上 下
233 / 311

運命の分岐⑦

しおりを挟む
 ヴィダルスから性奴隷として虐げられるうちに、胸中で膨らむ闇に飲まれた俺は、やがて助けに来てくれないアストルディアを逆恨みするようになり。
 闇が深くなるに連れ、原作小説と現実の境目がわからなくなって、いつしかアストルディアを全ての元凶として憎むようになる。
 きっと運命は、帳尻を合わせのように俺の片腕を失わせ、狂気を後押しするのだろう。
 そして俺は、ヴィダルスを闇魔法で支配して、ヴィダルスとの間に生まれた子どもを性的虐待を加えながら、暗殺者として育てあげ……。

 ありありと想像できる絶望的なシナリオに、吐き気がこみ上げてきた。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
 そんな最悪の運命を変えたくて、ずっと足掻いてきたのに。
 結局俺は、何もできずに運命の強制力に負けてしまうのか。

 胸の内に、闇が広がる。それも全て、定められた未来へと導く要因の一つだとわかっているのに、止められない。

 アストルディア、アストルディア、……アスティ。
 何故、お前は今、俺の傍にいないんだ。
 お前がいないと、俺は……。

「っ!」

 絶望に染められかけた俺を、左手の薬指の締めつけが、我に返らせた。
 これは、指輪に通信があった合図。
 そしてこの締めつけ方は、クリスからではなく、アストルディアからのものだ。
 凍りついたかのように冷たかった体に、熱が戻る。

 アストルディアは、俺と連絡を取ろうとしてくれている。……やっぱり、俺のことを見捨ててなんか、いなかった。憎んでなんか、いなかった。

 今は通信を繋げることはできないけど、ヴィダルスが帰ったら、すぐさまアストルディアに連絡をしよう。
 そして、何とかこの状況を打破する方法を二人で考えるんだ。

 俺一人なら心が折れてしまっていたかもしれないけど、アストルディアが一緒なら大丈夫。

 俺はまだ、運命と戦える。

「ーーそれ、アストルディアも、揃いでつけてたよなァ」

 地を這うようなヴィダルスの声に、ぞくりと鳥肌が立った。
 慌てて顔をあげると、一切の表情を無くしたヴィダルスが、射抜くような眼差しで指輪を見つめていた。
 指輪の締めつけは傍目からわからないから、アストルディアが俺に連絡を取ろうとしたことは恐らくバレていないはずだ。
 けれどヴィダルスは迷うことなく、俺の左手を取り、その手を口元まで導いた。

「これ……もういらねぇよなァ」

「っやめ」

 卒業式で右手の薬指に噛み跡をつけたあの時のように、左手の薬指を口に含んだヴィダルスが、そのまま指輪に歯を立てた。

『……っエ』

 ほんの一瞬、通信がつながってアストルディアの声が聞こえた気がしたが、すぐにパキリと音を立てて指輪が壊れた。
 それを俺は、ただ見てることしかできなかった。

「ん? 今、一瞬アストルディアの声が聞こえた気がすんなァ。もしかして、これ通信用の魔道具か。あっぶねぇなァ。こんなもん、つけっぱなしにするとか、女王陛下迂闊過ぎんだろ」

「……あ……あ……あ……」

「これで指の印は、俺だけになったな……後は、うなじか」

 呆然と指輪が外れた薬指を見ている俺を引き寄せ、ヴィダルスが【隷属の首輪】をずらす。
 もし【隷属の首輪】が、俺が女装した時に使ったチョーカーのように幅広で首を隠すようなデザインであれば、ヴィダルスもどうにもできなかっただろう。
 だが細身で余裕があるデザインの【隷属の首輪】は、ヴィダルスの指で簡単に動き、うなじにつけられたアストルディアの噛み跡を露わにしてしまった。

「ーーあああああ!!!」

 肉を食いちぎられるような激しい痛みに、思わず俺は叫んだ。
 同じ痛みを以前も味わったはずなのに、あの時以上の痛みに感じたのは、恐らくそれがアストルディアに対する裏切りで、取り返しのつかない行為だとわかっていたから。
 獣人にとってのそれは、もしかしたら貞操を奪われること以上に、許されないことだと知っていたから。

「……ああ。やっと、上書きができた」

 口元についた俺の血を、美味そうに舌で舐め取りながらヴィダルスが嗤う。

「これでお前は、俺の番だ。エドワード」

 血を流しているうなじに手をやっても、アストルディアがつけた噛み跡は、新たな噛み跡に重なって、わからなくなってしまっていた。
 

 

 

しおりを挟む
感想 160

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

【完結】悪役に転生したのにメインヒロインにガチ恋されている件

エース皇命
ファンタジー
 前世で大好きだったファンタジー大作『ロード・オブ・ザ・ヒーロー』の悪役、レッド・モルドロスに転生してしまった桐生英介。もっと努力して意義のある人生を送っておけばよかった、という後悔から、学院で他を圧倒する努力を積み重ねる。  しかし、その一生懸命な姿に、メインヒロインであるシャロットは惚れ、卒業式の日に告白してきて……。  悪役というより、むしろ真っ当に生きようと、ファンタジーの世界で生き抜いていく。  ヒロインとの恋、仲間との友情──あれ? 全然悪役じゃないんだけど! 気づけば主人公になっていた、悪役レッドの物語! ※小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

小学生のゲーム攻略相談にのっていたつもりだったのに、小学生じゃなく異世界の王子さま(イケメン)でした(涙)

九重
BL
大学院修了の年になったが就職できない今どきの学生 坂上 由(ゆう) 男 24歳。 半引きこもり状態となりネットに逃げた彼が見つけたのは【よろず相談サイト】という相談サイトだった。 そこで出会ったアディという小学生? の相談に乗っている間に、由はとんでもない状態に引きずり込まれていく。 これは、知らない間に異世界の国家育成にかかわり、あげく異世界に召喚され、そこで様々な国家の問題に突っ込みたくない足を突っ込み、思いもよらぬ『好意』を得てしまった男の奮闘記である。 注:主人公は女の子が大好きです。それが苦手な方はバックしてください。 *ずいぶん前に、他サイトで公開していた作品の再掲載です。(当時のタイトル「よろず相談サイト」)

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。

やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。 昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと? 前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。 *ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。 *フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。 *男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

処理中です...