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病床の老獅子③
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「ですが、父上。母上は、私に王位を譲るつもりです」
「分不相応だと断れ! 自分でも理解しているのだろうっ、アストルディア。番か国かの二択を迫られた時、お前は国を選べない。数多の民よりも、番の方が大切な男が、王になぞなるべきではない!」
「……兄上なら、選べると?」
「獅子獣人のあれは、既に複数の番を持っているからな。雄側の獅子獣人の愛は、平等に広く浅い。番全員の総意でもない限り、そうそう揺らぐまいよ」
そう言って、ニルカグルは忌々しそうに舌打ちをした。
「お前がカーディンクルより、ずっと優秀なことなぞ重々承知している。あれを傀儡の王として、裏で実権を握りたいと言うのならば好きにすればいい。だが、王位は駄目だ。少なくとも私が生きているうちは、絶対にお前を王になぞさせんからな!」
それだけ言うと、ニルカグルは布団に潜り込み、俺達に背を向けた。
取り付く島もない一方的な宣言に、俺達は顔を見合わせて部屋を後にする。
ニルカグルの主張は、ある意味では正しいようにも思う。番第一主義の狼獣人に、国を任せられないという主張そのものは理解できなくもない。
けれど、なんというか。彼の主張の根本にあるのは、そう言う客観的な理屈じゃないような……。
「……なあ。アスティ。お前の親父ってもしかして……」
「……言うな。エディ」
俺が核心を突く前に、アストルディアが言葉を遮った。
「父上は、祖父アルデフィアに心酔していてな。セネーバの未来の為に、その優れた血をもっと残すべきだからと、病弱なエレナ以外にも複数妻を持つよう主張したんだ」
「その候補の中には、やっぱり……」
「だから、言うな。エディ。俺も決定的なことは、聞いていない。あくまで可能性の話だ」
確かに可能性だけでこんなことを言うのはあれだけど、あそこまであからさまにされたら、男同士のアレコレに鈍い俺だってでも、察してしまう。
……ニルカグルは多分、自分もアルデフィアの子どもを産みたかったんだろうな。雌側なら獅子獣人は、番が別の妻を持つことを忌避しないのだから尚更。
アルデフィアとエレナ姫が子どもを作った年齢は、結婚適齢期が早い今世にしてはかなり遅かったのに、その子どもであるエルディア女王が成人するまで他に番を作らなかった辺り、ニルカグルの強過ぎるアルデフィアへの執着が垣間える。
それなのに、アルデフィアは妻であるエレナ姫一筋で。
エルディア女王を産んで数年後にエレナ姫が亡くなったことで、狼獣人の性から逃れられず狂いはじめて。
ニルカグルは父親代わりとして育てたエルディア女王の成人を待って番になり、子どもを産ませた。そして女王も息子であるアストルディアも、アルデフィアの面影を色濃く引き継いでいて……。
「なんか……色々地獄だな。お前の両親」
俺の言葉に、アストルディアは苦笑いを浮かべた。
「だから、家族に関しては『話して愉快な話ではない』と言っただろう」
……確かに、俺が色々聞こうとする度、言葉を濁してたもんな。
俺の両親も大概だと思ってたけど、アストルディアの両親もドロドロ過ぎてひどい。
「あんな風に言われているのを聞けば、俺が王になるべきだと主張した母の方が、兄上を王にすべきと主張した父より、俺に厳しい教育を施したのだと思うかもしれないが。実際幼い頃の教育方針が厳しいのは父の方で、母はどちらかと言えば俺に対して無関心だったんだ」
「……え?」
「敬愛するアルデフィアによく似て生まれた俺が、無能に育つのは許せなかったのだろう。物心が着いた頃には、一人でネーバ山の麓に置いて行かれたりと、かなり無茶な教育もされた」
……え。ええー。W師匠もびっくりなニルカグルのスパルタ教育も引くけど。
ついさっき女王、俺に「アストルディアを王にすべく、幼い頃から王にふさわしい教育を施してきた」的なこと言ってたじゃん! さも自分が教育してきたみたいな雰囲気出してたじゃん! 実際はニルカグルに丸投げなんですか? ええ……。
「ち、ちなみにお兄さんは……?」
「王族に相応しい程度の教育はきちんと施されてはいたようだが、当然俺に対してほどの熱量はなくてな。『弟が生まれて以降、両親からも周囲からも一切の期待をされずに育った』ことが、今のあれを形作っている」
