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右手薬指の宣誓①

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「……俺に一言もなしで帰国とは、どこまでもつれねぇなァ。エドワード」

 次の瞬間には、着崩された制服の胸元から溢れ出るモフ毛に顔面ダイブさせられていたが、モフ毛の持ち主が誰かなんて確かめるまでもなかった。

「押して駄目なら引いてみろなんて駆け引きも、お前には通じねぇ。本当、お前は誰よりも難攻不落な奴だよ。……だからこそ、よけい滾る」

「……勝手に滾っていてください。私には関係ないんで」

 モフ毛に溺れる前に顔を離して、痛いくらいに抱き締めてきたヴィダルスを、上目遣いに睨みつけた。
 ヴィダルスはそれに怯むこともなく、俺の頬に手をあて、熱を孕んだ黒い瞳でうっとりと俺の目を覗きこんでくる。

「あァ……この目だ。この青い目が、俺を狂わせる」

「瞳がご所望なら、えぐり取って差し上げましょうか。それで貴方に付き纏われなくなるなら、安いものです」

「くれるなら、ありがたくもらうが、今度は別のもんが欲しくなるだけだ。この髪も、鼻も、口も、体も、俺は全てが欲しい。それともお前は、俺が欲しいもん全部切り取ってくれんのか?」

「猟奇的なことを言わないでください」

「目を抉るって言ってる時点で、お前も十分猟奇的だろうが」

 くつくつと喉をならして笑いながら、感触で形を確かめるように、黒い毛に被われた大きな五本指の手が俺の顔をなぞる。
 攻撃すべきか、転移魔法で逃げるべきか。
 今後の算段をつけながら、暫く黙ってその不愉快な感触を甘受した。

「……本当に、お前は美しいなァ、エドワード。今のお前は、初めて出会った時よりも、もっとずっと美しい。昨日よりも今日、今日よりも明日。お前はどんどん美しくなっていく」

「貴方の目と脳が、日に日にイカれてきてるだけでは?」

「ははっ、そうかもなァ。自分でも大概ヤバいとは思ってんだぜ? 運命の番って奴がここまで中毒性があるもんだなんて、思っちゃいなかったのによお」

「私は貴方の番ではありません」

「お前は俺の番だよ。唯一の、運命だ。お前は人間だから、それがわからねぇだけだ」

 狼獣人は番を失えば狂うとアストルディアは言っていたが、まだ番ですらないヴィダルスが既に狂って見えるのはどういう訳なのだろうか。
 その気になれば、まだ引き返せる場所にいるのに。
 ヴィダルスは自ら望んで、狂気に飲まれようとしてる気がしてならない。

「……なあ。エドワード。一年半だ。どれだけ急いでも、後一年半はランドルークの後継の地位を得ることはできねぇ」

 顔を撫でていた手が、今度は俺の右手を握りしめた。

「自分の生まれを呪ったことはなかったが、今回ばかりはなんで数ヶ月早く産んでくれなかったんだって親を恨んだぜ。そしたら、もう一年早くお前を迎えに行けんのによお」

 普段の粗暴さからは信じられない優しい手つきで俺の手をすくいあげたヴィダルスは、指先にそっと触れるだけの口づけを落とした。

「……待っていると、言ってくれ。誰の物にもならず、一年半待っていてくれると、そう言ってくれ。お前が俺の番に、いや妻になってくれるなら、大切にする。お前だけを愛し、命を賭けて守り抜くと誓う。だから……お願いだ。エドワード」

 傲慢で、粗暴なセクハラ野郎な癖に。基本的には最低なクソ野郎なことは間違いないのに。
 そんな顔で、そんな声で、懇願するのはやめてくれ。

「一年半だろうが、半年だろうが変わりはありません。私はけして、貴方の番にはならない。何度もそう言ったでしょう」

 俺はアストルディアの番で。
 何があろうと、お前の気持ちを受け入れる日は来ないのだから。

 湧き上がる罪悪感に蓋をし、できるだけ冷淡に拒絶の言葉を吐くと、ヴィダルスは自嘲するような笑みを浮かべた。

「……ほんと……つれねぇ、なァ……」

「っ、ーーーー!」

 次の瞬間、激痛で眼の前が真っ赤に染まった。

「……あァ。完璧折れたっつーか、ちぎれたか? まあ、お前なら治せんだろ」
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