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トルデ様③
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「……騎士さま、兎獣人じゃなくて人間なの?」
「そ、そうだけど、違うんだ! アニカ! 君を傷つけるつもりは……」
浮気現場を目撃された不倫男のような言い訳は、アニカよりさらに年少の子どもの悲鳴のような泣き声でかき消された。
「ーーいやああああ! にんげんっっっ!!!」
「にんげん、こわいよお! どれいにされちゃう!」
「こ、こら、貴方達! 失礼でしょう。この方はアニカの恩人で、トルデ様の番なんですよ!」
慌てたニア先生の注意も耳に入らない様子で、パニックを起こしたように泣き続ける子ども達の姿に、唖然とする。
……この子達は、人間が怖いのか? つい先日まで、人間と獣人が関わること自体が皆無だったのに?
ニア先生は、俺が人間と知っても怯えた様子は見せなかった。学校の奴らは、寧ろ自分達に都合が良い雌が来たと、喜んでいた。
獣人の人間に対する認識がわからなくて、混乱する。
「……大丈夫だよ。騎士さまは、こわくないよ」
ぴょんと跳ねて、泣きわめく子ども達に近づいていったアニカが、小さな手でさらに小さな手を包みこんだ。
「獣人だって、こわい人もいれば、優しい人もいるでしょう? いきなり暴力をふるってくるこわい犬獣人のお兄ちゃんもいれば、トルデさまみたいな優しい犬の騎士さまもいる。それとおんなじだよ。人間だからって、騎士さまのこと、こわがらないで」
「……でも」
「大丈夫。騎士さまはね、ぜったいハニュ達のこと、どれいになんかしないから」
アニカの言葉に、ようやく泣きやんだ子ども達は、小さい声で「こわがって、ごめんなさい」と謝ってくれた。
「……気にしないで。そもそも俺が、最初から人間だって言わなかったのが悪かったんだ。その……タイミングを失っちゃって」
アストルディアからの腕から抜け出すと、子ども達をこれ以上怯えさせないようできる限り柔らかい笑みを浮かべて、その場にしゃがみ込む。
それでもまだ怯えた様子の子ども達をかばうように、アニカが前に進み出た。
「この子達が、ごめんね。騎士さま」
「謝らないといけないのは、俺の方だよ……兎獣人のふりをして、ごめん」
「ううん。いいの。事情があったんでしょう? こんなことで私、騎士さまのこときらいになったりしないよ。……でも」
何かに耐えるみたいに一度ぎゅうっと目をつぶってから、アニカは泣きそうな顔で笑った。
「やっぱり、兎は騎士になんてなれないんだなあって……そう思ったら、少しかなしくなっただけ」
「……アニカ……」
アニカの夢を壊したくなくて、兎獣人の騎士のように振る舞っていたのに、結局よけいに傷つけてしまった。
こんなことなら、最初からちゃんと人間だと打ち明けていれば……。
「ーーそんなことはない。エディは違うが、海を渡った別の大陸には兎獣人の騎士もちゃんと存在している」
何も言えずにいる俺を擁護するように、俺の前に進み出たのはアストルディアだった。
「うそ……」
「嘘じゃない。俺は仕事の関係で、何度か海を渡っている。北の大陸にも獣人はいて、肉食獣人と草食獣人が分かれて、それぞれ別の国を興している。草食獣人の国では、騎士どころか兎獣人の王族まで存在していた」
それは、俺も初めて知る話だった。
というか、俺はこの大陸の外の世界について、ほとんど知らない。
ネルドゥース辺境伯領の為に生きて死ぬことを定められた俺にとって、大陸の外の世界の情報は知るべきことではなかったから。恐らくはクソ親父が敢えて情報を遮断させてたし、俺も敢えて自分から調べようとはしなかった。
大陸の外の世界を知って、逃げずに【辺境の守護者】でい続けられる自信がなかった。
「彼らは生まれつきの魔力や種族特有の身体能力だけに依存せず、魔道具を使い、知恵を出し合って、立派に国を統治していた。だから、いつかセネーバに兎の騎士が生まれても、俺は何ら不思議はないと思っている」
「……本当に?」
「ああ、本当だ。だから、どうか君も自分の可能性を諦めないで欲しい」
「そ、そうだけど、違うんだ! アニカ! 君を傷つけるつもりは……」
浮気現場を目撃された不倫男のような言い訳は、アニカよりさらに年少の子どもの悲鳴のような泣き声でかき消された。
「ーーいやああああ! にんげんっっっ!!!」
「にんげん、こわいよお! どれいにされちゃう!」
「こ、こら、貴方達! 失礼でしょう。この方はアニカの恩人で、トルデ様の番なんですよ!」
慌てたニア先生の注意も耳に入らない様子で、パニックを起こしたように泣き続ける子ども達の姿に、唖然とする。
……この子達は、人間が怖いのか? つい先日まで、人間と獣人が関わること自体が皆無だったのに?
