俺の悪役チートは獣人殿下には通じない

空飛ぶひよこ

文字の大きさ
上 下
207 / 311

初恋が終わる時⑥

しおりを挟む
 握ったブラッドリーの手は、記憶にあるよりずっと荒れていた。
 なんちゃって不良お坊ちゃんだった二年前と違い、彼の環境にも色々変化があったのだろう。特に卒業後の数ヶ月は。
 俺を見つめるブラッドリーの紅の瞳には、二年前にはなかった厭世的な気配が滲んでいて。否が応でも、彼の現状が恵まれたものではないのだと気づかされた。……彼の生家のパトリオット公爵家が、ゴリゴリの正妃派であったことを考えれば当たり前か。
 散々甘やかして可愛がってきた不良ぶってる子どもを、以前同様に扱う余裕なんて、今のパトリオット家にはないのだろう。俺はブラッド個人のことは、多少嫉む気持ちはあっても嫌いなわけではなかったので、その事実をザマァとは思えない。

 音楽が始まり、再び滑るようにステップを合わせて踊りだす。ブラッドリーの動きは、アストルディアほどではないけど、優雅だ。何だかんだで、あらゆる面で優秀な男ではあるのだ。その器用さが、人間関係には適応されなかっただけで。
 音楽に合わせるように小さく指を振って、魔法陣を展開する。

「……防音の魔法陣を張りました。何か話したいことがあるのでしょう。同じフロアで踊る人でも私達の声は聞き取れないはずなので、タイミング関係なくいつでもどうぞ」

 舞踏会で密着して踊る場面は、密談の定番。さらに防音魔法まで発動させたんだから、普通なら問題になるような話題でも気兼ねなく口にすることができるだろう。
 ブラッドリーは少しだけ眉を寄せてから、感情が読めない平坦な声で話しだした。

「……久しぶりだな。エドワード」

「そうですか? 会ったばかりのような気がしますが」

「お前が実は女だなんて、初耳だぞ」

「ただの噂です。好きな噂を信じてください。真偽はどうだあれ、貴方にとっては信じたいことが真実です」

 まあ、これだけ密着して、男だってわからないはずもないが。そもそも学生時代にそれなりに親しかったブラッドリーを騙せるなんて、最初から思ってないし。
 ……いや、二年前のこいつなら、もしかしたら騙せたかもな。
 俺と違って、羨ましいくらいにまっすぐで単純な奴だったから。

「獣人の子を産むのか」

「それも手段のうちだと、最初から言っていたでしょう」

「獣人の王子に惚れたのか」

「利害が一致しただけですよ」

 くるりくるりと軽やかに回りながら、何処か殺伐した会話を交わす。
 さてさて、ブラッドリーがいつまで経っても本題を切り出さないから、こちらから切り出すか。

「それで、袖の中に隠した針は、いつ使うおつもりですか?」

「っ」

「塗られてるのは、遅効性の毒ですかね。狙いは、アストルディアと私、どちらですか?」

 恐らく何か隠してると思ったので、試しに物を隠してそうな場所を【鑑定】してみたら、デワリュセの樹液を染み込ませた毒針を所持してることが判明した。対象の物がはっきり感知できてなくても、隠し持っているものがちゃんとわかるとか、便利過ぎてありがた過ぎる。
 デワリュセの樹液は、摂取したものにまずは強い眠気をもたらし、何も知らずにベッドに向かった憐れな犠牲者が眠っている内に、ゆっくりと体内の機能を停止させ死をもたらす。遅効性の為犯人が特定しにくく、わかりやすい苦痛もない為被害者に騒がれることもない。最初の眠気を異変と捉えなければ、どれほど優秀な聖魔法使いでも、治癒することができないまま死を迎えることになる、恐ろしい毒だ。
 もし知らずに使用されてたら、俺でも危なかったかもしれない。

「昼間もですが……かつての友から命を狙われるなんて、悲しいです」

「……気づいて、いたのか」

「随分と強くなったようですが、貴方の剣筋も魔法の癖も変わってませんから」

 仮面で隠していたところで、気付かないはずがない。
 剣も魔法も、学生の頃は何度も一緒に訓練してきた。
 最初からブラッドリーだとわかっていたからこそ、敢えて逃走用の魔道具を使うのを見逃してやったのだ。……その結果が、ブラッドリーの生死を分けたわけだが。



しおりを挟む
感想 160

あなたにおすすめの小説

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた

マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。 主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。 しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。 平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。 タイトルを変えました。 前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。 急に変えてしまい、すみません。  

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…

こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』  ある日、教室中に響いた声だ。  ……この言い方には語弊があった。  正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。  テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。  問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

陛下の前で婚約破棄!………でも実は……(笑)

ミクリ21
BL
陛下を祝う誕生パーティーにて。 僕の婚約者のセレンが、僕に婚約破棄だと言い出した。 隣には、婚約者の僕ではなく元平民少女のアイルがいる。 僕を断罪するセレンに、僕は涙を流す。 でも、実はこれには訳がある。 知らないのは、アイルだけ………。 さぁ、楽しい楽しい劇の始まりさ〜♪

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

処理中です...