体どんな人生送ってたんだ。どんな人生を送ればこんな風に歪んでしまうんだ。SMの調教師かなんかだったのだろうか。切に問いただしたい。
 悪魔様は私の言葉に、酷く不愉快そうに顔を歪めた。

「違ぇよ。俺がんなトチ狂ったこというか、ボケ。――【転生者】だなんだ乙女ゲームがどうたらこうたら、訳わかんねぇことをほざくのは、うちの愚姉だ」


 そして悪魔様は、本物の乙女ゲームのヒロイン、エンジェ・ルーチェについて語りだした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

痩せすぎ貧乳令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 とあるお屋敷へ呼ばれて行くと、そこには細い細い風に飛ばされそうなお嬢様がいた。 お嬢様の悩みは…。。。 さぁ、お嬢様。 私のゴッドハンドで世界を変えますよ? ********************** 転生侍女シリーズ第三弾。 『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』 『醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』 の続編です。 続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。 前作も読んでいただけるともっと嬉しいです!

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

悪役令嬢が死んだ後

ぐう
恋愛
王立学園で殺人事件が起きた。 被害者は公爵令嬢 加害者は男爵令嬢 男爵令嬢は王立学園で多くの高位貴族令息を侍らせていたと言う。 公爵令嬢は婚約者の第二王子に常に邪険にされていた。 殺害理由はなんなのか? 視察に訪れていた第一王子の目の前で事件は起きた。第一王子が事件を調査する目的は? *一話に流血・残虐な表現が有ります。話はわかる様になっていますのでお嫌いな方は二話からお読み下さい。

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

転生悪役令嬢は冒険者になればいいと気が付いた

よーこ
恋愛
物心ついた頃から前世の記憶持ちの悪役令嬢ベルティーア。 国の第一王子との婚約式の時、ここが乙女ゲームの世界だと気が付いた。 自分はメイン攻略対象にくっつく悪役令嬢キャラだった。 はい、詰んだ。 将来は貴族籍を剥奪されて国外追放決定です。 よし、だったら魔法があるこのファンタジーな世界を満喫しよう。 国外に追放されたら冒険者になって生きるぞヒャッホー!

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】攻略を諦めたら騎士様に溺愛されました。悪役でも幸せになれますか?

うり北 うりこ
恋愛
メイリーンは、大好きな乙女ゲームに転生をした。しかも、ヒロインだ。これは、推しの王子様との恋愛も夢じゃない! そう意気込んで学園に入学してみれば、王子様は悪役令嬢のローズリンゼットに夢中。しかも、悪役令嬢はおかめのお面をつけている。 これは、巷で流行りの悪役令嬢が主人公、ヒロインが悪役展開なのでは? 命一番なので、攻略を諦めたら騎士様の溺愛が待っていた。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

処理中です...