299 / 311
女王の真意
しおりを挟む
「かわいい……ですが、申し訳ありません。兄上。愛らしい子犬としか、思えません。僕の甥なのだとは、わかっているのですが」
そう言って弟のレオは、眉をハの字にした。
「……すまない。腕に抱くのは、もう少し時間が必要そうだ」
少しだけ顔色を悪くした父上は、そう言って頭を抱えた。
そう簡単に、獣人への意識を変えることは難しいだろう。
それでも、二人の顔に嫌悪の色はなかったし。レオはアイルを腕に抱き、父上は恐恐ながらもその頭を撫でていたので、今はそれで十分だと思う。
少しずつ、少しずつ、でいい。
皆が少しずつ、確実に意識を変えて行けば、いつか必ず世界は変えられる。
「まあ、実際もう、うちの王宮でセネーバに戦争を仕掛けようなんて言う人間はいないしね」
何故か、すごく慣れた手つきでアイルを抱っこしながら、クリスは肩を竦めた。
「アストルディア一人に、王宮兵全員ふっとばされたからね。しかも、怪我をしないように手加減されたうえで。あんな化け物じみた力見せつけられたんじゃ、戦意も喪失するって」
レンリネドから引き返したアストルディアは、一刻も早くセネーバに戻るべく、転移魔法の使い手を借りようとリシス王国の王宮に押しかけたらしい。敢えて正式な面会手順を丸無視して、静止する王宮兵をふっとばしながらクリスの所にやってきた白狼の姿は、もはや災害級のモンスター。
レンリネドでも、同じように兵をふっとばして王や教皇を脅しつけてきた結果、セネーバとの戦争を求める声は嘘のように消え去ったのだとか。
「レンリネドの方では、教皇が一転して『獣人と共存すべきだと、女神から新たな神託があった』とか言い出しているらしいよ。よっぽどアストルディアの襲撃に、肝を冷やしたんだろうね。リシス王国を盾にしようが、その気になればいつでもセネーバの獣人は攻めてこられるのだと思っただろうし」
レンリネドが反獣人主義を翻した結果、ますますリシス王国内での戦争派は力を失い、ただでさえ風前の灯火だった王妃派はもはや完全に解体されたようで。近々王位継承予定のクリスは、すっかりご満悦だ。
「エディから状況を知らせてもらったはいいけど、エディ以外の被害はなく、セネーバ国内ですら情報統制されてる状態じゃ、こちらも動きようがなかったからね。かなり乱暴な手段ではあったけど、アストルディアが動いてくれて助かったよ」
「……セネーバ国内では、まだニルカグルが死んだ情報は広まってないのか」
「全然。エディから教えてもらわなかったら、僕の影を使っても情報が手に入ったかわからないくらいに、徹底して王宮外に情報が漏れないようにされてる。辺境伯領に攻め込ませようとしたことなんて、まるでなかったみたいに交易も続いてるし……一体エルディア女王は何を考えてるんだろうね」
クリスの腕の中で一度目を醒ましたアイルは、少しだけきゅんきゅん鳴いたが、少しクリスがあやしたらすっかりご機嫌になって、ニコニコ笑ってクリスを見上げている。……おかしいな。クリスの経歴考えても、小さい子どもをあやした経験とか皆無だと思うんだが。何故、こんなに上手いんだ。これも全て、人心掌握術の延長なのか。
「……母上が考えていることは、何となくわかる」
抱っこがうまくないからか、目を醒ましたアイルからは拒否されがちのアストルディアは、羨ましそうにクリスを見ながらため息を吐いた。
「エディ。明日、アイルをお前の実家に預けて、セネーバ王宮へ出向こう。恐らくは、国境の警備兵も、王宮兵も、俺達のことを止めないはずだ」
「……あ、やっぱり、そういう感じなの? エルディア女王も大概拗らせてるねー。王としては、父上よりずっと素晴らしい方だとは思うけど」
「あの人は、どこまでも女王なんだ。女王である為に、狼獣人の性質をねじ曲げた結果が、今の状況なのだろう。……息子である俺が、解放しなければ」
そう言って弟のレオは、眉をハの字にした。
「……すまない。腕に抱くのは、もう少し時間が必要そうだ」
少しだけ顔色を悪くした父上は、そう言って頭を抱えた。
そう簡単に、獣人への意識を変えることは難しいだろう。
それでも、二人の顔に嫌悪の色はなかったし。レオはアイルを腕に抱き、父上は恐恐ながらもその頭を撫でていたので、今はそれで十分だと思う。
