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決裂③
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「自殺とは、失礼だな。エド。私達とて死にたいわけじゃない。結果的に死んでも構わないと思ってるだけだ」
「……その自暴自棄な考えに、他の人間を巻き込むなって言ってんですよ」
闇夜から溶け出るように現れた、魔法の師匠セドリックを睨みつける。
魔法じじいは、年を感じさせない嫣然とした笑みを浮かべて、肩を竦めた。
「まあ、納得しようが、しまいが関係ない。戦争が起これば、エドは【国境の守護者】として、辺境伯領を守る為セネーバと戦うに決まってるからな。お前は生まれ持った役目から逃げられる男ではない」
「……だから、戦争を起こさないようにすると」
「はっ、エド坊。お前の考えは、セネーバが攻めてこねぇことが大前提だ。なんであの野蛮な獣人どもをそこまで信頼できるかねぇ」
まっすぐにこちらを見据えるじじい共の顔には、迷いはない。どれほど説得したとしても、俺の言葉が二人に届くことはないのだろう。
「……セドリック師匠。魔法士達に、獣人の身体強化を弱体化させる為には魔力譲渡が有効だと教えているようですが、それがセネーバにおいては求愛の意味であることもちゃんと教えてますか? 魔力相性が良かった場合、その場で性的暴行を受ける可能性があることを」
「何故教える必要がある。負ければどの道、魔力が高い人間は獣人の性奴隷だ。求愛行動をして烈情を煽ることができれば、その分敵には隙ができる。何も問題はない」
魔法じじいはしれっとそう説明したが、俺には敢えて戦場で獣人の性暴行を誘発させて、獣人側を「悪」だと思わせる目的が潜んでいるように思えてならなかった。
獣人を「悪」だと思わせて、騎士や魔法士に人間側が「正義」だと認識させ、降伏の道を塞ぐ。
その結果つながる「滅びの道」すらも、仕方ないことだと、そう思わせて。
「……あんたらは、間違ってるよ」
「正しい、正しくないなんて、どうでもいいんだよ。俺らはただ、望みを叶えるだけだ」
「半世紀前のやり直しができるのなら、私達は何でもする。そして、その望みを叶える為には、英雄としてのお前が必要なんだ。エド」
「それで、どうするつもりです? 俺はあんたらの願いを叶えるつもりなんかさらさらねぇけど」
「何もしねぇよ。俺らはただ、時を待つだけだ」
「セネーバに出入りしはじめた商人から、向こうの情報を買っているが……ふふふ、向こうは向こうで戦争賛成派が色々動き始めているようだな。私達が何もしなくても、いずれお前は英雄として獣人と戦うことになるさ」
「そして、そうなりゃ俺らは、お前と対立する理由がなくなるってわけだ。同じ敵を打倒する為に戦う同志だからな」
「その時が来るのが、待ち遠しいよ。エド」
それだけ言い残すと、魔法じじいが展開した転移魔法で、二人の師匠は去って行った。
「……騎士さま。終わった?」
「…………ああ。終わったよ。ごめんな。耳を聞こえないようにして」
「ううん。いいの。きっと聞かせたくない話だったんでしょ」
そう言って肩の上のアニカは、小さな手で後頭部を抱いた。
「ねえ、騎士さま。灯り、消していいよ。それで、ちょっと遠回りして、夜のお散歩してから帰ろう?」
「……宿でみんなが待ってるのに?」
「だからだよお。ーー真っ暗な中なら、たとえ泣いていても、誰にもわからないでしょう?」
アニカの言葉ではじめて、自分が泣いていることに気がついた。
……老い先短い自分の死に場所に、俺まで巻き添えで連れて行きたがるだなんて、本当に勝手で最悪なじじい共だ。死ぬなら、勝手に死んでくれよ。
俺が望む未来と、あんたらが望む未来は違うんだ。
あんたらの野望は、俺が絶対阻止してやる。
胸の中では煮えたぎるほどの怒りを感じているのに、何故か涙が次々と流れて止まらなかった。
しゃっくりをあげる俺の頭を、アニカの小さな手が優しく撫でる。
クソじじい共が。
俺はあんたらを。
あんたらの、ことを……。
涙が落ち着くまで歩き回って辿り着いた宿では、疲れきった孤児院の子ども達が既に眠りについていた。
チルシアさんに襲撃がなかったことを確認し、心配そうに俺を見つめていたアニカを託して宿を出る。