「分不相応だと断れ! 自分でも理解しているのだろうっ、アストルディア。番か国かの二択を迫られた時、お前は国を選べない。数多の民よりも、番の方が大切な男が、王になぞなるべきではない!」
「……兄上なら、選べると?」
「獅子獣人のあれは、既に複数の番を持っているからな。雄側の獅子獣人の愛は、平等に広く浅い。番全員の総意でもない限り、そうそう揺らぐまいよ」
そう言って、ニルカグルは忌々しそうに舌打ちをした。
「お前がカーディンクルより、ずっと優秀なことなぞ重々承知している。あれを傀儡の王として、裏で実権を握りたいと言うのならば好きにすればいい。だが、王位は駄目だ。少なくとも私が生きているうちは、絶対にお前を王になぞさせんからな!」
それだけ言うと、ニルカグルは布団に潜り込み、俺達に背を向けた。
取り付く島もない一方的な宣言に、俺達は顔を見合わせて部屋を後にする。
ニルカグルの主張は、ある意味では正しいようにも思う。番第一主義の狼獣人に、国を任せられないという主張そのものは理解できなくもない。
けれど、なんというか。彼の主張の根本にあるのは、そう言う客観的な理屈じゃないような……。
「……なあ。アスティ。お前の親父ってもしかして……」
「……言うな。エディ」
俺が核心を突く前に、アストルディアが言葉を遮った。
「父上は、祖父アルデフィアに心酔していてな。セネーバの未来の為に、その優れた血をもっと残すべきだからと、病弱なエレナ以外にも複数妻を持つよう主張したんだ」
「その候補の中には、やっぱり……」
「だから、言うな。エディ。俺も決定的なことは、聞いていない。あくまで可能性の話だ」
確かに可能性だけでこんなことを言うのはあれだけど、あそこまであからさまにされたら、男同士のアレコレに鈍い俺だってでも、察してしまう。
……ニルカグルは多分、自分もアルデフィアの子どもを産みたかったんだろうな。雌側なら獅子獣人は、番が別の妻を持つことを忌避しないのだから尚更。
アルデフィアとエレナ姫が子どもを作った年齢は、結婚適齢期が早い今世にしてはかなり遅かったのに、その子どもであるエルディア女王が成人するまで他に番を作らなかった辺り、ニルカグルの強過ぎるアルデフィアへの執着が垣間える。
それなのに、アルデフィアは妻であるエレナ姫一筋で。
エルディア女王を産んで数年後にエレナ姫が亡くなったことで、狼獣人の性から逃れられず狂いはじめて。
ニルカグルは父親代わりとして育てたエルディア女王の成人を待って番になり、子どもを産ませた。そして女王も息子であるアストルディアも、アルデフィアの面影を色濃く引き継いでいて……。
「なんか……色々地獄だな。お前の両親」
俺の言葉に、アストルディアは苦笑いを浮かべた。
「だから、家族に関しては『話して愉快な話ではない』と言っただろう」
……確かに、俺が色々聞こうとする度、言葉を濁してたもんな。
俺の両親も大概だと思ってたけど、アストルディアの両親もドロドロ過ぎてひどい。
「あんな風に言われているのを聞けば、俺が王になるべきだと主張した母の方が、兄上を王にすべきと主張した父より、俺に厳しい教育を施したのだと思うかもしれないが。実際幼い頃の教育方針が厳しいのは父の方で、母はどちらかと言えば俺に対して無関心だったんだ」
「……え?」
「敬愛するアルデフィアによく似て生まれた俺が、無能に育つのは許せなかったのだろう。物心が着いた頃には、一人でネーバ山の麓に置いて行かれたりと、かなり無茶な教育もされた」
……え。ええー。W師匠もびっくりなニルカグルのスパルタ教育も引くけど。
ついさっき女王、俺に「アストルディアを王にすべく、幼い頃から王にふさわしい教育を施してきた」的なこと言ってたじゃん! さも自分が教育してきたみたいな雰囲気出してたじゃん! 実際はニルカグルに丸投げなんですか? ええ……。
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「王族に相応しい程度の教育はきちんと施されてはいたようだが、当然俺に対してほどの熱量はなくてな。『弟が生まれて以降、両親からも周囲からも一切の期待をされずに育った』ことが、今のあれを形作っている」
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