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運命の分岐④
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「私は毒物なんて入手していませんし、アストルディアは実の父親を暗殺するような男ではありません。女王陛下。恐らく何者かが、私達を陥れようとしているのです」
確かに昨日アストルディアが、ニルカグルと面会した話は聞いている。だけどそれは、ニルカグル自身が望んだからだ。
俺がエレナ姫の衣装を纏ったように、結婚式でアストルディアはアルデフィアの甲冑を纏った。その姿があまりにもアルデフィアに似ていた為に、ニルカグルはどうしようもなく郷愁に駆られたようで、結婚式以降大した用事がなくとも頻繁にアストルディアを呼び出すようになってしまった。
病床の父の願いだから出来る限り融通をつけて会いに行っているのだと、困ったように笑うアストルディアを見て、ほんのりジェラシーを感じたのは昨夜の出来事。
父親を暗殺したばかりで、あんな顔ができるほどアストルディアは器用じゃない。
「私も、そう信じたかったのですけどね。エドワード。……ですが、アストルディア以外あり得ないのですよ。不可能なのです」
過酷な戦争を経験したニルカグルは、アストルディアや女王以上に魔力の匂いに敏感で、眠っていても至近距離で他人の魔力の気配を感じたら必ず飛び起きるのだと、冷たい眼差しで女王は語った。
だからこそ、ニルカグルによる鈴を使った呼び出しがない限り、使用人も護衛も定められた時間以外は室内に入ることを許されなかったのだと。
「魔力が少ない獣人を嫌っていたニルカグルに仕えるものは、護衛も使用人も皆魔力が多いものばかりです。いくら病床の老獅子でもあっても、ニルカグルはアルデフィアに次ぐ強さを持つと言われた戦士。どれほど気配を殺した所で、気づかれずに接近は不可能だったでしょう。加えて部屋の外では、大勢の王宮兵が警備を行っていました。どれほど手練れな暗殺者であっても、この警備を突破して室内に侵入するのは不可能です」
「そんなっ」
「恐らくアストルディアは、ニルカグルが生きている限り、自分が王位につけないと思ったのでしょう。アストルディアを次期王に推している私なら、仮に他殺だとわかったとしても自然死として処理してくれるだろうという目算もあったのかもしれません。私とニルカグルは、あまり理想的な番ではありませんでしたから。……ですが」
エルディア女王の黒曜石の瞳から、ポロリと二粒、涙が溢れ落ちた。
「私は、狼獣人です。傍目からはそうは見えなくとも、私なりにニルカグルを愛していました。番であるニルカグルを殺したのがアストルディアなら、たとえ次期王と期待した愛息子であっても許すことはできません。……貴方達なら、私が理想とする王とその伴侶になれただろうに、残念です」
そう言って、エルディア女王は俺に背を向けた。
「首輪の主として【抵抗も逃走も禁じます】。私は貴方を奴隷にする趣味はありませんが、抗われれば厄介な方なことは知っておりますから。……牢へ、連れて行きなさい」
女王に礼を取った王宮兵が、一切動けなくなっ俺の体を引きずっていく。
「違います、女王陛下、無実です! 私は何もしてません! アストルディアも、王配殿下を殺してません! どうか、どうか、再調査をなさってください!」
唯一封じられなかった声で必死に訴えかけたが、エルディア女王は一瞥もしてくれなかった。
何もない石牢の中に、鎖に繋がれて閉じ込められ、一人うなだれる。
何故、こんなことになった。
誰がニルカグルを殺した。
必要ならば、アストルディアはニルカグルだって殺すことは理解している。だが明らかにそれを実行するタイミングを間違えているし、殺害方法が杜撰過ぎる。
先日の言葉がどうしても気にかかるが、恐らくアストルディアは犯人ではない。
ならばカーディンクルが、アストルディアに罪を被せて殺したのか?
それとも出奔したはずの、ブラッドリーが同じデワリュセの樹液を使って王配を暗殺し、セネーバ国内をかき回そうとした? もしくは他のレンリネドからの刺客が?
エルディア女王陛下自身が全てを仕組んだ可能性もあるし、何ならニルカグル自身がアストルディアを王にしない為に、自殺を他殺に思わせて死んだ可能性まである。誰もかれもが怪しく思えて、誰が敵なのかすらわからない。
ーーもしくは全てが、運命の強制力の結果なのか。
「……いや、犯人探しは後回しだ」
今はそれよりも、この状態でできることを探さなければ。
抵抗も、逃走も禁じられた。魔法も許可がなければ使えない。
……ならば、魔道具ならどうだろうか?