少しずつ、少しずつ、でいい。
皆が少しずつ、確実に意識を変えて行けば、いつか必ず世界は変えられる。
「まあ、実際もう、うちの王宮でセネーバに戦争を仕掛けようなんて言う人間はいないしね」
何故か、すごく慣れた手つきでアイルを抱っこしながら、クリスは肩を竦めた。
「アストルディア一人に、王宮兵全員ふっとばされたからね。しかも、怪我をしないように手加減されたうえで。あんな化け物じみた力見せつけられたんじゃ、戦意も喪失するって」
レンリネドから引き返したアストルディアは、一刻も早くセネーバに戻るべく、転移魔法の使い手を借りようとリシス王国の王宮に押しかけたらしい。敢えて正式な面会手順を丸無視して、静止する王宮兵をふっとばしながらクリスの所にやってきた白狼の姿は、もはや災害級のモンスター。
レンリネドでも、同じように兵をふっとばして王や教皇を脅しつけてきた結果、セネーバとの戦争を求める声は嘘のように消え去ったのだとか。
「レンリネドの方では、教皇が一転して『獣人と共存すべきだと、女神から新たな神託があった』とか言い出しているらしいよ。よっぽどアストルディアの襲撃に、肝を冷やしたんだろうね。リシス王国を盾にしようが、その気になればいつでもセネーバの獣人は攻めてこられるのだと思っただろうし」
レンリネドが反獣人主義を翻した結果、ますますリシス王国内での戦争派は力を失い、ただでさえ風前の灯火だった王妃派はもはや完全に解体されたようで。近々王位継承予定のクリスは、すっかりご満悦だ。
「エディから状況を知らせてもらったはいいけど、エディ以外の被害はなく、セネーバ国内ですら情報統制されてる状態じゃ、こちらも動きようがなかったからね。かなり乱暴な手段ではあったけど、アストルディアが動いてくれて助かったよ」
「……セネーバ国内では、まだニルカグルが死んだ情報は広まってないのか」
「全然。エディから教えてもらわなかったら、僕の影を使っても情報が手に入ったかわからないくらいに、徹底して王宮外に情報が漏れないようにされてる。辺境伯領に攻め込ませようとしたことなんて、まるでなかったみたいに交易も続いてるし……一体エルディア女王は何を考えてるんだろうね」
クリスの腕の中で一度目を醒ましたアイルは、少しだけきゅんきゅん鳴いたが、少しクリスがあやしたらすっかりご機嫌になって、ニコニコ笑ってクリスを見上げている。……おかしいな。クリスの経歴考えても、小さい子どもをあやした経験とか皆無だと思うんだが。何故、こんなに上手いんだ。これも全て、人心掌握術の延長なのか。
「……母上が考えていることは、何となくわかる」
抱っこがうまくないからか、目を醒ましたアイルからは拒否されがちのアストルディアは、羨ましそうにクリスを見ながらため息を吐いた。
「エディ。明日、アイルをお前の実家に預けて、セネーバ王宮へ出向こう。恐らくは、国境の警備兵も、王宮兵も、俺達のことを止めないはずだ」
「……あ、やっぱり、そういう感じなの? エルディア女王も大概拗らせてるねー。王としては、父上よりずっと素晴らしい方だとは思うけど」
「あの人は、どこまでも女王なんだ。女王である為に、狼獣人の性質をねじ曲げた結果が、今の状況なのだろう。……息子である俺が、解放しなければ」
362
お気に入りに追加
2,079
あなたにおすすめの小説
【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます
猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」
「いや、するわけないだろ!」
相川優也(25)
主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。
碧スバル(21)
指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。
「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」
「スバル、お前なにいってんの……?」
冗談? 本気? 二人の結末は?
美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる