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そして親になる

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 ……この大陸中を探しても、アストルディアをさん付けで呼ぶのは、母上だけだろうな。
 ちゃんと、アストルディアのことをセネーバ第二王子だって説明したはずなのに。母上らしいと言えば、母上らしい。

 赤子をアストルディアに押し付けて、バタバタ走り去って行った母上に呆れながらも、自然と口元は緩んでいた。
 母上は父上と、父上は母上と。出会えて結ばれることができて良かったと、心から思う。不幸な過去を持つ二人にとって、確かにお互いが救いであったのだと、確信できたから。

「……アスティ?」

 ふと視線をやると、生まれたての息子を渡されたアストルディアが、壊れものでも抱くような不器用な手つきでその小さな体を抱きかかえながら、唖然と腕の中を見つめていた。 

「もしかして、お前まだ、その子を抱いていなかったのか?」

「……怖かったんだ。お前がこのまま目を覚まさず、夢の中の俺のような狂気を、この子に向けてしまうのではないかと」

 アストルディアの金色の瞳から、再び涙が溢れ落ちる。

「でも、今はそんなことは全く思わない……胸が温かくて、ただただこの子が愛おしい。全てのものから、守ってあげたいと思う。それが俺自身の狂気からだとしても、必ず」

 そう言って微笑むアストルディアの目の中は、ただただ温かい父性に満ちていた。

「……あり得た未来で、誰よりもその子を傷つけたのは俺だ。俺にも、その子を抱かせてくれないか。自分がちゃんと親になれるのだと、確かめたい」

「もちろんだ。……ほら」

 小さな小さな、体だった。
 温かくて、柔らかい、少し力を入れてしまえば潰れてしまいそうなその体を、そっと胸に引き寄せる。
 この部屋に来てから、ずっと眠ったままだった黒い子犬は、その瞬間その濡れた黒い瞳を開いた。

「……あ……」

 この瞳を、俺は知っている。

『それじゃあ、またね。お兄ちゃん。先に行って待ってるよ』

『次会う時はーーお母さんって呼ばせてね』

 これは、まなの瞳だ。
 まなは確かに、俺の家族としてこの世界に生まれ変わり、俺を待っていてくれたのだ。 

「……愛しい……愛おしいな、アスティ……俺達の、子だ……俺達の息子だ」

 今日何度目になるかわからない涙が、再び滝のように溢れた。
 たとえどれだけ闇に飲まれたとしても、俺は原作エドワードのように、この子を傷つけることはけしてない。
 必ず、必ず、幸せにしてみせる。……アストルディアと、二人で。

 無垢な眼差しでこちらを見上げる息子を腕に、泣く俺の背を、アストルディアがそっと抱いた。

 今日、確かに、俺達は親になったのだ。正しく家族に、なれたのだ。
 そう実感したら、ますます涙が溢れて止まらなかった。

「……なあ、アスティ。俺はこの子の名前を、愛称でしか知らないんだ」

 原作では、主人公の名前は愛称でしか呼ばれてなかったから。おそらくは、アストルディアも同じだろう。

「でもきっと、俺が考えている名前と、お前が考えている名前は一緒だと思う。だから、せーので一緒に言ってみないか」

「……そうだな」

 小声で小さくせーのと合図して、同時にその名を口にした。

「「ーーアイルディア」」   

 小説ではただ、アイルとだけ呼ばれていた少年は、父の名を一部を受け継いで、俺達の子として正式にこの世に誕生した。
 人間と獣人の架け橋として生まれてきた、まなの魂を持つ、黒い狼獣人の子ども。
 原作では、虐待されながら愛を知らずに育てられ、両親共に犯される不幸な運命を背負っていた主人公。

 誰よりも、誰よりも、幸せにしよう。
 アストルディアと二人で、愛し慈しんで育てよう。

 だって君は運命が変わったこの世界で、愛される為に生まれてきたのだから。
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