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運命の分岐⑤
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『……エディ? 珍しいね。こんな時間に』
「しっ……」
先に連絡を入れるべきなのは、アストルディアか、クリスか。
迷った末に、俺はクリスを選んだ。
アストルディアがどんな状況なのかわからない以上、下手に連絡をすれば、それが互いにとって命取りになる可能性がある。
それにこれは、女王の追及がリシス王国にまで及びかねない、最悪の状況だ。戦争を回避する為にも、真っ先にクリスに現状を伝えておくべきだろう。
「……私は、デワリュセの樹液なんて入手していない……アストルディアも、ニルカグルを殺してなんかいないのに、何故こんなことになったんだ……まともな証拠もないまま石牢に閉じ込められ、アストルディアの現状すらわからない……私は【隷属の首輪】で力を封じられたまま、一生無実の罪で幽閉されてしまうのか……辺境伯領や、リシス王国はどうなってしまうんだ」
万が一でも指輪越しのクリスの声が聞きとがめられないよう、短い吐息で言葉を封じた俺は、一人言のように嘆きながらクリスに現状を伝える。
指輪越しに小さく息を飲んだクリスは、黙って俺の話に耳を傾けてくれた。
「女王陛下は番が殺されて、おかしくなったとしか思えない……もし番を殺された復讐として、辺境伯領に攻め入られたら……女神様、お願いします。どうか、辺境伯領をお守りください」
『……わかった。できる限りのことはする。状況が変わったら、また連絡して』
俺だけ聞こえるような小さな返答と共に、指輪の通信は切れた。
……これで少なくとも、現状をリシス王国王家に伝えられた。寝耳に水のように、俺が犯した罪を大義名分にしてリシス王国がセネーバに奇襲されることは防げるだろう。
だけどそれは、あくまでリシス王国がであって、辺境伯領もそうであるとは限らない。クリスは国全体の為なら、辺境伯領を犠牲にすることをずっと表明している。セネーバの動向を様子見する為の、捨て駒にされる可能性は十分にあるのだ。
小さく唇を噛み、続けてアストルディアに通信を試みるべきか悩んでいると、覚えがある魔力が接近する気配を感じた。
慌てて指輪をもう片方の手で隠して、気配の方向を睨みつける。
「ーーよお。エドワード」
「ヴィダルス……」
にいっと口元に弧を描いて、石牢の窓から覗き込んできた黒狼は、見張りの兵士と二、三話した後、牢の扉を開けて中に入ってきた。
すぐさま走って開けられた扉から逃げ出したかったが、繋がれた鎖と、【隷属の首輪】に施された命令が、それを許さない。
「いいザマだなァ。エドワード。アストルディアなんかの番になるから、こんなことになったんだ」
顎を掴んで、無理やり顔を覗き込んできたヴィダルスを、きつく睨みつける。
「……お前が諮ったのか。ヴィダルス」
「ははっ! だったらもっと愉快だったんだがなァ。残念ながら、俺じゃねぇよ。俺は同じ黒狼なのにアルデフィアに似ても似つかないとかで、ニルカグルのじじいには嫌われててなァ。面会なんぞ、ぜってぇ許してもらえねぇんだよ。殺せるもんなら、俺も殺したいくらいには、目障りで不愉快なじじいではあったけどよぉ」
くつくつと笑いながら、ヴィダルスは俺の頬に舌を這わせた。突き飛ばして逃げたくとも、首輪のせいで体が一切動かない。
「ニルカグルを殺したのは、アストルディアだ。女王から目にかけられてるから、見逃してもらえると傲って、王になる為邪魔な親父を殺したんだ。馬鹿な奴」
「アストルディアは、そんなことをしない!」
「アストルディアが違うって言うなら、犯人はお前だな。エドワード。お前は一度行ったことがある場所なら、どこにでも転移できんだろう? なら、ニルカグルの寝室だって行けたはずだ。お前なら、じじいが騒ぐ前に仕留めるのも簡単だっただろうしなァ」
「違う! 転移魔法では、室内には転移できない!」
「その言葉を誰が証明するんだ? ここは獣人の国で、誰も魔法が使えねぇのによお」
「っ」
言葉に詰まった俺を、ヴィダルスは獲物をなぶるような笑顔で追い詰める。
「誰も、お前の言葉なんか信じねぇよ。エドワード。もし仮に、アストルディアがニルカグル殺しの犯人でないのなら……あいつはきっと、お前を犯人だと思っているさ。お前にハメられた、まんまと罪をかぶせられた、ってなァ」
「……アストルディアが……俺を……?」
