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あったかもしれない憐愛

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「……かわいそうにな」

 背中の視線を感じなくなった途端、思わずそんな言葉が口から漏れた。
 俺はヴィダルスをクソ野郎だと思っているし、大嫌いだが……それと同じくらい、同情もしている。
 前世の妹が書いた小説には名前すら出て来なかったあいつが、誰よりも世界の強制力に縛られているから。 
 強制力に縛られ破滅の道に向かわされているのは、俺も同じだけど、少なくとも俺は前世の知識やらチート能力を駆使して抗うことはできる。
 けれど、全ては自分の意志だと信じて疑うこともできないヴィダルスは、運命という名の世界の強制力に流されることしかできないのだ。

 俺がどんな態度を取ろうと、きっとあいつは俺を好きになる。薬物中毒者のように溺れ、破滅の道を歩き続ける。世界に操られた思考を、自分の意志だと信じて。 

 ……ひどく、哀れだと思う。ヴィダルスの人生を、世界はおもちゃにし過ぎだろう。
 あまりの理不尽さに憤る気持ちはあるけれど、それでも俺はヴィダルスの為に特別なことをするつもりはない。
 俺があいつの番になって、上手く誘導する道も全く考えないわけではなかった。もしアストルディアが番になることを提案しなかったら、もしかしたらそう言う未来もあったのかもしれない。
 でも、俺はもうアストルディアの番で。ヴィダルスよりも、ずっとアストルディアの方が好きだし、大切だ。
 一番はネルドゥース領の民。二番目がアストルディア。その優先順位が崩せない以上、俺はヴィダルスに関わるべきじゃない。いざと言う時、真っ先に切り捨てるべき対象なのだから、情が移るようなことはすべきじゃないのだ。

 わかっているけど、どうしても罪悪感で胸が軋む。……だからよけいに俺は、あいつのことが嫌いなんだ。

「……本当にあいつの運命の番が現れて、あいつを救ってくれればいいのにな」

 他力本願な願いは、恐らく叶うことはないだろう。
 それでも俺は、この先何があっても、あいつの気持ちに応えるつもりはない。

 俺は、死ぬまで、ヴィダルスを愛すことはない。
 もしあいつを愛す時が来たとしたら……きっとそれは、俺がイカれた時だ。

 首を大きく横に振って、気持ちを切り替える。
 大嫌いなクソ野郎の為に、割いてやれる思考メモリはない。
 敢えてヴィダルスのことは脳の隅に追いやって、これからのことを考えながら、教室の扉を開けた。
 


 ーーかわいそうにな。
 お前は本当に、馬鹿でかわいそうな奴だよ。ヴィー。

 その気になれば、俺の闇魔法の精神支配から抜け出すことだってできただろうに……自ら望んで、囚われて。
 「俺の為に死んでくれ」という命令すら、「最後に一発ヤらせてくれんなら」なんてあっさり受け入れて、ヤるだけヤったら笑って首を掻っ切りやがった。
 本当、馬鹿だよ……闇魔法を維持する為に、十年以上もの間数え切れないくらいヤらせてやった俺の体なんぞ、大した価値はねぇだろうに。何つー幸せそうな顔で死んでんだよ。

 ……いっそ、恨んでくれたら、よっぽど気持ちが楽だったのにさ。

 なあ、ヴィー……お前はさ、俺の闇魔法関係なしにクソ野郎だから、きっと今頃地獄へ向かってんだろ。
 少しだけ待っててくれよ。アストルディアを殺したら……すぐに俺もそこに行くから。だから、淋しくないぞ。

 二人で、同じ地獄の業火で焼かれよう。……俺達は、「番」なんだから。
 魂が消滅するまで、一緒だ。そうだろう? ヴィー。

 それじゃあ、アストルディアの手下が家探しに来る前に、俺は行くよ。
 ……またな。今度会う時は、地獄だ。



「……考えごとか。エディ」

 夕飯のコロッケに箸を伸ばしたまま固まっていた俺は、アストルディアの言葉にハッと我に返った。

「いや、ちょっと昼あったことを考えてて」

「…………ヴィダルスのことか」

「いや、アンポンタンのこと」

 アンポンタンと一緒に昼食を取ったことも、その後ヴィダルスから言われたことも、既にアストルディアには報告済みだ。
 ソースが染みた熱々のコロッケを火傷しないように気をつけて囓りながら、ため息を吐く。

「セネーバに来て獣人のこと知った気になってたけど、やっぱり生の声聞かないとわからないこともあるなーって。これからはもっと、積極的に色んな奴に絡んでいくようにしなきゃなあ」

「………………」

「アスティ?」




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