ニア先生は、俺が人間と知っても怯えた様子は見せなかった。学校の奴らは、寧ろ自分達に都合が良い雌が来たと、喜んでいた。
獣人の人間に対する認識がわからなくて、混乱する。
「……大丈夫だよ。騎士さまは、こわくないよ」
ぴょんと跳ねて、泣きわめく子ども達に近づいていったアニカが、小さな手でさらに小さな手を包みこんだ。
「獣人だって、こわい人もいれば、優しい人もいるでしょう? いきなり暴力をふるってくるこわい犬獣人のお兄ちゃんもいれば、トルデさまみたいな優しい犬の騎士さまもいる。それとおんなじだよ。人間だからって、騎士さまのこと、こわがらないで」
「……でも」
「大丈夫。騎士さまはね、ぜったいハニュ達のこと、どれいになんかしないから」
アニカの言葉に、ようやく泣きやんだ子ども達は、小さい声で「こわがって、ごめんなさい」と謝ってくれた。
「……気にしないで。そもそも俺が、最初から人間だって言わなかったのが悪かったんだ。その……タイミングを失っちゃって」
アストルディアからの腕から抜け出すと、子ども達をこれ以上怯えさせないようできる限り柔らかい笑みを浮かべて、その場にしゃがみ込む。
それでもまだ怯えた様子の子ども達をかばうように、アニカが前に進み出た。
「この子達が、ごめんね。騎士さま」
「謝らないといけないのは、俺の方だよ……兎獣人のふりをして、ごめん」
「ううん。いいの。事情があったんでしょう? こんなことで私、騎士さまのこときらいになったりしないよ。……でも」
何かに耐えるみたいに一度ぎゅうっと目をつぶってから、アニカは泣きそうな顔で笑った。
「やっぱり、兎は騎士になんてなれないんだなあって……そう思ったら、少しかなしくなっただけ」
「……アニカ……」
アニカの夢を壊したくなくて、兎獣人の騎士のように振る舞っていたのに、結局よけいに傷つけてしまった。
こんなことなら、最初からちゃんと人間だと打ち明けていれば……。
「ーーそんなことはない。エディは違うが、海を渡った別の大陸には兎獣人の騎士もちゃんと存在している」
何も言えずにいる俺を擁護するように、俺の前に進み出たのはアストルディアだった。
「うそ……」
「嘘じゃない。俺は仕事の関係で、何度か海を渡っている。北の大陸にも獣人はいて、肉食獣人と草食獣人が分かれて、それぞれ別の国を興している。草食獣人の国では、騎士どころか兎獣人の王族まで存在していた」
それは、俺も初めて知る話だった。
というか、俺はこの大陸の外の世界について、ほとんど知らない。
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大陸の外の世界を知って、逃げずに【辺境の守護者】でい続けられる自信がなかった。
「彼らは生まれつきの魔力や種族特有の身体能力だけに依存せず、魔道具を使い、知恵を出し合って、立派に国を統治していた。だから、いつかセネーバに兎の騎士が生まれても、俺は何ら不思議はないと思っている」
「……本当に?」
「ああ、本当だ。だから、どうか君も自分の可能性を諦めないで欲しい」
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