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クソ親父の闇④
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伯父の臭いは、恐らくアロマ煙草が原因だろう。
獣人避けの為に体に染み込ませられた臭いが、獣人を激昂させて凶行に至らせたのだから、皮肉な話だ。……それがなかったとしても、臭いだけでいきなり人を殺すような獣人なら、遅かれ早かれ結果は同じだったかもしれないが。
「……抵抗する時に放った魔法は、全て無効化された……絶望から無意識で放った【魅了】の闇魔法だけは有効だったようだが……内臓を必要以上に傷つけさせないくらいの効果しかなかった」
数時間後、駆けつけたアダムとセドリックによって、獣人は討伐された。
「二人がかりの不意討ちで……【魅了】効果によって、獣人の俺以外に対する意識が散漫になってたからこそ勝てたのだと、二人は言っていた……それくらい、その獣人は規格外に強かった……セネーバの報復を恐れた二人は、父と相談して獣人の死体を埋め、被害は全て魔物によるものとして領民に説明することにした……そしてその日以来、俺は魔法を一切使えなくなった」
治療したセドリックは、親父の腹の中には未完成の臓器が新たに形成されていて、魔法が使えなくなったのは、それが原因だと言ったらしい。
はっきりと親父は臓器の名称を言わなかったが、それができかけの子宮で、魔法を使えなくなったのは急激に体を作り変えられた後遺症であることを、残念ながら俺は既に知っていた。
「魔法の代わりに、剣の腕を鍛え、亡き兄の代わりに俺は辺境伯の地位を継いだ……もしまた獣人の襲撃があれば、必ず被害が出る前に殺すと胸に誓ったが……実際に戦う場面を想像しただけで、体が震えるくらい、獣人が怖くて怖くて仕方なかったのも事実だ」
一生結婚するつもりはなかった親父だが、王家の命令で王族である母を娶ることになった。
その美しさと、精神の幼さから「人形姫」ーー口さがない一部の者たちからは「白痴姫」と揶揄されていた母を。
「父は厄介者を王家から押し付けられたと怒っていたが、俺は……彼女の純粋無垢な幼さに、救われた。汚いものを一切知らず、俺がどんな態度を取ろうとただ微笑んで傍にいてくれる彼女は、俺にとって救いだった……獣人の襲撃以後、俺は人に触れることができなくなっていたが、彼女にだけは触れることができた……彼女が俺を傷つけることはないと、そう信じられたから」
「…………」
一度だけ、半開きになった寝室の扉の向こうで、親父が母を抱き締めている姿を垣間見たことがある。
大きな体を縮めて、縋るように母の小さな体を抱き締める親父を、母はいつもの幼い笑みを浮かべて、にこにこ抱き締め返していた。
冷血漢なクソ親父だが、妻である母のことはちゃんと愛しているのだなと、そう思ったのを覚えている。
俺と違って、と。
「けれど、エドワード……俺にとって一番の救いは、お前が生まれたことだった」
だから、予想外に続けられた言葉に、思わず目を見開いた。
「全属性持ちで、生まれながらに常人以上の魔力を有して生まれたお前は、俺とアダム、セドリックにとっての希望だった……お前ならきっといつか、獣人を倒してくれる……きっと獣人の手から辺境伯領を救う英雄になってくれる……俺達は、そう信じて、お前を英雄として育ててきた……そして、お前はその期待に応えてくれた……きっとこれで、全て上手くいく……もう獣人に怯える必要はないと……そう、思っていたのに」
ーー親父たちにとっては予想外なことに、辺境伯領の為に獣人と戦う英雄になるはずだった俺は、獣人との講和の道を目指した。
奇しくも獣人に殺された伯父が、かつて夢見た道を。
「……何が正しくて、何が間違っているのか、俺にはもう、わからないんだ」
【開口】の効果がなければ死んでも口にしなかっただろう弱音をこぼしながら、親父がうつむく。
「……野蛮な獣人と共存しようとしたところで、いずれは必ず戦争になると、アダムとセドリックは言う……俺も心情としてはそれに賛同する……だが、俺は辺境伯領領主だ……領民から戦争の犠牲者を出さず、獣人と共存する道があるなら、そちらを選ぶべきだとも思う……きっと兄が領主ならば、そうしたはずだから」
