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隠された事情⑥
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ああ、けして揺らがないのだ、と思った。
何を言っても、何が起こっても、ヴィダルスはけして揺らがない。もう、決めてしまっている。
俺が思うよりも、ずっと色々知っていて。俺が思うよりも、ずっと深く考えていて。そのうえで、覚悟を決めてしまっている。
俺が何よりもネルドゥース辺境伯領を優先するように、ヴィダルスは俺を手に入れることを自分の中で最上位に置いてる。それが間違っているとか、俺にはそんな価値はないと言った所で、意味はない。
それがヴィダルスにとっては何より大切で、ヴィダルスをヴィダルスたらしめる為に必要なことになってしまっているから。
「……俺が何を言っても、お前は考えを変えないんだな」
「お前が本心から俺のもんになるって誓ってくれるなら、お前を攫って逃げてもいいぜ。でも、無理だろう? それに仮に逃げた所で、必ずアストルディアはお前を追ってくる。その理由が、愛なのか憎悪なのかまでは知らねぇけどな。あいつの感情ばかりは、俺の鼻でもかぎ取れねぇ。だがあいつが狼獣人である以上、自分を陥れたかもしれない番が生死不明のまま失踪している状態を、そのままにできるはずがない。結局いつか殺し合うのなら、一緒のことだ」
前世妹が書いた小説で殺し合うことが運命づけられているのは俺とアストルディアのはずなのに、ヴィダルスがまるでそれが宿命のように語るのがおかしかった。
これでは悪役のポジションが、俺からヴィダルスに置き換わったみたいじゃないか。……だとしたら、既に運命の改編は成功しているのかもしれないな。ヴィダルスを殺す運命は、本来は俺のものであるはずなんだから。
もし本当に運命を変えることができていたら、喜んでいいはずなのに、何故か無性に泣きたくなった。
「……わかった。もうお前には、協力は求めない」
「今の環境を快適にする協力なら、存分に求めてくれても構わないぞ? 俺は明日から数日、女王からの命令で王都から離れないといけねぇんだ。誰とも言葉を交わせないまま、閉じ込められてるのは辛いだろう? 本でも差し入れてやろうか」
「なら、本よりも情報が欲しい」
「……俺と見張りの会話聞いてて、それを頼むか?」
「せめて、チルシアさんが無事かどうかだけでも教えてくれないか。あの人は俺が巻き込んだだけで、何も関係ないんだ。……俺のせいで酷い目に遭ってたらと思うと、とても辛い」
人化姿はもちろん、獣面姿でも美しくて気高い彼のことを考えると、ひどく胸が締めつけられる。
あの時、チルシアさんを制して、一人女王のもとに向かったりしなければ、こんなことにはならなかったのに。俺一人だけが囚われるならともかく、無関係の彼まで巻き込んでしまった。
それでも、開戦派の話を聞くまでは、彼の無事を信じることができた。俺の刑が確定する為には、チルシアさんの証言が必要だろうから、それまでは手を出したりはないだろうと。
けれど開戦派が、俺が本当にニルカグルを殺したかなんてどうでも良いと思っているのなら。アストルディア対策で生かす必要がある俺と違って、敢えてチルシアさんを生かす必要はなくなる。そうじゃなかったとしても、ヴィダルスの執着で守られてると俺と違って、チルシアさんの安全を保証してくれる存在はいないのに。
「……よけいな情報は与えたくはねぇんだけどなァ。まあ、俺がいない間に、お前がジャッカル野郎のことばかり考えてるのも不愉快だからいいか。結果的に女王についても情報を与えることになるがな」
ガリガリと頭をかきながら、ヴィダルスがため息を吐く。
「安心しろ。ジャッカル野郎は閉じ込められちゃいるが、理不尽な暴力は受けてねぇはずだ。番を亡くして狂ってなお、女王は変わらず清廉潔白だ。罪が確定していない囚人に対する、理不尽な私刑は絶対に許さない。俺がお前を犯す許可をもらえてないのと同様にな」
