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狼獣人の業③

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 頬に生温いものが伝う感触で、自分が泣いていることに気がついた。

 俺はヴィダルスを愛していない。恋してもいない。
 寧ろ嫌いだし、心底クソ野郎だと思ってる。

 それでも、ただ一人運命から逃れられなかった為に。俺とアストルディアが運命を変えようと足掻いたしわ寄せのように、一人不幸に死んでいくヴィダルスの為に、涙くらいは流してやりたいと思ってしまう。
 それが俺の身勝手な、偽善的自己満足に過ぎなくとも。

「……なんだ。エドワード。やっぱり本当は、俺に惚れてたんじゃねぇか……」

「……違ぇよ。憐れみだよ。お前があんまり惨め過ぎるから、勝手に涙が出てきただけだ」

 ぐずぐずと鼻を鳴らして泣く俺の姿は、きっとみっともなくて、お世辞にも綺麗とは言い難いだろう。
 それなのにヴィダルスは、ひどく嬉しそうに……待ち望んでいた景色をようやく見れたと感慨に耽るように、目を細めた。

「……夢のお前も、そうやって泣いたんだ……俺に自分の為に死ねと言いながらも、いざ俺が了承したらガキみてぇに泣くんだぜ……俺のことを馬鹿だって言いながら」

「…………」

「それを現実に見られるなら、俺は死んでもいいと思った……あれほど美しい光景を、俺は知らなかったから……でも」

 力ない獣の手を俺に向けて伸ばしながら、ヴィダルスは笑う。

「でも、現実のエドワードが俺の為に泣く姿の方が、ずっと綺麗だ……やっぱりお前は、誰より美しいなァ」

 俺はきっと、ジジイ達同様に、こいつの死に様だけは一生忘れられねぇんだろうなと思った。
 命を賭けて、俺を欲したこいつのことを。
 きっと俺はこの先、何度も思い出すんだろう。

「ーーだから、やっぱり、置いて逝けねぇわ」

 ーーそうだよな。お前なら、そうするだろうと思ってたよ。

 最期の力を振り絞って飛びかかってきたヴィダルスを、いつでも振れるようにしていた剣で、斬り捨てる。
 身体強化は使えなかったのか、使わなかったのか。どこにでもいる普通の獣を相手にした時のように、特別抵抗もなくヴィダルスの首に食い込んだ刃は、ただ一振りでその首を跳ね飛ばした。

 本当に俺を道連れにする気だったのか。
 それよりもアストルディアに殺されるよりは、俺に殺されたかったのか。

 血飛沫をあげて跳んで行くヴィダルスの首は、満足げに笑っていた。



『ここから連れて出してやろうか? ……俺の性奴隷になるっつーなら、助けてやるよ』

 アストルディアから監禁されたエドワードのもとに訪ねたのは、あくまでアストルディアに対する嫌がらせの為で。その時点ではまだ、俺はエドワードに惚れちゃいなかった。
 エレナ姫にそっくりな顔は気に入っていたが、在学中は魔力相性が良いことも知らなかったし、いつも騎士のようにべったり寄り添うアストルディアに守られている姿は、ひどく弱々しく情けなく見えて。
 親善試合でも一試合目でアストルディアに負けたエドワードに、俺はそこまで興味を抱いていなかった。興味を抱くほど、エドワードのことを知らなかった。
 ただ口説くと、大嫌いなアストルディアがひどく不愉快そうにするのが楽しかったから、ちょっかいをかけてただけで。
 結局姿ばかりは似ていても、俺が求めるエレナはどこにもいないのだと、そう思っていたのに。

『……いいぜ。それで裏切り者のアストルディアを殺せるなら、お前の性奴隷にでも何でもなってやる』

 激しい憎悪を宿して嗤うエドワードの姿は、俺の学生時代の記憶からほど遠くて。
 ここにはいないアストルディアに向けた、マグマのような強い感情に飲みこまれるように、俺はあっさりエドワードに恋に堕ちた。

 こんなに激しい男だったのか。
 こんなに強い覚悟を持てる男だったのか。

 アストルディアへの復讐の為だけに生きることを決めたエドワードの姿は、壮絶なまでに美しかった。

 恋の為に、全てを捨てたエレナ姫の逸話に焦がれたように。
 復讐の為に、全てを捧げるエドワードに焦がれた。
 この男の心が手に入るなら、命を捨ててもいいと思うまでに。

 
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