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救いの手②

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 その言葉の意味を理解した途端、ぶわりと冷たい汗が溢れた。

「……いつ、だ」

「え?」

「いつヴィダルスの部隊は、城を出たんだ……!」

 ヴィダルスが戻って来たらなんて、悠長なことを考えていた俺が馬鹿だった。既に運命は、既定の未来通りに進んでいたのに。

 ーーヴィダルスは、ネルドゥース辺境伯領を滅ぼした報酬に、俺を手に入れるつもりだ。

 そしてヴィダルスと同じ部隊のアンゼは、それに巻き込まれたのだ。

「えーと、2時間くらい前かな」

「……くそ。だとしたら、最短で明日の明け方には辺境伯領に到着するな」
 
 4時間ほどでネーバ山を抜けて辺境伯領までやって来られるアストルディアを基準にしてはいけないが、それでもヴィダルスが率いる部隊は精鋭揃いだ。その中から集団ならば問題なくネーバ山を越えられるメンバーをさらによりすぐっただろうことを考えると、辺境伯領に辿り着くまでの猶予はそれほど期待できない。
 夜間で時間を取られる可能性を鑑みても、恐らく半日もすれば、辺境伯領に辿り着いてしまうだろう。

「何人くらいが、向かったんだ?」

「ヴィダルス様の部隊から、さらに選ばれた十五人だけ。たったそれだけの人数で、一つの領を滅ぼすだんて普通なら不可能なはずだけど……ヴィダルス様が、いるからさ」

 不可能だなんて、とても思えなかった。
 父が幼い頃、辺境伯領の精鋭の兵士達はたった一人の獣人によって呆気なく殺された。
 セネーバの独立は、元を正せばたった一人の王家所有の獣人奴隷が、彼に恋した姫君によって隷属の首輪を外され、当時の王都の精鋭兵を殺し尽くしたことから始まった。
 獣人全てがそれほど強大な力を持つわけではないが、それでも一人で何百、何千もの人間を簡単に殺せる驚異的な力を持った獣人は、確かに存在する。
 そしてその中には、間違いなく王族であるヴィダルスも含まれていた。

「……アンゼは負けず嫌いだから、嫌だ嫌だって言いながらも、部隊では確実に実績を積んでてさ。優秀だったんだよ。ああ見えて。でも、だからこそ、十五人のうちの一人に選ばれちゃったんだ」

「…………」

「俺達は兵士だからさ。理不尽な命令でも、上官命令なら従わなければいけないわけ。ましてや女王直々の命令なら、当然だよね。わかってるんだ。俺もアンゼもわかってる。……もしかしたら、セネーバの為には、女王の命令を聞くのが一番良いのかもってこともさ。でっち上げの理由から始まった戦争だとしても、勝てば得るものは大きいのはたしかだもん。都合が悪いとこは見てみぬふりをした方が、楽だし安全だってこともわかってるんだ。……でもさ」

 タンクは俺を繋いでいた鎖を手に取ると、鉄でできたそれをまるでプラスチック製のおもちゃかなんかのように軽く引き千切った。

「俺、アホだからさ。無理なんだ。友達がこんな理不尽な目にあってんの知ってて、飲み込んだり割り切ったりなんかできるわけないじゃん。そうすることが大人だって言うなら、俺は一生子どものままでいい」

「……タンク」

「っおい、タンク! 話すだけならともかく、鎖まで引き千切ったってなったら、さすがに俺は見過ごせないぞ
! 行動に疑問こそ抱いていても、俺は女王陛下を敬愛してるんだっ」

「見過ごさなくていーよ。さすがにこれ以上君を巻き込むのは、申し訳ないもん。ごめんね。ユゼ。今から俺は君の敵だ」

 ユゼと呼ばれたサーバルキャットらしき獣人の男が言返す前に、タンクは獣化して完全なカバの姿になった。

「背中に乗って! エド様」

「っありがとう! タンク」

 背中に乗るだけでは逃走とはみなされないのか、問題なくタンクの背によじ登ることができた。

「しっかり捕まってね。エド様。ちょっと痛いかもだから、気をつけて」

「待て、タンク! 早まるな!」

 慌てて扉を開いて室内に駆け込んで来たユゼの制止を無視して、タンクはまっすぐ壁に突っ込んで行った。

「カバの体重は1.5トン……こんな石造りの壁くらいなら、突進だけで壊せる」

「馬鹿! ここは二階だぞ!」

「あれ? そうだっけ? ま、いーや!」

 気が抜ける言葉と共に、派手な音を立てて壁を壊したタンクが、俺を背中に乗せたまま宙を駆ける。……ユゼさんが突っ込むまで、俺もすっかりここが二階なこと忘れてたな。大丈夫か。これ。

 1.5トンの巨体は瞬く間に地面に向かって落ちて行ったが、カバの体躯には似合わない猫のような俊敏さで着地したタンクは、そのまま城門へと駆けて行った。

「へっへー! カバの足はね、意外と速いんだよ」


 
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