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美しい絵②

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 完璧なカーテシーの後に背を向けた彼女……いや、彼と言うべきか……に、思わず群衆の中から手を伸ばした。

 待って、待って……行かないで。
 ずっと会いたかったんだ。
 ずっと忘れられなかったんだ。

 当然のように、それをエスコートする獣人の王子が憎い。……どうして、そこにいるのが俺じゃないのだろう。

 女相手でも、許せなかった。
 でも、相手が男なら、よけい許せない。

「……やっぱり、獣人はずるい」

 小さく吐き出した言葉は、我に返ったようにざわめき出した雑踏の中に、溶け込んで消えた。



「アストルディア殿下。あれは一体なんでしょう? キラキラしてとても綺麗だわ。まるで宝石みたい」

「花の形の飴細工のようだな。一つ買ってみよう」

「ありがとうございます。セネーバにも同じような飴細工が売られているのですか?」

「獣人はあまり手先が器用ではないからな。歪な丸い形の飴は売られているが、あのような美しい細工はできない」

「こうして近くで見ると、赤い花の部分も緑の葉の部分も、精密な細工がされているのがわかりますね……素敵だわ」

 できるだけ高い声で、できるだけ可憐に振る舞いながらちびちび飴を口にする俺を、とろけるような優しい微笑みで見つめるアストルディア。
 「誰だお前ら」と自分でも突っ込みたくなる俺達を、祭りに来た人々が遠巻きに見つめている。

「お祭りに来たのは生まれて初めてだけど、見るもの全てが新鮮で、とても楽しいです。一緒に回ってくださってありがとうございます」

 頬を薔薇色に染めてキラキラした計算100%のあざとい笑みを浮かべると、周囲一帯の男達が揃って脂下がった表情を浮かべた。……同性だからこそよけい思うけど、本当男ってわかりやすいな。
 無事、病弱な辺境伯秘蔵のお姫様を演じられているようで何より。

 クリスは「辺境伯家の嫡男は実は男装の麗人だ」と言う噂を流していたけど、それに並行して「ネルドゥース辺境伯家には病弱故に存在を秘された、辺境伯家嫡男の双子の妹がいる」という噂も流してもらった。
 俺がセネーバに嫁げば辺境伯家嫡男の存在がリシス王国内からいなくなってしまうと想定したからこそ、クリスは辺境伯嫡男男装の麗人説を流したのだろうが、今の所俺はアストルディアから転移魔法を使って結婚後も頻繁に辺境伯領に滞在する許可をもらっている。既に辺境伯の民には俺がセネーバに嫁ぐことを代々的に発表してしまってはいるが、意外と他領の人なら別人説の方が納得するのではないかと考えたわけだ。

 つまり、現段階でセネーバ第二王子の婚約者は

①ネルドゥース辺境伯家嫡男

②実は男装の麗人だったネルドゥース辺境伯家嫡男本人

③存在を秘されていた、ネルドゥース辺境伯家嫡男の病弱な双子の妹

 の、3つの噂が流れているということ。
 貴族やネルドゥース辺境伯領に関わりのある商人ならば様々な伝手を使って真偽を確かめることもできるかもしれないが、うちの領と関わりがない平民にはどれが正しいのかわかるまい。
 人は自分が信じたいことを信じる。つまり、同性愛に嫌悪を抱いているドリフィス教信者を魅了してしまえば、勝手に向こうは俺を女性だと思ってくれるはず。

 そんなわけで俺は今、「守ってあげたくなるような、可憐で健気な辺境伯令嬢」を演じて、キラキラ笑顔を大盤振る舞いしているわけである。
 アストルディアは「そんな令嬢を愛おしくてたまらない婚約者」という体でずっと微笑んでいる……というか、練習してもなお、あの顔しか習得できなかったんだろうな。どっかのヤンデレ護衛みたいに、ずーっと微笑みを浮かべてるから、これはこれでちょっと不自然だがまあいい。
 こっちを見つめている人と目が合う度、にっこり可憐に微笑みを返すと、老若男女問わず面白いくらい動揺してくれる。
 ……俺、思ってた以上に女装の才能あんだな。明らかに普段よりモテてる感じが、複雑だ。

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