上 下
226 / 311

アストルディアの決意

しおりを挟む
「俺の心臓の位置はもっと上だけど?」

「獣人は、耳が良いからな」

 聴診器を使わなくても、俺本人が宿っている実感もない胎児の心音聞こえるんだもんなー。そりゃあ、俺の心臓の音くらい多少離れてても聞こえるか。

「今まで聞いたどんな音よりも、美しい音だ……エディはいつだって、俺が知らないことや、気づかないでいたことを教えてくれる」

 そう言ってアストルディアは、愛おしげに俺の腹を撫でた。

「……エディ。俺はずっと、お前に俺の家族のことを、詳しく知られたくなかった」

「知ってた」

 あからさまに話逸らしてたもんね。当時は少しムカついてたけど、今なら納得できるわ。

「あそこまで複雑な家庭なら、仕方ないって。俺だって同じ状況なら話すのを躊躇っただろうし」 

 そっと白銀の髪を撫でると、アストルディアは顔を歪めて、俺の腰に抱きついた。  

「……違うんだ。エディ」

「え?」

「俺は家庭環境が複雑だから、エディに詳細を知られたくなかったわけじゃないんだ……俺はただ、自分の不甲斐なさをエディに知られたくなかった」

「不甲斐なさ?」

「俺は家族に無関心でいることで、家族と関わることから逃げていたんだ。その癖、両親の命令だけは何も考えることなく従い、逆らおうともしなかった。……エディはずっと、戦っていたのに。父親の理不尽に正面からぶつかって、辺境伯領の為に最善の道を自ら勝ち取ろうとしてきたのに、俺は何もしなかったんだ」

 ……何もしなかった?

 思わず撫でていた手の動きが止まる。

「いやいや、待て待て。そんなことないだろう。お前はリシス王国と交易を再開する為に色々動いてくれたじゃないか。俺やクリスがセネーバに留学できたのも、アスティが尽力してくれたからこそだろ」

「それは一王族として政治的な局面から進言をしただけで、息子として動いたわけじゃない」

「だったら俺だって、辺境伯領嫡男として動いただけだよ。買いかぶり過ぎだって」 

 結果的に家族仲は改善されたけど、それは闇魔法で無理やり親父の闇を吐き出させた結果だし。
 アストルディアっていちいち俺の行動謎に美化して、自分を卑下するとこあるよな。とんでもチートヒーローな癖に。  

「……でも俺が、家族仲を改善する為に何もできなかったことは事実だ。そして、そのツケが今回って来ている」

「いや、アスティの境遇考えたら、それは仕方ないことだって。改善とか、そう言う次元超えてるもん。そんなに何もかも、努力で解決出来るわけじゃないって」

 努力で全てが解決できるなら、そもそも戦争なんか起こらないし。いや、その戦争を阻止する為に必死に頑張ってるんだけどさ。

「俺はアスティの家族のことで、アスティを不甲斐ないとは思わないし。仮にアスティ自身が不甲斐ないと思っていたとしても、過去は変えられないだろ。だったらもう、ある駒でしか勝負するしかないだろ」

 そう言って、再びなでなでを再開する。せっかくだし、三角お耳も撫でちゃおーと。

「寧ろ俺は、そんな環境にも関わらず、捻くれることなくまっすぐ育ったアスティを褒めてやりたいくらいだよ。今まで一人で抱えこんで、辛かったな。……よく、がんばりました」

 叶うことならば、過去に戻って幼いアストルディアを抱きしめて、優しく頭をなでてやりたいくらいだ。……いや、対お犬様なら普通にやってた気がするから、過去のアストルディアは過去の俺に任せて、今の俺は今のアストルディアに集中しよう。
 白銀の髪は絹糸のようにさらさら手触りが良く、なでなでを再開したらへにょっとなってしまった三角お耳も短毛ながらも撫で心地がいい。
 されるがままの状態のアストルディアは、暫く黙って俺の腹部に顔を埋めていた。

「……エディ。俺は、お前と子どもを守る為なら。三人で幸せになる為なら、何でもする……何でもだ」

 ーーたとえそれが、家族の命を奪うことであっても。

 小さく呟かれた言葉を、俺は敢えて聞こえないふりをした。
 俺が二択に迫られた時、アストルディアよりも辺境伯領を選ぶことを決めているように。
 刃を向けて来た、二人の師匠を殺した時のように。
 あくまでそれはどうしようもない状況に陥った時の為の決意表明であって、聡明なアストルディアが先走って取り返しのつかないことをしでかすなんて、あり得ないと思っていたから。

 まさか、この時アストルディアの真意を問わなかったことを、一月後に後悔することになるなんて、思ってもいなかったんだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

ポメラニアンになった僕は初めて愛を知る【完結】

君影 ルナ
BL
動物大好き包容力カンスト攻め × 愛を知らない薄幸系ポメ受け が、お互いに癒され幸せになっていくほのぼのストーリー ──────── ※物語の構成上、受けの過去が苦しいものになっております。 ※この話をざっくり言うなら、攻めによる受けよしよし話。 ※攻めは親バカ炸裂するレベルで動物(後の受け)好き。 ※受けは「癒しとは何だ?」と首を傾げるレベルで愛や幸せに疎い。

【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される

秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】 哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年 \ファイ!/ ■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ) ■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約 力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。 【詳しいあらすじ】 魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。 優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。 オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。 しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

弟、異世界転移する。

ツキコ
BL
兄依存の弟が突然異世界転移して可愛がられるお話。たぶん。 のんびり進行なゆるBL

処理中です...