アストルディアが起動した結界の魔道具のように魔力を流さなければ使えないものもあるが、基本的に身につけるタイプの魔道具は装備している人間の魔力を勝手に吸収して効果を維持している。まさに今首につけられている【隷属の首輪】がそうであるように。
ならば、左手薬指の指輪も使える可能性が高い。
【隷属の首輪】を信用してか、アストルディアの襲来ヲ恐れてか、牢の前に立つ見張りの王宮兵はこちら側を向いていない。
俺はさり気ない動作を装って、通信の指輪を起動させた。
確かに昨日アストルディアが、ニルカグルと面会した話は聞いている。だけどそれは、ニルカグル自身が望んだからだ。
俺がエレナ姫の衣装を纏ったように、結婚式でアストルディアはアルデフィアの甲冑を纏った。その姿があまりにもアルデフィアに似ていた為に、ニルカグルはどうしようもなく郷愁に駆られたようで、結婚式以降大した用事がなくとも頻繁にアストルディアを呼び出すようになってしまった。
病床の父の願いだから出来る限り融通をつけて会いに行っているのだと、困ったように笑うアストルディアを見て、ほんのりジェラシーを感じたのは昨夜の出来事。
父親を暗殺したばかりで、あんな顔ができるほどアストルディアは器用じゃない。
「私も、そう信じたかったのですけどね。エドワード。……ですが、アストルディア以外あり得ないのですよ。不可能なのです」
過酷な戦争を経験したニルカグルは、アストルディアや女王以上に魔力の匂いに敏感で、眠っていても至近距離で他人の魔力の気配を感じたら必ず飛び起きるのだと、冷たい眼差しで女王は語った。
だからこそ、ニルカグルによる鈴を使った呼び出しがない限り、使用人も護衛も定められた時間以外は室内に入ることを許されなかったのだと。
「魔力が少ない獣人を嫌っていたニルカグルに仕えるものは、護衛も使用人も皆魔力が多いものばかりです。いくら病床の老獅子でもあっても、ニルカグルはアルデフィアに次ぐ強さを持つと言われた戦士。どれほど気配を殺した所で、気づかれずに接近は不可能だったでしょう。加えて部屋の外では、大勢の王宮兵が警備を行っていました。どれほど手練れな暗殺者であっても、この警備を突破して室内に侵入するのは不可能です」
「そんなっ」
「恐らくアストルディアは、ニルカグルが生きている限り、自分が王位につけないと思ったのでしょう。アストルディアを次期王に推している私なら、仮に他殺だとわかったとしても自然死として処理してくれるだろうという目算もあったのかもしれません。私とニルカグルは、あまり理想的な番ではありませんでしたから。……ですが」
エルディア女王の黒曜石の瞳から、ポロリと二粒、涙が溢れ落ちた。
「私は、狼獣人です。傍目からはそうは見えなくとも、私なりにニルカグルを愛していました。番であるニルカグルを殺したのがアストルディアなら、たとえ次期王と期待した愛息子であっても許すことはできません。……貴方達なら、私が理想とする王とその伴侶になれただろうに、残念です」
そう言って、エルディア女王は俺に背を向けた。
「首輪の主として【抵抗も逃走も禁じます】。私は貴方を奴隷にする趣味はありませんが、抗われれば厄介な方なことは知っておりますから。……牢へ、連れて行きなさい」
女王に礼を取った王宮兵が、一切動けなくなっ俺の体を引きずっていく。
「違います、女王陛下、無実です! 私は何もしてません! アストルディアも、王配殿下を殺してません! どうか、どうか、再調査をなさってください!」
唯一封じられなかった声で必死に訴えかけたが、エルディア女王は一瞥もしてくれなかった。
何もない石牢の中に、鎖に繋がれて閉じ込められ、一人うなだれる。
何故、こんなことになった。
誰がニルカグルを殺した。
必要ならば、アストルディアはニルカグルだって殺すことは理解している。だが明らかにそれを実行するタイミングを間違えているし、殺害方法が杜撰過ぎる。
先日の言葉がどうしても気にかかるが、恐らくアストルディアは犯人ではない。
ならばカーディンクルが、アストルディアに罪を被せて殺したのか?
それとも出奔したはずの、ブラッドリーが同じデワリュセの樹液を使って王配を暗殺し、セネーバ国内をかき回そうとした? もしくは他のレンリネドからの刺客が?
エルディア女王陛下自身が全てを仕組んだ可能性もあるし、何ならニルカグル自身がアストルディアを王にしない為に、自殺を他殺に思わせて死んだ可能性まである。誰もかれもが怪しく思えて、誰が敵なのかすらわからない。
ーーもしくは全てが、運命の強制力の結果なのか。
「……いや、犯人探しは後回しだ」
今はそれよりも、この状態でできることを探さなければ。
抵抗も、逃走も禁じられた。魔法も許可がなければ使えない。
……ならば、魔道具ならどうだろうか?
アストルディアが起動した結界の魔道具のように魔力を流さなければ使えないものもあるが、基本的に身につけるタイプの魔道具は装備している人間の魔力を勝手に吸収して効果を維持している。まさに今首につけられている【隷属の首輪】がそうであるように。
ならば、左手薬指の指輪も使える可能性が高い。
【隷属の首輪】を信用してか、アストルディアの襲来ヲ恐れてか、牢の前に立つ見張りの王宮兵はこちら側を向いていない。
俺はさり気ない動作を装って、通信の指輪を起動させた。
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