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魔石交易②

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 クソ親父が、思わず拳を握ったのを見て、一人ほくそ笑む。
 ……お、殴るのか。殴るなら、反撃されても仕方ねぇよな。 
 俺から殴るのはちょっと問題があるが、クソ親父からならウェルカムだ。反撃の言い訳になる。どうせ、クソ親父に殴られたところで、ヴィダルスから指を噛みちぎられた時より痛くねぇし。来い、来い、来い。
 しかし、そこは無駄に危機意識は高いクソ親父。構えた拳をすぐに降ろしやがった。
 ……本当、こいつの小賢しいとこ、嫌い~。領主としては普通に有能なとこも~。
 俺が8歳の時に生まれた弟レオナルドは、まだ10歳。少なくとも後8年は、親父の後を継ぐことはできない。
 俺が来年にはセネーバに嫁ぐことが確定している以上、少なくとも後8年はこのクソ親父に辺境伯領主として頑張ってもらわないといけないのだ。くそ……他に辺境伯領の領主としてふさわしい奴が入れば、とっくにぶっ殺してんのに。
 物心ついた時から延々教育虐待されてきた恨みは深ぇぞ。俺が前世の記憶を持っていて、精神的にはとっくに大人だったとしても、なお。

「……お前がどれだけ正当性を主張したところで、民は受け入れないだろう」

 もっともらしいしたり顔で、クソ親父が言う。
 本当は制御できると思いこんでた駒に真っ向から反逆されて、内心焦りきってる癖に、よくもまあそんな顔ができるもんだ。

「特に、魔石採掘を生業としているものは、けして受け入れまい。他国から魔石を輸入することは、彼らの生計を壊すことと同義だからな」

 危険な魔石採掘を生業としている鉱夫は、スネに傷があるようなゴロツキが多い。
 身分自体は低いので切り捨てるのは簡単だが、一度切り捨てれば捨て鉢になった「無敵の人」達に、どんな報復を受けるかわからない。
 実際ネルドゥース領の魔石採掘のトップは、領地のゴロツキをまとめあげるヤクザの親分のような男だ。領主が直々に命令したところで、命令を聞かないどころか、下手したら交易自体を妨害してくる可能性は高い。
 そう、クソ親父が直々に命令したならば。

「……ならば、俺が説得してきます」

 正義の味方、アディマンの五年間を舐めるなよ。
 魔石採掘のトップとだって、直接交渉できるくらいには恩は売ってあるんだよ。
 それにクソ親父は勘違いしている。
 魔石交易は、魔石採掘を生業にしている鉱夫達を追い詰めるもんじゃない。寧ろこれは、彼らを救う為の政策なんだ。



「よ。アディ。久しぶりだな。いや、それともエドワード様と呼んだ方がいいか?」 

 クソ親父を言いくるめた俺は、その日のうちに魔窟採掘のトップの屋敷へと交渉に向かった。
 筋肉隆々の舎弟どもを侍らせて、傷だらけの厳つい顔を歪めて笑う、50手前くらい短髪の男の名前はゼル。
 俺の二倍はある太い腕は、以前会った時より寧ろ筋肉が増していて、年を重ねても一向に衰える様子はない。最近は現場仕事はあまりしてないって言ってたけど、絶対嘘だろ。

「アディでいいよ。ゼルさんに様付けされたら、ケツが痒くなる。俺は今日、辺境伯家嫡男として命令しに来たわけじゃなく、ゼルさんにとっていい話を持って来たんだ」

 ゼルさんは、剣じじいと同じ人種なので、敬語は使わない。寧ろいつもより、口が悪いくらいの方が喜ぶのは実証済み。
 手土産代わりに持ってきた煙草……アロマ煙草はもう二度と吸わないと決めたので、そこそこ評判が良い別の領特産のものだ……をゼルさんに渡し、自分の分の火をつける。
 ……うーん。やっぱアロマのがスッキリして美味いな。まあ、ゼルさんに対するパフォーマンスみたいなもんだから、多少まずくても我慢するか。

「お、いいもん持って来てくれたじゃねぇか。俺は成人儀の時に吸わされる煙草は嫌いなんだよ。体に悪そうな奴じゃねぇと、吸った気がしねぇからな」

 嬉々として差し出した煙草に火をつけたゼルさんは、美味そうに一服して、口の中の煙をわざと俺の顔に吹きかけた。

「で、いい話ってなんだ? まさか、セネーバから魔石仕入れて、俺ら鉱夫が飯を食えないようにするって話じゃねぇよな」

 既にある程度情報を仕入れていたのか、灰色の目に剣呑な光を宿すゼルさんに、苦笑する。

「違ぇよ。寧ろ、鉱夫達がこれからも飯を食えるようにする為の話だっつーの。ゼルさんも気づいてんだろ。枯渇しないように少しずつ少しずつ採掘してはきたが、それでも保ってあと五年ってとこだ。五年もすりゃ、辺境伯領の鉱山からは魔石が出なくなる」
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