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彼女の本音

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 視界の端で、エルディア女王が蒼白になって震えている。その姿はまるで幼気な少女のようで、先程までの威厳は微塵も感じなかった。
 ……ルルーさんがニルカグルを殺したことは知っていても、その動機までは詳しく聞いてなかったんだろうな。
 もし聞いていたなら、きっと別の道を選んだはずだから。

「年をとって、もう子どもは産めなくなったけど……それでも、希望はあった。ニルカグルは、いつ死んでもおかしくない状態。あいつが死ねば、エルはきっと解放される。番を亡くしたことで狂ってしまうだろうけど、そうなれば嫌でも女王をやめなきゃいけないだろうから……それからは、きっとエルの傍にいれるのは私だけ。壊れて狂ったエルと、死ぬまで二人で過ごせるなら、私はそれで良かったの。それで十分幸せだったのにっ!」

「……ルルー……」

「なのに最近のエルは、アストルディア殿下のことばかり! 結局番であるニルカグルが死んでも、エルは私のものにはならないのだと、突きつけられたわ。エルにとっては、私よりも、セネーバの未来や息子であるアストルディア殿下の方が大切なのだから。それほどエルに想われている貴方が、妬ましくて妬ましくて仕方なかったわ。それなのに、貴方はそんなエルの気持ちを何一つ知らないままに、無神経にエルを傷つけた! あの色ボケじじいは貴方の姿にアルデフィアを重ねて執着を示して、どこまでもどこまでもエルの尊厳を破壊した! 許せなかった……許せるはずがないでしょう? だから、殺してやったのよ! その容疑が、前日ニルカグルのもとを訪ねた貴方に向けられるようにデワリュセの樹液を使って」

 俺が最有力容疑者のように扱われていたから、うっかり忘れてはいたが、確かに王宮ではアストルディアもニルカグル殺害の容疑者の一人だった。
 わざわざ遅延毒であるデワリュセの樹液を使ったのは、元々はアストルディアに罪を被せるだったのか。

「どうせ何もしても愛されないなら、エルから憎まれたかった……いっそ、エルの手で殺して欲しかったから、すぐに自分がニルカグルを殺したことをエルに伝えに行ったの。でもエルは『船に乗れるように手配するから、すぐに大陸から出て行きなさい』と言うばかりで、私をなじってもくれなかった……ひどい、人……私はこんなにも愛してるのに、憎んですらくれないんだから」

「……ち、がう……ちがうわ……ルー……」

「エルの傍で生きられないなら、もう生きてる意味はない……だから、最期にエルがもっとも大切にしてるアストルディア殿下を殺して、セネーバをめちゃくちゃにしてやるつもりだったの……失敗してしまったけどね」
 
 自嘲の笑みを零しながら、ルルーさんは覚悟を決めたように、目をつぶる。このまま俺から殺されるのだと、そう思っているのかもしれない。

「……わかったでしょう。女王陛下。これが、貴女の嘘の結果です」

「…………」

「ルルーさんや、貴女の処罰を決めるのは、アストルディアで、俺が口出しできることではありません。でも貴女が誤解を解く為に、時間を取ることはできます。どうかどうか、伝えてあげてください。女王としてではなく、個人としての貴女の本音を」

 エルディア女王の黒い瞳から、つと涙が零れた。

「……私は、女王です。国と民を第一に考え、この国そのものを番と想って生きて来ました。そうすべきだと、思ってきました」

「…………」

「でも、私は狼獣人なんです……どこまでも、どこまでも狼獣人なんです」

 くしゃりと顔を歪めて泣く姿は、先日のアストルディアと、よく似ていた。

「それがどれほど間違っているとわかっていても。大切な息子を陥れるだけじゃなく、戦争を引き起こして、守るべき国や民を傷つけるかもしれない愚かな行為だとわかっていても。生涯ただ一人愛した人を……想いを伝えることもできないのに、それでもなお手放せなかった私の唯一を、処刑することなんかできません……っ!」

「……エル?」

「愛してるわ、ルー……ずっとずっと愛してたわ。本当は、貴女がアストルディアの結婚式の衣装で怒る必要なんか、なかったのよ。両親から愛されなかったことなんて、貴女が傍にいてくれたから、すぐにどうでも良くなったのだもの。それでも、貴女に泣いて縋り続けたのは、ただ同情で貴女を縛りつけたかったから。セネーバの未来を考えたら貴女を番にすることはできないとわかっていたのに、貴女が他の誰かのものになるなんて耐えられなくて。貴女の同情心につけ込んで、女王の権力を振りかざし、貴女を囲ったの。……本当に、私はひどい女だわ」
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