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アストルディアの決断
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「ーー父上は、病で死んだ。しかし番を亡くしたことで、貴女は狂い、エドワードが殺したと思い込んで廃そうとした」
「っアストルディア……」
「狂った女王をこのまま王位につけておくわけにはいかないが、今までの功績を考えれば、狂ったから殺すというのは、あまりにも外聞が悪い。王位剥奪のうえで、幽閉するのが一番妥当な処遇だろう」
そう淡々と告げながら、アストルディアは窓の外を見た。
「専用の塔を用意しよう。物資や食料の受け渡し以外は、外部とは一切接触ができず、出ることもできない終の棲家を。民へ悪影響を与えないよう、死ぬまで外界の者とは接触させるつもりはないが……身の回りの世話をするメイドを、一人だけ傍に置くことを許そう。貴女が死ぬまでは、そのメイドもまた外に出すつもりはないから、了承を得られたものだけを連れて行くといい」
外界から完全に隔絶された二人だけの監獄は、ルルーさんはともかく、狼獣人であるエルディア女王にとっては、何より欲していたものだろう。
「……そんな幸福な罰で、構わないの?」
「それを幸福と思うか不幸と思うかは、貴女達次第だろう。狼獣人である貴女はともかく、別種の獣人の愛は永遠とは限らない。一時の愛が冷め、厭われ憎まれたとしても、死ぬまで離れられないのだと肝に銘じておくといい」
「たとえそうなったとしても……少なくとも、私は、死ぬまで幸福なのでしょうね。今までの人生よりも、ずっと」
「私がエルを嫌うなんて、あり得ないわっ! ……ありがとうございます、ありがとうございますっ。アストルディア様」
「礼を言われる筋合いはない。結果を踏まえたうえで状況を考えれば、それが最善だと判断しただけだ。もし、貴女達がエディを傷つけていたり、腹の子が流れていたら、俺はけして貴女達を許さなかった」
そう言って、アストルディアは怒りに満ちた眼差しで、二人を睨んだ。
「どんな理由があろうとも、関係ない。俺はその首をかき切り、体に八つ裂きにし、死体は魔物の餌にして、どこまでも貴女達の尊厳を貶めようとしただろう」
「……そうでしょうね。貴方には、その権利があるわ」
「だが、そうはならなかった。全ては丸く収まり、良い方向に進んでいる。それが全てだ。あり得た未来の可能性で、貴女達を断罪するつもりもない。この先、同様の事件が起きる可能性さえ排除できれば、それでいい。ずっとアルデフィアのもとに行くことを望んでいた父の死を、惜しむつもりもないしな」
「そう」
「俺はもう二度と生きた貴女に会うつもりはないし、国内の情報を流すつもりもない。だが、心配する必要はない。俺はきっと、貴女よりもアルデフィアよりも、立派な王になってみせる。セネーバを、エディやアイルが、安心して暮らせる国にしなければならないからな。俺の能力は、誰より貴女が知っているだろう」
「ええ。だからこそ、貴方を王にしようと思ったのだもの」
「安心して、引退してくれ。母上……いや、エルディア・セネバ。貴女が良い母だったかは、わからないが。間違いなく貴女は、敬意を払うべき王だった」
すっかり仮面を外していたエルディア女王は、思いがけない息子の言葉に目を見開き
「ーー何よりの、賞賛の言葉だわ」
気高く美しい女王の顔で、笑ったのだった。
「……お守りすることができず、申し訳ありませんでしたっ」
軟禁生活に痩せて儚げになり、ますます麗しさに磨きがかかったチルシアさんが深々と頭を下げて膝をつく。
かつての同僚が気を配ってくれた結果、環境自体はそこまで悪くなかったようだが、やはり心労が大きかったようだ。
「謝るのは、俺の方だよ。チルシアさんは止めてくれたのに、自分の力を過信して一人で女王に対峙したんだから。その結果、チルシアさんまで巻き込んだ。本当にごめんなさい」
今考えると、本当、危機感がなさ過ぎて迂闊過ぎる。どこまで自分の力を過信してるんだと、あの時の自分を殴りたい。
「……アストルディアは、セネーバの体制を大きく変えるつもりだ。今までは王の負担があまりに大き過ぎたから、役職を色々作って労力を分散するつもりなんだって」
今のセネーバの体制は、元々は群れで別々に生活していた獣人を王政でまとめるため、アルデフィアが一から作り出したものだ。
元奴隷で学がないアルデフィアが、エレナ姫の曖昧な知識だけを参考に作り上げたものなので、不備が多くて王の負担がバカでかい。
家族と過ごす時間を削るつもりはないアストルディアは、クリスや俺のアドバイスを受け、リシス王国の現体制を参考に、制度そのものを大きく改革するつもりでいる。
もし王の負担がもう少し軽かったら、エルディア女王もあそこまで強迫観念にかられることはなかったかもしれないと言うのも、理由の一つだ。
「だからチルシアさんが望むなら、王宮の別の役職についても……」
