上 下
202 / 311

初恋が終わる時①

しおりを挟む
 お忍びでも何でもなく、アストルディアが狼耳や尻尾を堂々と晒して第二王子アピールしてるせいか、さすがに面と向かって獣人を貶める言葉を口にするものはいない。
 獣人は忌避されていると同時に、恐れられてもいるのだ。さらに相手は隣国の王族。少し悪口を言っただけで、不敬罪としてしょっ引かれる可能性がある。それなりに地位がある貴族ならばともかく、一般庶民じゃ公然と嫌がらせができるはずもない。
 ……まあ、アストルディアの神がかった美貌と、ガタイの良さに、その気が削がれてるってのも十二分にあるだろうけどな。時々拝んでる奴がいるのは、ドリフィス教から改宗したのか?

「……あっ」

 ずっと足を曲げて歩いているせいか、石に足を引っ掛けたので、ここらで群衆の皆さんへサービス。
 体幹強強につき普通に体勢を持ち直せるけど、あくまで今の俺は病弱なご令嬢なので、そのまま重力に逆らわず体勢を崩す。
 そんな俺をアストルディアが、当然のように後ろから抱きとめた。

「……大丈夫か?」

「も、申し訳ありません。殿下。石につま先が……」

 どうですか? 顔を真っ赤に染めてアストルディアの腕の中で、恥ずかしがってる俺は?
 さらりと俺を抱きとめて、心配そうに顔を覗き込むスパダリアストルディアは?

 まるで恋愛物語の一節のようなシチュエーションに、周囲の若いお嬢様たちがうっとり顔でため息を吐いた。
 辺境伯領では腐女子が爆誕していたが、ドリフィス教人気が高い王都ではNL好きが一般的なのだ。
 前世のネット小説風に言うなら「国の為に嫁いだ病弱な令嬢が、蛮族の美王子に溺愛される話」を妄想をしてときめいてもらおうじゃねぇか! ふははは!

 内心邪悪なドヤ顔をしながら、涙目キュルキュルなお嬢様風上目遣いで、アストルディアの胸元を小さく掴む。

「……ずっと屋敷の中だけで過ごしてきたせいで、外で歩き慣れてないんです。殿下の手を煩わせてしまって、申し訳ありません」

「気にするな」

「……ぅぇっ」

 思わず、素の声が出そうになったのを、慌てて飲み込んだ。

「お、降ろしてください! 殿下!」

「お前が歩くのが苦手ならば、こうして俺がお前を抱き上げて、足の代わりになろう」

「そ、そんなこと殿下にさせるわけには……」

「俺とお前は番だ。獣人にとって番は、唯一無二の一心同体な存在。俺の足はお前のものだ。何も気にすることはない」

 やめて、アストルディア。
 あまりのスパダリっぷりに、NL好きなお嬢様は悶絶してるけど、お姫様だっこされたらドレスの裾の中で折り曲げてた足をどうすればいいかわからないの。本物の腰の位置もバレそうだし。
 あと、予想外過ぎる行動に、封印したはずの恋心がうっかりこんにちはしてアホになりそうだから、マジやめて。
 アワアワ動揺する俺の耳元に、アストルディアが小さく囁いた。

「……つけられているな」

 その言葉に、溢れかけていた恋心がすぐにシュルリと蓋付きの箱の中に舞い戻った。

「……わかってる。三人か?」

「離れた所に、その三人の様子を伺っている者がさらに三人いる。クリスの【影】ではなさそうだ」

「六人か。舐められたもんだな。取り敢えず人気のない場所へ移動するか」

「俺達が移動しなくても、誘導されそうな気もするがな」

「ーーお願いです。殿下! 降ろしてください! このままじゃ、心臓が破裂してしまいます!」

 ポコポコと胸元を叩いてアストルディアにお姫様抱っこから解放させると、照れたような表情のまま、進行方向を確認する。
 下手に追っ手を焦れさせて、関係ない民まで巻き込んでしまったら大変だ。早急に、襲撃しやすそうな場所まで移動してやらねば。

「……殿下。次はあちらに行きましょう。できれば、屋台の出てない町の様子も見ておきたいんです」

 にこりと笑って裏路地に続く道の方に足を進めると、ふらりと近寄ってきた中年の女が目の前で倒れこんだ。

「きゃっ! だ、大丈夫ですか?」

「……じ、持病の発作が……すぐ傍の家に薬があるのですが……」

 ……わあい。わかりやす過ぎる罠キター。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生してハーレム作れる能力を手に入れたのに男しかいない世界だった

藤いろ
BL
好きなキャラが男の娘でショック死した主人公。転生の時に貰った能力は皆が自分を愛し何でも言う事を喜んで聞く「ハーレム」。しかし転生した異世界は男しかいない世界だった。 毎週水曜に更新予定です。 宜しければご感想など頂けたら参考にも励みにもなりますのでよろしくお願いいたします。

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉

あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた! 弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

18禁NTR鬱ゲーの裏ボス最強悪役貴族に転生したのでスローライフを楽しんでいたら、ヒロイン達が奴隷としてやって来たので幸せにすることにした

田中又雄
ファンタジー
『異世界少女を歪ませたい』はエロゲー+MMORPGの要素も入った神ゲーであった。 しかし、NTR鬱ゲーであるためENDはいつも目を覆いたくなるものばかりであった。 そんなある日、裏ボスの悪役貴族として転生したわけだが...俺は悪役貴族として動く気はない。 そう思っていたのに、そこに奴隷として現れたのは今作のヒロイン達。 なので、酷い目にあってきた彼女達を精一杯愛し、幸せなトゥルーエンドに導くことに決めた。 あらすじを読んでいただきありがとうございます。 併せて、本作品についてはYouTubeで動画を投稿しております。 より、作品に没入できるようつくっているものですので、よければ見ていただければ幸いです!

【完結】白い塔の、小さな世界。〜監禁から自由になったら、溺愛されるなんて聞いてません〜

N2O
BL
溺愛が止まらない騎士団長(虎獣人)×浄化ができる黒髪少年(人間) ハーレム要素あります。 苦手な方はご注意ください。 ※タイトルの ◎ は視点が変わります ※ヒト→獣人、人→人間、で表記してます ※ご都合主義です、あしからず

処理中です...