獣人避けの為に体に染み込ませられた臭いが、獣人を激昂させて凶行に至らせたのだから、皮肉な話だ。……それがなかったとしても、臭いだけでいきなり人を殺すような獣人なら、遅かれ早かれ結果は同じだったかもしれないが。
「……抵抗する時に放った魔法は、全て無効化された……絶望から無意識で放った【魅了】の闇魔法だけは有効だったようだが……内臓を必要以上に傷つけさせないくらいの効果しかなかった」
数時間後、駆けつけたアダムとセドリックによって、獣人は討伐された。
「二人がかりの不意討ちで……【魅了】効果によって、獣人の俺以外に対する意識が散漫になってたからこそ勝てたのだと、二人は言っていた……それくらい、その獣人は規格外に強かった……セネーバの報復を恐れた二人は、父と相談して獣人の死体を埋め、被害は全て魔物によるものとして領民に説明することにした……そしてその日以来、俺は魔法を一切使えなくなった」
治療したセドリックは、親父の腹の中には未完成の臓器が新たに形成されていて、魔法が使えなくなったのは、それが原因だと言ったらしい。
はっきりと親父は臓器の名称を言わなかったが、それができかけの子宮で、魔法を使えなくなったのは急激に体を作り変えられた後遺症であることを、残念ながら俺は既に知っていた。
「魔法の代わりに、剣の腕を鍛え、亡き兄の代わりに俺は辺境伯の地位を継いだ……もしまた獣人の襲撃があれば、必ず被害が出る前に殺すと胸に誓ったが……実際に戦う場面を想像しただけで、体が震えるくらい、獣人が怖くて怖くて仕方なかったのも事実だ」
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その美しさと、精神の幼さから「人形姫」ーー口さがない一部の者たちからは「白痴姫」と揶揄されていた母を。
「父は厄介者を王家から押し付けられたと怒っていたが、俺は……彼女の純粋無垢な幼さに、救われた。汚いものを一切知らず、俺がどんな態度を取ろうとただ微笑んで傍にいてくれる彼女は、俺にとって救いだった……獣人の襲撃以後、俺は人に触れることができなくなっていたが、彼女にだけは触れることができた……彼女が俺を傷つけることはないと、そう信じられたから」
「…………」
一度だけ、半開きになった寝室の扉の向こうで、親父が母を抱き締めている姿を垣間見たことがある。
大きな体を縮めて、縋るように母の小さな体を抱き締める親父を、母はいつもの幼い笑みを浮かべて、にこにこ抱き締め返していた。
冷血漢なクソ親父だが、妻である母のことはちゃんと愛しているのだなと、そう思ったのを覚えている。
俺と違って、と。
「けれど、エドワード……俺にとって一番の救いは、お前が生まれたことだった」
だから、予想外に続けられた言葉に、思わず目を見開いた。
「全属性持ちで、生まれながらに常人以上の魔力を有して生まれたお前は、俺とアダム、セドリックにとっての希望だった……お前ならきっといつか、獣人を倒してくれる……きっと獣人の手から辺境伯領を救う英雄になってくれる……俺達は、そう信じて、お前を英雄として育ててきた……そして、お前はその期待に応えてくれた……きっとこれで、全て上手くいく……もう獣人に怯える必要はないと……そう、思っていたのに」
ーー親父たちにとっては予想外なことに、辺境伯領の為に獣人と戦う英雄になるはずだった俺は、獣人との講和の道を目指した。
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【開口】の効果がなければ死んでも口にしなかっただろう弱音をこぼしながら、親父がうつむく。
「……野蛮な獣人と共存しようとしたところで、いずれは必ず戦争になると、アダムとセドリックは言う……俺も心情としてはそれに賛同する……だが、俺は辺境伯領領主だ……領民から戦争の犠牲者を出さず、獣人と共存する道があるなら、そちらを選ぶべきだとも思う……きっと兄が領主ならば、そうしたはずだから」
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