きっと俺はもう二度と、あの二人のことを「師匠」と呼ぶことはないんだろうな、と思いながら。
「……その自暴自棄な考えに、他の人間を巻き込むなって言ってんですよ」
闇夜から溶け出るように現れた、魔法の師匠セドリックを睨みつける。
魔法じじいは、年を感じさせない嫣然とした笑みを浮かべて、肩を竦めた。
「まあ、納得しようが、しまいが関係ない。戦争が起これば、エドは【国境の守護者】として、辺境伯領を守る為セネーバと戦うに決まってるからな。お前は生まれ持った役目から逃げられる男ではない」
「……だから、戦争を起こさないようにすると」
「はっ、エド坊。お前の考えは、セネーバが攻めてこねぇことが大前提だ。なんであの野蛮な獣人どもをそこまで信頼できるかねぇ」
まっすぐにこちらを見据えるじじい共の顔には、迷いはない。どれほど説得したとしても、俺の言葉が二人に届くことはないのだろう。
「……セドリック師匠。魔法士達に、獣人の身体強化を弱体化させる為には魔力譲渡が有効だと教えているようですが、それがセネーバにおいては求愛の意味であることもちゃんと教えてますか? 魔力相性が良かった場合、その場で性的暴行を受ける可能性があることを」
「何故教える必要がある。負ければどの道、魔力が高い人間は獣人の性奴隷だ。求愛行動をして烈情を煽ることができれば、その分敵には隙ができる。何も問題はない」
魔法じじいはしれっとそう説明したが、俺には敢えて戦場で獣人の性暴行を誘発させて、獣人側を「悪」だと思わせる目的が潜んでいるように思えてならなかった。
獣人を「悪」だと思わせて、騎士や魔法士に人間側が「正義」だと認識させ、降伏の道を塞ぐ。
その結果つながる「滅びの道」すらも、仕方ないことだと、そう思わせて。
「……あんたらは、間違ってるよ」
「正しい、正しくないなんて、どうでもいいんだよ。俺らはただ、望みを叶えるだけだ」
「半世紀前のやり直しができるのなら、私達は何でもする。そして、その望みを叶える為には、英雄としてのお前が必要なんだ。エド」
「それで、どうするつもりです? 俺はあんたらの願いを叶えるつもりなんかさらさらねぇけど」
「何もしねぇよ。俺らはただ、時を待つだけだ」
「セネーバに出入りしはじめた商人から、向こうの情報を買っているが……ふふふ、向こうは向こうで戦争賛成派が色々動き始めているようだな。私達が何もしなくても、いずれお前は英雄として獣人と戦うことになるさ」
「そして、そうなりゃ俺らは、お前と対立する理由がなくなるってわけだ。同じ敵を打倒する為に戦う同志だからな」
「その時が来るのが、待ち遠しいよ。エド」
それだけ言い残すと、魔法じじいが展開した転移魔法で、二人の師匠は去って行った。
「……騎士さま。終わった?」
「…………ああ。終わったよ。ごめんな。耳を聞こえないようにして」
「ううん。いいの。きっと聞かせたくない話だったんでしょ」
そう言って肩の上のアニカは、小さな手で後頭部を抱いた。
「ねえ、騎士さま。灯り、消していいよ。それで、ちょっと遠回りして、夜のお散歩してから帰ろう?」
「……宿でみんなが待ってるのに?」
「だからだよお。ーー真っ暗な中なら、たとえ泣いていても、誰にもわからないでしょう?」
アニカの言葉ではじめて、自分が泣いていることに気がついた。
……老い先短い自分の死に場所に、俺まで巻き添えで連れて行きたがるだなんて、本当に勝手で最悪なじじい共だ。死ぬなら、勝手に死んでくれよ。
俺が望む未来と、あんたらが望む未来は違うんだ。
あんたらの野望は、俺が絶対阻止してやる。
胸の中では煮えたぎるほどの怒りを感じているのに、何故か涙が次々と流れて止まらなかった。
しゃっくりをあげる俺の頭を、アニカの小さな手が優しく撫でる。
クソじじい共が。
俺はあんたらを。
あんたらの、ことを……。
涙が落ち着くまで歩き回って辿り着いた宿では、疲れきった孤児院の子ども達が既に眠りについていた。
チルシアさんに襲撃がなかったことを確認し、心配そうに俺を見つめていたアニカを託して宿を出る。
きっと俺はもう二度と、あの二人のことを「師匠」と呼ぶことはないんだろうな、と思いながら。
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