「知ってるか、エドワード。狼獣人は番に対して愛情深い分、裏切られた時の反動は凄まじいんだ。きっと今頃アストルディアは、お前のことを殺したいくらい憎んでるはずだ」
「しっ……」
先に連絡を入れるべきなのは、アストルディアか、クリスか。
迷った末に、俺はクリスを選んだ。
アストルディアがどんな状況なのかわからない以上、下手に連絡をすれば、それが互いにとって命取りになる可能性がある。
それにこれは、女王の追及がリシス王国にまで及びかねない、最悪の状況だ。戦争を回避する為にも、真っ先にクリスに現状を伝えておくべきだろう。
「……私は、デワリュセの樹液なんて入手していない……アストルディアも、ニルカグルを殺してなんかいないのに、何故こんなことになったんだ……まともな証拠もないまま石牢に閉じ込められ、アストルディアの現状すらわからない……私は【隷属の首輪】で力を封じられたまま、一生無実の罪で幽閉されてしまうのか……辺境伯領や、リシス王国はどうなってしまうんだ」
万が一でも指輪越しのクリスの声が聞きとがめられないよう、短い吐息で言葉を封じた俺は、一人言のように嘆きながらクリスに現状を伝える。
指輪越しに小さく息を飲んだクリスは、黙って俺の話に耳を傾けてくれた。
「女王陛下は番が殺されて、おかしくなったとしか思えない……もし番を殺された復讐として、辺境伯領に攻め入られたら……女神様、お願いします。どうか、辺境伯領をお守りください」
『……わかった。できる限りのことはする。状況が変わったら、また連絡して』
俺だけ聞こえるような小さな返答と共に、指輪の通信は切れた。
……これで少なくとも、現状をリシス王国王家に伝えられた。寝耳に水のように、俺が犯した罪を大義名分にしてリシス王国がセネーバに奇襲されることは防げるだろう。
だけどそれは、あくまでリシス王国がであって、辺境伯領もそうであるとは限らない。クリスは国全体の為なら、辺境伯領を犠牲にすることをずっと表明している。セネーバの動向を様子見する為の、捨て駒にされる可能性は十分にあるのだ。
小さく唇を噛み、続けてアストルディアに通信を試みるべきか悩んでいると、覚えがある魔力が接近する気配を感じた。
慌てて指輪をもう片方の手で隠して、気配の方向を睨みつける。
「ーーよお。エドワード」
「ヴィダルス……」
にいっと口元に弧を描いて、石牢の窓から覗き込んできた黒狼は、見張りの兵士と二、三話した後、牢の扉を開けて中に入ってきた。
すぐさま走って開けられた扉から逃げ出したかったが、繋がれた鎖と、【隷属の首輪】に施された命令が、それを許さない。
「いいザマだなァ。エドワード。アストルディアなんかの番になるから、こんなことになったんだ」
顎を掴んで、無理やり顔を覗き込んできたヴィダルスを、きつく睨みつける。
「……お前が諮ったのか。ヴィダルス」
「ははっ! だったらもっと愉快だったんだがなァ。残念ながら、俺じゃねぇよ。俺は同じ黒狼なのにアルデフィアに似ても似つかないとかで、ニルカグルのじじいには嫌われててなァ。面会なんぞ、ぜってぇ許してもらえねぇんだよ。殺せるもんなら、俺も殺したいくらいには、目障りで不愉快なじじいではあったけどよぉ」
くつくつと笑いながら、ヴィダルスは俺の頬に舌を這わせた。突き飛ばして逃げたくとも、首輪のせいで体が一切動かない。
「ニルカグルを殺したのは、アストルディアだ。女王から目にかけられてるから、見逃してもらえると傲って、王になる為邪魔な親父を殺したんだ。馬鹿な奴」
「アストルディアは、そんなことをしない!」
「アストルディアが違うって言うなら、犯人はお前だな。エドワード。お前は一度行ったことがある場所なら、どこにでも転移できんだろう? なら、ニルカグルの寝室だって行けたはずだ。お前なら、じじいが騒ぐ前に仕留めるのも簡単だっただろうしなァ」
「違う! 転移魔法では、室内には転移できない!」
「その言葉を誰が証明するんだ? ここは獣人の国で、誰も魔法が使えねぇのによお」
「っ」
言葉に詰まった俺を、ヴィダルスは獲物をなぶるような笑顔で追い詰める。
「誰も、お前の言葉なんか信じねぇよ。エドワード。もし仮に、アストルディアがニルカグル殺しの犯人でないのなら……あいつはきっと、お前を犯人だと思っているさ。お前にハメられた、まんまと罪をかぶせられた、ってなァ」
「……アストルディアが……俺を……?」
「知ってるか、エドワード。狼獣人は番に対して愛情深い分、裏切られた時の反動は凄まじいんだ。きっと今頃アストルディアは、お前のことを殺したいくらい憎んでるはずだ」
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