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初恋が終わる時⑥

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 握ったブラッドリーの手は、記憶にあるよりずっと荒れていた。
 なんちゃって不良お坊ちゃんだった二年前と違い、彼の環境にも色々変化があったのだろう。特に卒業後の数ヶ月は。
 俺を見つめるブラッドリーの紅の瞳には、二年前にはなかった厭世的な気配が滲んでいて。否が応でも、彼の現状が恵まれたものではないのだと気づかされた。……彼の生家のパトリオット公爵家が、ゴリゴリの正妃派であったことを考えれば当たり前か。
 散々甘やかして可愛がってきた不良ぶってる子どもを、以前同様に扱う余裕なんて、今のパトリオット家にはないのだろう。俺はブラッド個人のことは、多少嫉む気持ちはあっても嫌いなわけではなかったので、その事実をザマァとは思えない。

 音楽が始まり、再び滑るようにステップを合わせて踊りだす。ブラッドリーの動きは、アストルディアほどではないけど、優雅だ。何だかんだで、あらゆる面で優秀な男ではあるのだ。その器用さが、人間関係には適応されなかっただけで。
 音楽に合わせるように小さく指を振って、魔法陣を展開する。

「……防音の魔法陣を張りました。何か話したいことがあるのでしょう。同じフロアで踊る人でも私達の声は聞き取れないはずなので、タイミング関係なくいつでもどうぞ」

 舞踏会で密着して踊る場面は、密談の定番。さらに防音魔法まで発動させたんだから、普通なら問題になるような話題でも気兼ねなく口にすることができるだろう。
 ブラッドリーは少しだけ眉を寄せてから、感情が読めない平坦な声で話しだした。

「……久しぶりだな。エドワード」

「そうですか? 会ったばかりのような気がしますが」

「お前が実は女だなんて、初耳だぞ」

「ただの噂です。好きな噂を信じてください。真偽はどうだあれ、貴方にとっては信じたいことが真実です」

 まあ、これだけ密着して、男だってわからないはずもないが。そもそも学生時代にそれなりに親しかったブラッドリーを騙せるなんて、最初から思ってないし。
 ……いや、二年前のこいつなら、もしかしたら騙せたかもな。
 俺と違って、羨ましいくらいにまっすぐで単純な奴だったから。

「獣人の子を産むのか」

「それも手段のうちだと、最初から言っていたでしょう」

「獣人の王子に惚れたのか」

「利害が一致しただけですよ」

 くるりくるりと軽やかに回りながら、何処か殺伐した会話を交わす。
 さてさて、ブラッドリーがいつまで経っても本題を切り出さないから、こちらから切り出すか。

「それで、袖の中に隠した針は、いつ使うおつもりですか?」

「っ」

「塗られてるのは、遅効性の毒ですかね。狙いは、アストルディアと私、どちらですか?」

 恐らく何か隠してると思ったので、試しに物を隠してそうな場所を【鑑定】してみたら、デワリュセの樹液を染み込ませた毒針を所持してることが判明した。対象の物がはっきり感知できてなくても、隠し持っているものがちゃんとわかるとか、便利過ぎてありがた過ぎる。
 デワリュセの樹液は、摂取したものにまずは強い眠気をもたらし、何も知らずにベッドに向かった憐れな犠牲者が眠っている内に、ゆっくりと体内の機能を停止させ死をもたらす。遅効性の為犯人が特定しにくく、わかりやすい苦痛もない為被害者に騒がれることもない。最初の眠気を異変と捉えなければ、どれほど優秀な聖魔法使いでも、治癒することができないまま死を迎えることになる、恐ろしい毒だ。
 もし知らずに使用されてたら、俺でも危なかったかもしれない。

「昼間もですが……かつての友から命を狙われるなんて、悲しいです」

「……気づいて、いたのか」

「随分と強くなったようですが、貴方の剣筋も魔法の癖も変わってませんから」

 仮面で隠していたところで、気付かないはずがない。
 剣も魔法も、学生の頃は何度も一緒に訓練してきた。
 最初からブラッドリーだとわかっていたからこそ、敢えて逃走用の魔道具を使うのを見逃してやったのだ。……その結果が、ブラッドリーの生死を分けたわけだが。



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