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黒狼の純情⑥
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衣食住に不自由せずに生きられた&あらゆる才能に恵まれている時点で、自分が世界で一番不幸だなんては思わない。毎日の食事にも事欠く貧困層からすれば、俺だってヴィダルスと同じようなものだ。
けれど退屈なんて言う暇もないくらい、未来を変える為に必死に生きてきた今までを思えば、思わずヴィダルスの語尾を真似た嫌味な口調になってしまう。
以前のブラッドリーも似たようなものだったが、あいつは当たり前のように恵まれた環境を享受こそしていても、さすがに人生がイージーモード過ぎて退屈だなんて傲慢な発言はしていなかった。
つくづく、こいつとは相容れない。
「……理解できねぇのなら、それでもいい。ただ俺は、俺がお前をどんな風に想っているのか、伝えたかっただけだからな」
そう言ってヴィダルスは、噛み跡がついたうなじを甘噛みした。
「たとえ行き着く先が地獄でも、お前と出会う前に戻りたいとは思わねぇし、思えねぇ。エドワード。お前が傍にいないだけで、世界が色を失くすんだ。もしこの感情がお前の言う通り、世界に無理やり作られたものだっつーなら、そもそも俺の存在全てが作りもんなんだろう。お前に対するこの気持ちだけが、俺の全てで、俺の世界そのもんなんだから」
見張りの兵士に退室を促されたヴィダルスは、ただそれだけを言い残して去って行った。
散々舐められ噛まれ、ヴィダルスの唾液がついたうなじが気持ち悪くて、何度も手のひらで拭う。
「……あー。いい加減、風呂に入りてぇなあ。無理なら濡れたタオルでいいから、差し入れてくれないか。獣人は鼻がいいんだから、俺が臭かったら見張りのお前だって辛いだろう」
「…………」
相変わらず俺が何を話しかけても、王宮兵はだんまりだ。女王陛下の命令なのか、食事を持ってくる時に一言声をかけてくるくらいで、義務的なやり取りはもちろん、罵倒すら口にしようとしない。
この先もこの牢から解放されるまで俺が唯一話せるのは、ヴィダルスだけというわけか。……どうしよ、あいつがやって来るのを、そのうち待ち望むようになったら。
色仕掛け作戦は失敗したし、結局聞きたくもないヴィダルスの告白を聞かされただけで、何の情報も引き出せなかった。……いや、前世妹らしき声のことが聞けただけで、取り敢えず一歩前進かな。アストルディアの悪夢も同様にあいつが見せたのなら、アストルディアも俺同様に最悪の未来を回避する為に頑張ってくれていたことがわかったし。
最悪の未来を夢で見てる時点で、きっと今の俺のことも信じてくれているはず……と、思うのは、さすがに楽観的過ぎるかな。少なくともヴィダルスの言うようには俺を憎んではいないとは思うけど、こうも情報が遮断されていると不安になってくる。
そういや、洗脳の手段として、周囲の情報を遮断して自分だけに依存させる環境を作るってのがあったな。まさに、今の俺とヴィダルスじゃねぇか。闇に引きづられやすい性質な分、よけい気をつけないとな。
「っ」
蓄積されたストレスのせいか、腹が張るような感覚がしたので、慌てて床に横になって、少しだけ膨らんでる腹を撫でる。
「……焦って出てきたりすんなよ。まだ暫く、ここにいとけ。必ず、俺が守ってやるから」
やることもないので、そのまま腹を抱き締めながら、目をつぶる。
当てた手から伝わってくる鼓動は、腹の子のものだろうか。それとも単に俺自身の鼓動が、血管を通じて伝わってきているだけだろうか。
「……そういや、アストルディアが二人分の命の音がするって、耳を当ててたっけ」
少し前の出来事なのに、今となっては遥か昔のことのように思える。
また、あの幸福な日々に戻れるだろうか。……いやら必ず戻ってみせる。
全てを解決して、三人で幸せになるんだ。
「……?」
ガチャリと何かを置かれる音で、目を覚ました。
もう食事の時間だろうかと、視線を落とすと、扉の前には水が張られたタライと清潔そうなタオル、新しい着替えがセットで置かれていた。
「……俺が言ったから、持って来てくれたのか?」
「…………」
「ありがとう」
こちらを一瞥もしない見張りの兵士に礼を言って、上半身裸になり、絞ったタオルで体を拭く。
……この間もずっと向こうを向いているあたり、俺に性的な興味があると言うわけでもなさそうだな。
タオルや着替えを差し入れてくれた今の見張りの兵士と、眠る前に俺の要望を聞いてくれた兵士は、それぞれ別の兵士だ。つまりその時点で、少なくとも二人の兵士が俺の要望に応える為に動いてくれたことになる。
俺は王配殺しの犯人だと疑われているのにも、関わらずだ。アストルディア殺人未遂の原作主人公が、見張りの兵士に輪姦されまくりな悲惨過ぎる牢屋生活を送っていたことを思えば、今の俺の状況はあまりに高待遇過ぎる。
……もしかしたら俺は、本気でニルカグルを殺したと思われているわけではないのか?
