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思い出した過去

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 最後にもう一度だけ、ぎゅっとアンゼを抱き締めて、地面に降ろす。
 俺にとって、一番大切なのはネルドゥース辺境伯領で。いざという時は、友であり恩人であるアンゼ達だって切り捨てるだろう。
 だからこそ、俺は、どちらかを選ばなくてもいい状況を作り出さなければいけない。優先順位はあっても、どちらも泣きたいくらい大切なものであることは、変わりないから。
 運命は変わった。奇跡は、もう起こったんだ。未来は、自分達で作れることが、証明された。
 俺が必ず、セネーバを戦争を行わなくていい平和な国にしてみせる。アストルディアと、共に。

「……アスティ」

 ただ黙って俺を見つめていた、アストルディアに向き直る。
 話さなければならないことは、たくさんある。話したいことも、たくさんある。
 それでも、まず。運命を変えられた今、真っ先に伝えたいのは。

「俺、お前のことーー」

 口にしようとした言葉は、突如襲ってきた激痛によって封じられた。

「……え……」

 尻の中からどろりとした何かが漏れ、目の前が暗くなる。

 ……まさか……ポーションを乱用したツケが回って来たのか?

 腹の子は、腹の子は大丈夫なのか?

「っエディ!」

 必死に俺を呼ぶアストルディアの声が遠くに聞こえたが、返事をすることはできなかった。

 俺は腹を抱えたままその場に倒れ込み、そのまま意識を失った。




 目が覚めた時、俺は何もない空間にいた。
 光はないのに、暗くもなく。
 温かくも、寒くもない。
 視界には何も写らないのに、その事実に恐怖も感じない。
 まるで母の胸の中に抱かれているような、安らぎだけがそこにあった。

 ……ああ、懐かしい。

 俺は、以前もここに来た。

 前世の俺のーー遠藤 斗和(えんどう とわ)の人生が、終わった時に。

 あぁ、思い出したよ。思い出したよ。全部。

 忘れていた、大切な記憶を。

「ーーこの世界はね、物語でできてるの」

 懐かしくて、愛おしい声がした。
 斗和だった頃の俺にとって、世界で一番大切だった妹の声が。

「【世界の管理者】と呼ばれる原始の女神が、【世界の運営者】……前世風で言うなら、コンピューターに近いかな? に、物語を入力して世界を作るの。コンピューターは、入力された物語同士を繋げて、世界の奥行きを広げる。言うなら、別々の物語をパズルのピースにして、コンピューターが間の絵を穴埋めして描くことで、一つの大きな絵が出来上がる感じ。でも、原始の女神は、物語作りがとても下手で。ひとまず人間をキャラクターとして作ったのはいいけど、肝心の内容があまりに単調過ぎて、世界が広がらなかったの」

 目の前に小さな光が集まり、徐々に徐々に人型を成していく。

「だから原始の女神は数多ある並行世界のあらゆる物語から、世界に適合する物語を収集したの。世界的に有名な物語だけでなく、作った人しか知らない趣味の物語に至るまで、現存する物語全てから。……そんな中から自分の物語が選ばれるなんて、普通はあり得ないと思うでしょ。宝くじに当たるどころか、今まで地球上で生まれた全人類の中から人間代表として選ばれるくらいの、とんでもなく低い確率なのよ。それなのに、何故か私の物語が選ばれた。選ばれて、しまったの」

 人型になった光は、懐かしい少女の姿に変わった。

「老衰で死んだ私に、女神が言ったわ。世界の基盤を作ってくれた礼に何でも願いを叶えてやるって。だから私は、今度こそお兄ちゃんを幸せにしてくださいって願ったの。そしたら女神は笑って言った。私がモデルにしたせいで、既にお兄ちゃんの魂はエドワード役として世界に組み込まれてるから、無理だって。私が……私がお兄ちゃんをモデルにあんな小説を書いたせいで、お兄ちゃんはまた不幸な運命を背負うことになっちゃった」

 トレードマークだった眼鏡を外して、妹の姿の光は子どものように泣きじゃくった。

「お兄ちゃんは、私のせいで交通事故で死んだのに……っ! そうでなくても、私はずっとお兄ちゃんの人生を奪ってきたのに……っ!」

「お前のせいじゃないよ。まな」

 暴走車が突っ込んだ先には、小さな子どもがいた。
 身も知らぬガキの為に、体を張れるほど聖人君子じゃないから、普通ならば、見て見ぬふりをしていたところだった。
 ……忙しい両親の代わりに、子どもの頃からずっと面倒を見てた世界一大切な妹のまなが、そいつの為に飛び出さなければ。
 
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