「ーーお傍に、おいてください。アストルディア様や、エドワード様が、それを許してくださるのなら」
「っアストルディア……」
「狂った女王をこのまま王位につけておくわけにはいかないが、今までの功績を考えれば、狂ったから殺すというのは、あまりにも外聞が悪い。王位剥奪のうえで、幽閉するのが一番妥当な処遇だろう」
そう淡々と告げながら、アストルディアは窓の外を見た。
「専用の塔を用意しよう。物資や食料の受け渡し以外は、外部とは一切接触ができず、出ることもできない終の棲家を。民へ悪影響を与えないよう、死ぬまで外界の者とは接触させるつもりはないが……身の回りの世話をするメイドを、一人だけ傍に置くことを許そう。貴女が死ぬまでは、そのメイドもまた外に出すつもりはないから、了承を得られたものだけを連れて行くといい」
外界から完全に隔絶された二人だけの監獄は、ルルーさんはともかく、狼獣人であるエルディア女王にとっては、何より欲していたものだろう。
「……そんな幸福な罰で、構わないの?」
「それを幸福と思うか不幸と思うかは、貴女達次第だろう。狼獣人である貴女はともかく、別種の獣人の愛は永遠とは限らない。一時の愛が冷め、厭われ憎まれたとしても、死ぬまで離れられないのだと肝に銘じておくといい」
「たとえそうなったとしても……少なくとも、私は、死ぬまで幸福なのでしょうね。今までの人生よりも、ずっと」
「私がエルを嫌うなんて、あり得ないわっ! ……ありがとうございます、ありがとうございますっ。アストルディア様」
「礼を言われる筋合いはない。結果を踏まえたうえで状況を考えれば、それが最善だと判断しただけだ。もし、貴女達がエディを傷つけていたり、腹の子が流れていたら、俺はけして貴女達を許さなかった」
そう言って、アストルディアは怒りに満ちた眼差しで、二人を睨んだ。
「どんな理由があろうとも、関係ない。俺はその首をかき切り、体に八つ裂きにし、死体は魔物の餌にして、どこまでも貴女達の尊厳を貶めようとしただろう」
「……そうでしょうね。貴方には、その権利があるわ」
「だが、そうはならなかった。全ては丸く収まり、良い方向に進んでいる。それが全てだ。あり得た未来の可能性で、貴女達を断罪するつもりもない。この先、同様の事件が起きる可能性さえ排除できれば、それでいい。ずっとアルデフィアのもとに行くことを望んでいた父の死を、惜しむつもりもないしな」
「そう」
「俺はもう二度と生きた貴女に会うつもりはないし、国内の情報を流すつもりもない。だが、心配する必要はない。俺はきっと、貴女よりもアルデフィアよりも、立派な王になってみせる。セネーバを、エディやアイルが、安心して暮らせる国にしなければならないからな。俺の能力は、誰より貴女が知っているだろう」
「ええ。だからこそ、貴方を王にしようと思ったのだもの」
「安心して、引退してくれ。母上……いや、エルディア・セネバ。貴女が良い母だったかは、わからないが。間違いなく貴女は、敬意を払うべき王だった」
すっかり仮面を外していたエルディア女王は、思いがけない息子の言葉に目を見開き
「ーー何よりの、賞賛の言葉だわ」
気高く美しい女王の顔で、笑ったのだった。
「……お守りすることができず、申し訳ありませんでしたっ」
軟禁生活に痩せて儚げになり、ますます麗しさに磨きがかかったチルシアさんが深々と頭を下げて膝をつく。
かつての同僚が気を配ってくれた結果、環境自体はそこまで悪くなかったようだが、やはり心労が大きかったようだ。
「謝るのは、俺の方だよ。チルシアさんは止めてくれたのに、自分の力を過信して一人で女王に対峙したんだから。その結果、チルシアさんまで巻き込んだ。本当にごめんなさい」
今考えると、本当、危機感がなさ過ぎて迂闊過ぎる。どこまで自分の力を過信してるんだと、あの時の自分を殴りたい。
「……アストルディアは、セネーバの体制を大きく変えるつもりだ。今までは王の負担があまりに大き過ぎたから、役職を色々作って労力を分散するつもりなんだって」
今のセネーバの体制は、元々は群れで別々に生活していた獣人を王政でまとめるため、アルデフィアが一から作り出したものだ。
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家族と過ごす時間を削るつもりはないアストルディアは、クリスや俺のアドバイスを受け、リシス王国の現体制を参考に、制度そのものを大きく改革するつもりでいる。
もし王の負担がもう少し軽かったら、エルディア女王もあそこまで強迫観念にかられることはなかったかもしれないと言うのも、理由の一つだ。
「だからチルシアさんが望むなら、王宮の別の役職についても……」
「ーーお傍に、おいてください。アストルディア様や、エドワード様が、それを許してくださるのなら」
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