けれど退屈なんて言う暇もないくらい、未来を変える為に必死に生きてきた今までを思えば、思わずヴィダルスの語尾を真似た嫌味な口調になってしまう。
以前のブラッドリーも似たようなものだったが、あいつは当たり前のように恵まれた環境を享受こそしていても、さすがに人生がイージーモード過ぎて退屈だなんて傲慢な発言はしていなかった。
つくづく、こいつとは相容れない。
「……理解できねぇのなら、それでもいい。ただ俺は、俺がお前をどんな風に想っているのか、伝えたかっただけだからな」
そう言ってヴィダルスは、噛み跡がついたうなじを甘噛みした。
「たとえ行き着く先が地獄でも、お前と出会う前に戻りたいとは思わねぇし、思えねぇ。エドワード。お前が傍にいないだけで、世界が色を失くすんだ。もしこの感情がお前の言う通り、世界に無理やり作られたものだっつーなら、そもそも俺の存在全てが作りもんなんだろう。お前に対するこの気持ちだけが、俺の全てで、俺の世界そのもんなんだから」
見張りの兵士に退室を促されたヴィダルスは、ただそれだけを言い残して去って行った。
散々舐められ噛まれ、ヴィダルスの唾液がついたうなじが気持ち悪くて、何度も手のひらで拭う。
「……あー。いい加減、風呂に入りてぇなあ。無理なら濡れたタオルでいいから、差し入れてくれないか。獣人は鼻がいいんだから、俺が臭かったら見張りのお前だって辛いだろう」
「…………」
相変わらず俺が何を話しかけても、王宮兵はだんまりだ。女王陛下の命令なのか、食事を持ってくる時に一言声をかけてくるくらいで、義務的なやり取りはもちろん、罵倒すら口にしようとしない。
この先もこの牢から解放されるまで俺が唯一話せるのは、ヴィダルスだけというわけか。……どうしよ、あいつがやって来るのを、そのうち待ち望むようになったら。
色仕掛け作戦は失敗したし、結局聞きたくもないヴィダルスの告白を聞かされただけで、何の情報も引き出せなかった。……いや、前世妹らしき声のことが聞けただけで、取り敢えず一歩前進かな。アストルディアの悪夢も同様にあいつが見せたのなら、アストルディアも俺同様に最悪の未来を回避する為に頑張ってくれていたことがわかったし。
最悪の未来を夢で見てる時点で、きっと今の俺のことも信じてくれているはず……と、思うのは、さすがに楽観的過ぎるかな。少なくともヴィダルスの言うようには俺を憎んではいないとは思うけど、こうも情報が遮断されていると不安になってくる。
そういや、洗脳の手段として、周囲の情報を遮断して自分だけに依存させる環境を作るってのがあったな。まさに、今の俺とヴィダルスじゃねぇか。闇に引きづられやすい性質な分、よけい気をつけないとな。
「っ」
蓄積されたストレスのせいか、腹が張るような感覚がしたので、慌てて床に横になって、少しだけ膨らんでる腹を撫でる。
「……焦って出てきたりすんなよ。まだ暫く、ここにいとけ。必ず、俺が守ってやるから」
やることもないので、そのまま腹を抱き締めながら、目をつぶる。
当てた手から伝わってくる鼓動は、腹の子のものだろうか。それとも単に俺自身の鼓動が、血管を通じて伝わってきているだけだろうか。
「……そういや、アストルディアが二人分の命の音がするって、耳を当ててたっけ」
少し前の出来事なのに、今となっては遥か昔のことのように思える。
また、あの幸福な日々に戻れるだろうか。……いやら必ず戻ってみせる。
全てを解決して、三人で幸せになるんだ。
「……?」
ガチャリと何かを置かれる音で、目を覚ました。
もう食事の時間だろうかと、視線を落とすと、扉の前には水が張られたタライと清潔そうなタオル、新しい着替えがセットで置かれていた。
「……俺が言ったから、持って来てくれたのか?」
「…………」
「ありがとう」
こちらを一瞥もしない見張りの兵士に礼を言って、上半身裸になり、絞ったタオルで体を拭く。
……この間もずっと向こうを向いているあたり、俺に性的な興味があると言うわけでもなさそうだな。
タオルや着替えを差し入れてくれた今の見張りの兵士と、眠る前に俺の要望を聞いてくれた兵士は、それぞれ別の兵士だ。つまりその時点で、少なくとも二人の兵士が俺の要望に応える為に動いてくれたことになる。
俺は王配殺しの犯人だと疑われているのにも、関わらずだ。アストルディア殺人未遂の原作主人公が、見張りの兵士に輪姦されまくりな悲惨過ぎる牢屋生活を送っていたことを思えば、今の俺の状況はあまりに高待遇過ぎる。
……もしかしたら俺は、本気でニルカグルを殺したと思われているわけではないのか?
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