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獣の誓い

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『……やめろ。やめてくれ。アスティ……』

 むせ返るほどの血と死の臭いの中で、ただ彼の香りだけが、どうしようもなく甘かった。

『……まだ、間に合う……まだ、引き返せるから』

 引き返せるはずもない。
 理性が焼き切れた体は、俺の意思を無視して獣に変貌し、ただ本能のみが体を突き動かしている。
 
 欲しい、欲しい、欲しいーー全て、喰らいつくしてしまいたい。

 今はただ、それだけしか考えられない。
 
『冷静になれ。ここは、戦場だぞ? 獣人の死体も、人間の死体も、ゴロゴロ転がっているんだ。それなのに…こんなの、正気の沙汰じゃない』

 そうだ。俺はとっくに狂ってる。
 もう、戻れないんだ。戻りたいとすら、思えない。

 友としてお前を殺せることが正気の状態であるならば、俺はもう一生狂ったままでいい。

『頼むから……正気に戻ってくれ……お願いだよ』

 悲痛に訴える姿すら、どうしようもなく愛おしい。

 俺の番。俺の唯一。

 失えるはずがない。失うくらいなら、壊してしまいたい。

『俺はお前を……憎みたくはないんだ』

 ーー愛してもらえないのなら、いっそ俺はお前に憎まれたい。


『ーーっぐあああああああ!!!』

 未開の蕾を無理やり押し開く快感は、「お前なら大丈夫」と放置された危険な山中で、飢えを満たすべく獲物に喰らいついた幼いあの日の思い出と似ていた。
 無理やりつながったそこは、切れて血を流していたが、いたわる余裕もないまま、ただ本能に任せて腰を振る。
 温かく締め付けてくる心地よい肉を抉るたび、足りなかったものが満たされていく感覚がある一方で、大切なものがぼろぼろと零れ落ちていく気もした。

 『やめ、も……お願いだから……があっ!』

 いっそ、骨一つ髪の毛一本残すことなく食らってしまいたいと思うが、そうすればこの愛しい番は永遠に失われてしまう。
 だから、代わりに、彼を俺に縛り付けよう。
 体を無理やり作り変えて、俺の子を孕ませる。
 一日でそこまで作り変えたら、体に重い後遺症が残ってしまうが、逆にその方が都合が良かった。
 魔法が使えなく、剣もまともに振れなくなれば、隷属の首輪の効力がなくなったとしても、彼は俺から逃げることができなくなるだろう。

 俺のものだ。俺のものだ。誰にも、渡さない。

 死神にだって、お前を譲ってやるものか。
 
『……ふっ……うっうっ……』

 ああ。エディ。ーーそんな風に泣く姿すら、お前はどうしようもなく美しいな。



 それは、ただの夢。現実に起こったことではない。
 けれど俺は、それが確かに現実に起こり得る夢であることを知っていた。

「………えて……さい。……命を……うか」

 どこか遠くから、掠れて聞き取りにくい女の声がした。

「どうか……度こそ……を……幸せに……」

「ーー当たり前だ」

 こんな未来、絶対に俺が阻止する。
 どんなものからだって、俺が必ずエディを守ってみせる。

 たとえそれが、俺自身の狂気からだとしても。



 ……うっかりアストルディアに恋してしまってから、数日が経ったわけだが。(ずっと顔を上げられないまま、変なとこ鈍いアストルディアに心配されつつ、30分以上対面でつながったまま過ごさないといけなの、マジきつかった……)
 今さらながら、何とかしてアレなかったことにはできないかなー、とか思っちゃったりしてる。
 元々依存心強強の友情以上の気持ち抱いてたうえ、今春正式に結婚するわけだし、別に恋しても構わないと思うでしょ? 
 いや、それが全然違うんですよ。愛ならオッケー。恋はだめ。え、違いがよくわからない?

 ーーだって俺、恋するとめちゃくちゃアホになるんだもん……!

 獣人と気づく前のアストルディアに対する、俺の脳内お花畑っぷりを覚えてらっしゃるだろうか。ここ数日アストルディアのことを考えてる時の、俺の脳内はまさにあの時の再来。自分でもドン引くくらいの、真っピンクなウザさ。
 あの時はお犬様を性的対象になんて見てなかったけど、今はガッツリ孕まされセックスまでしちゃってる相手なだけに、よけいアホさに磨きがかかってる気がする。
 これから結婚して戦争回避を目指すという一大局面で、この状況はまずい。この恋心をなかったことにする為に、何か良い方法はないだろうか……?
 

「……ねえ、エディ。聞いてるのー?」

「俺が女装するとかいうふざけた案のことなら、敢えて聞かなかったことして、別の重大案件について思索してた」
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