「……そうか」
何を言っても、何が起こっても、ヴィダルスはけして揺らがない。もう、決めてしまっている。
俺が思うよりも、ずっと色々知っていて。俺が思うよりも、ずっと深く考えていて。そのうえで、覚悟を決めてしまっている。
俺が何よりもネルドゥース辺境伯領を優先するように、ヴィダルスは俺を手に入れることを自分の中で最上位に置いてる。それが間違っているとか、俺にはそんな価値はないと言った所で、意味はない。
それがヴィダルスにとっては何より大切で、ヴィダルスをヴィダルスたらしめる為に必要なことになってしまっているから。
「……俺が何を言っても、お前は考えを変えないんだな」
「お前が本心から俺のもんになるって誓ってくれるなら、お前を攫って逃げてもいいぜ。でも、無理だろう? それに仮に逃げた所で、必ずアストルディアはお前を追ってくる。その理由が、愛なのか憎悪なのかまでは知らねぇけどな。あいつの感情ばかりは、俺の鼻でもかぎ取れねぇ。だがあいつが狼獣人である以上、自分を陥れたかもしれない番が生死不明のまま失踪している状態を、そのままにできるはずがない。結局いつか殺し合うのなら、一緒のことだ」
前世妹が書いた小説で殺し合うことが運命づけられているのは俺とアストルディアのはずなのに、ヴィダルスがまるでそれが宿命のように語るのがおかしかった。
これでは悪役のポジションが、俺からヴィダルスに置き換わったみたいじゃないか。……だとしたら、既に運命の改編は成功しているのかもしれないな。ヴィダルスを殺す運命は、本来は俺のものであるはずなんだから。
もし本当に運命を変えることができていたら、喜んでいいはずなのに、何故か無性に泣きたくなった。
「……わかった。もうお前には、協力は求めない」
「今の環境を快適にする協力なら、存分に求めてくれても構わないぞ? 俺は明日から数日、女王からの命令で王都から離れないといけねぇんだ。誰とも言葉を交わせないまま、閉じ込められてるのは辛いだろう? 本でも差し入れてやろうか」
「なら、本よりも情報が欲しい」
「……俺と見張りの会話聞いてて、それを頼むか?」
「せめて、チルシアさんが無事かどうかだけでも教えてくれないか。あの人は俺が巻き込んだだけで、何も関係ないんだ。……俺のせいで酷い目に遭ってたらと思うと、とても辛い」
人化姿はもちろん、獣面姿でも美しくて気高い彼のことを考えると、ひどく胸が締めつけられる。
あの時、チルシアさんを制して、一人女王のもとに向かったりしなければ、こんなことにはならなかったのに。俺一人だけが囚われるならともかく、無関係の彼まで巻き込んでしまった。
それでも、開戦派の話を聞くまでは、彼の無事を信じることができた。俺の刑が確定する為には、チルシアさんの証言が必要だろうから、それまでは手を出したりはないだろうと。
けれど開戦派が、俺が本当にニルカグルを殺したかなんてどうでも良いと思っているのなら。アストルディア対策で生かす必要がある俺と違って、敢えてチルシアさんを生かす必要はなくなる。そうじゃなかったとしても、ヴィダルスの執着で守られてると俺と違って、チルシアさんの安全を保証してくれる存在はいないのに。
「……よけいな情報は与えたくはねぇんだけどなァ。まあ、俺がいない間に、お前がジャッカル野郎のことばかり考えてるのも不愉快だからいいか。結果的に女王についても情報を与えることになるがな」
ガリガリと頭をかきながら、ヴィダルスがため息を吐く。
「安心しろ。ジャッカル野郎は閉じ込められちゃいるが、理不尽な暴力は受けてねぇはずだ。番を亡くして狂ってなお、女王は変わらず清廉潔白だ。罪が確定していない囚人に対する、理不尽な私刑は絶対に許さない。俺がお前を犯す許可をもらえてないのと同様にな」
「……そうか」
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