上 下
247 / 311

隠された事情⑥

しおりを挟む
 ああ、けして揺らがないのだ、と思った。
 何を言っても、何が起こっても、ヴィダルスはけして揺らがない。もう、決めてしまっている。
 俺が思うよりも、ずっと色々知っていて。俺が思うよりも、ずっと深く考えていて。そのうえで、覚悟を決めてしまっている。  
 俺が何よりもネルドゥース辺境伯領を優先するように、ヴィダルスは俺を手に入れることを自分の中で最上位に置いてる。それが間違っているとか、俺にはそんな価値はないと言った所で、意味はない。
 それがヴィダルスにとっては何より大切で、ヴィダルスをヴィダルスたらしめる為に必要なことになってしまっているから。  

「……俺が何を言っても、お前は考えを変えないんだな」

「お前が本心から俺のもんになるって誓ってくれるなら、お前を攫って逃げてもいいぜ。でも、無理だろう? それに仮に逃げた所で、必ずアストルディアはお前を追ってくる。その理由が、愛なのか憎悪なのかまでは知らねぇけどな。あいつの感情ばかりは、俺の鼻でもかぎ取れねぇ。だがあいつが狼獣人である以上、自分を陥れたかもしれない番が生死不明のまま失踪している状態を、そのままにできるはずがない。結局いつか殺し合うのなら、一緒のことだ」

 前世妹が書いた小説で殺し合うことが運命づけられているのは俺とアストルディアのはずなのに、ヴィダルスがまるでそれが宿命のように語るのがおかしかった。
 これでは悪役のポジションが、俺からヴィダルスに置き換わったみたいじゃないか。……だとしたら、既に運命の改編は成功しているのかもしれないな。ヴィダルスを殺す運命は、本来は俺のものであるはずなんだから。

 もし本当に運命を変えることができていたら、喜んでいいはずなのに、何故か無性に泣きたくなった。

「……わかった。もうお前には、協力は求めない」

「今の環境を快適にする協力なら、存分に求めてくれても構わないぞ? 俺は明日から数日、女王からの命令で王都から離れないといけねぇんだ。誰とも言葉を交わせないまま、閉じ込められてるのは辛いだろう? 本でも差し入れてやろうか」

「なら、本よりも情報が欲しい」

「……俺と見張りの会話聞いてて、それを頼むか?」

「せめて、チルシアさんが無事かどうかだけでも教えてくれないか。あの人は俺が巻き込んだだけで、何も関係ないんだ。……俺のせいで酷い目に遭ってたらと思うと、とても辛い」

 人化姿はもちろん、獣面姿でも美しくて気高い彼のことを考えると、ひどく胸が締めつけられる。
 あの時、チルシアさんを制して、一人女王のもとに向かったりしなければ、こんなことにはならなかったのに。俺一人だけが囚われるならともかく、無関係の彼まで巻き込んでしまった。
 それでも、開戦派の話を聞くまでは、彼の無事を信じることができた。俺の刑が確定する為には、チルシアさんの証言が必要だろうから、それまでは手を出したりはないだろうと。
 けれど開戦派が、俺が本当にニルカグルを殺したかなんてどうでも良いと思っているのなら。アストルディア対策で生かす必要がある俺と違って、敢えてチルシアさんを生かす必要はなくなる。そうじゃなかったとしても、ヴィダルスの執着で守られてると俺と違って、チルシアさんの安全を保証してくれる存在はいないのに。

「……よけいな情報は与えたくはねぇんだけどなァ。まあ、俺がいない間に、お前がジャッカル野郎のことばかり考えてるのも不愉快だからいいか。結果的に女王についても情報を与えることになるがな」

 ガリガリと頭をかきながら、ヴィダルスがため息を吐く。

「安心しろ。ジャッカル野郎は閉じ込められちゃいるが、理不尽な暴力は受けてねぇはずだ。番を亡くして狂ってなお、女王は変わらず清廉潔白だ。罪が確定していない囚人に対する、理不尽な私刑は絶対に許さない。俺がお前を犯す許可をもらえてないのと同様にな」

「……そうか」


しおりを挟む
感想 160

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役に転生したのにメインヒロインにガチ恋されている件

エース皇命
ファンタジー
 前世で大好きだったファンタジー大作『ロード・オブ・ザ・ヒーロー』の悪役、レッド・モルドロスに転生してしまった桐生英介。もっと努力して意義のある人生を送っておけばよかった、という後悔から、学院で他を圧倒する努力を積み重ねる。  しかし、その一生懸命な姿に、メインヒロインであるシャロットは惚れ、卒業式の日に告白してきて……。  悪役というより、むしろ真っ当に生きようと、ファンタジーの世界で生き抜いていく。  ヒロインとの恋、仲間との友情──あれ? 全然悪役じゃないんだけど! 気づけば主人公になっていた、悪役レッドの物語! ※小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

小学生のゲーム攻略相談にのっていたつもりだったのに、小学生じゃなく異世界の王子さま(イケメン)でした(涙)

九重
BL
大学院修了の年になったが就職できない今どきの学生 坂上 由(ゆう) 男 24歳。 半引きこもり状態となりネットに逃げた彼が見つけたのは【よろず相談サイト】という相談サイトだった。 そこで出会ったアディという小学生? の相談に乗っている間に、由はとんでもない状態に引きずり込まれていく。 これは、知らない間に異世界の国家育成にかかわり、あげく異世界に召喚され、そこで様々な国家の問題に突っ込みたくない足を突っ込み、思いもよらぬ『好意』を得てしまった男の奮闘記である。 注:主人公は女の子が大好きです。それが苦手な方はバックしてください。 *ずいぶん前に、他サイトで公開していた作品の再掲載です。(当時のタイトル「よろず相談サイト」)

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。

やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。 昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと? 前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。 *ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。 *フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。 *男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい

おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。 生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。 地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。 転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。 ※含まれる要素 異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛 ※小説家になろうに重複投稿しています

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

弟、異世界転移する。

ツキコ
BL
兄依存の弟が突然異世界転移して可愛がられるお話。たぶん。 のんびり進行なゆるBL

処理中です...