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消せない噛み跡
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詐欺師……じゃなくても、成績が良いセールスマンは、顧客に考え直す隙を与えず、その日のうちに契約させるって言うよね。何か、取り返しのつかないことをしてるんじゃないかって、非常に不安になってきたんだが。
「ちょ、その前にアスティ。一つだけ確認させて。狼獣人は誰かのうなじを噛んで番にしたら、一生その相手以外番にできなくなるんだろう。番になった人間側は、何か変化があるのか」
今にも噛みつかんばかりに犬歯を見せていたアストルディアの口を右手で遮り、左手でうなじの辺りを隠しながら尋ねる。
……いや、ね。アストルディアのこと信用してないわけじゃないんだけど、一応ね。
アストルディアは、少しの沈黙の後、ペロリと俺の右掌を舐めた。
「ひぇっ」
「……手が邪魔で、話せなかったから」
いや、だったら舐めるより前に、手を使おうよ。その二つのお手々は何のためについてるんだい?
でもアストルディアは獣人だから、先に口を使っちゃってもおかしくないのかな。普段からあちこち舐められてるし、ただ舐めたかっただけの可能性も否めないけども。
「うなじを噛んだだけでは、された側に直接的な変化はないぞ。他の獣人への牽制の為に、俺の番だと言うことを知らしめる匂いはつくが、お前が引き続き消臭魔法を使うのなら、何も問題はない」
「……そんなもんなの?」
「あとはせいぜい、体が俺の魔力で作り変えられる準備をしだすくらいだな」
……いや、待て。おまけみたいにサラッと言っているけど、最後の情報わりと重要じゃないか。
「準備って……」
「お前が自覚できるような変化はない。ただ獣人は、番としか子を成せない種族だ。だから、生殖の為の前段階として、必ずうなじを噛む必要があると言うだけだ」
……なら、受け入れていいのかな。卒業まで待てない理由が、とても不穏な気もするけど。
取り敢えず、今はうなじを噛まれるだけなわけだし。
パシリと両手で頬を叩き、覚悟を決める。決心が鈍らないうちに、行動に移しておきたいのは、アストルディアだけではなく俺も同じだ。
アストルディアに背中を向け、少しだけうなじにかかった襟足をかき上げる。
「わかった。アスティ。噛んでくれ」
……あ、でもこれだけは言っておこう。
「あ、でも……優しく、して? ……痛え"ぇぇぇ!!!」
肉を食いちぎられるような痛みと共に、一瞬目の前が赤く染まった。
ちょ、ちょ、ちょ、魔物に噛みつかれた時よりも痛ぇんだが!
「……優しくしてって、言ったのにぃ……」
「……すまない。つい興奮してしまった」
唇についた俺の血を舐め取りながら、アストルディアが目を細めた。
「……だけどその分、しっかり跡がついたな。エディ。これでお前は、俺の番だ」
……痛いは痛いけど、思いのほかあっさりしたもんだな。ヴィダルスに両手首折られた時の方が、痛かったし。
これで俺はアストルディアの番か……うーん。全く実感がわかない。
「エディ」
「わっ!」
一瞬にしてお犬様モードになったアストルディアから、そのまま押し倒される。
久しぶりに会った飼い主に飛びつく大型わんこのように、顔中をべろべろされた。見えないけど、恐らく尻尾はブンブン揺れているんだろう。
「……これで、俺のだ……俺の、番だ……。エディ、エディ、エディ」
「……わかった、わかったから、アスティ。それより、まずさっき言ってた聖魔法試させて」
「……明日でいいんじゃないか」
「止血も兼ねてだよ! シーツに血ついてんじゃねぇか」
しぶしぶ俺の上からどけたお犬様アストルディアを横目で見つつ、乱れた服を整える。
アストルディアがここまで感極まるなんて、獣人にとって番ができる瞬間と言うのはよほど特別であるらしい。……その相手が愛する誰かでなくて、俺というのが少し申し訳ない気もするな。
洗浄魔法をかけて消毒した後、皮膚を一枚上に作る上級聖魔法を唱える。ペタリと新たな皮膚が貼りついた瞬間、じんじんとした痛みが少しマシになった。
「境い目は残るけど、髪と服で隠れる位置になっているはず。どうだ。アストルディア。ちゃんと噛み跡、隠せてるか」
「……ああ、全然わからない」
「何でお前、そんな悲しそうなの」
「ちょ、その前にアスティ。一つだけ確認させて。狼獣人は誰かのうなじを噛んで番にしたら、一生その相手以外番にできなくなるんだろう。番になった人間側は、何か変化があるのか」
今にも噛みつかんばかりに犬歯を見せていたアストルディアの口を右手で遮り、左手でうなじの辺りを隠しながら尋ねる。
……いや、ね。アストルディアのこと信用してないわけじゃないんだけど、一応ね。
アストルディアは、少しの沈黙の後、ペロリと俺の右掌を舐めた。
「ひぇっ」
「……手が邪魔で、話せなかったから」
いや、だったら舐めるより前に、手を使おうよ。その二つのお手々は何のためについてるんだい?
でもアストルディアは獣人だから、先に口を使っちゃってもおかしくないのかな。普段からあちこち舐められてるし、ただ舐めたかっただけの可能性も否めないけども。
「うなじを噛んだだけでは、された側に直接的な変化はないぞ。他の獣人への牽制の為に、俺の番だと言うことを知らしめる匂いはつくが、お前が引き続き消臭魔法を使うのなら、何も問題はない」
「……そんなもんなの?」
「あとはせいぜい、体が俺の魔力で作り変えられる準備をしだすくらいだな」
……いや、待て。おまけみたいにサラッと言っているけど、最後の情報わりと重要じゃないか。
「準備って……」
「お前が自覚できるような変化はない。ただ獣人は、番としか子を成せない種族だ。だから、生殖の為の前段階として、必ずうなじを噛む必要があると言うだけだ」
……なら、受け入れていいのかな。卒業まで待てない理由が、とても不穏な気もするけど。
取り敢えず、今はうなじを噛まれるだけなわけだし。
パシリと両手で頬を叩き、覚悟を決める。決心が鈍らないうちに、行動に移しておきたいのは、アストルディアだけではなく俺も同じだ。
アストルディアに背中を向け、少しだけうなじにかかった襟足をかき上げる。
「わかった。アスティ。噛んでくれ」
……あ、でもこれだけは言っておこう。
「あ、でも……優しく、して? ……痛え"ぇぇぇ!!!」
肉を食いちぎられるような痛みと共に、一瞬目の前が赤く染まった。
ちょ、ちょ、ちょ、魔物に噛みつかれた時よりも痛ぇんだが!
「……優しくしてって、言ったのにぃ……」
「……すまない。つい興奮してしまった」
唇についた俺の血を舐め取りながら、アストルディアが目を細めた。
「……だけどその分、しっかり跡がついたな。エディ。これでお前は、俺の番だ」
……痛いは痛いけど、思いのほかあっさりしたもんだな。ヴィダルスに両手首折られた時の方が、痛かったし。
これで俺はアストルディアの番か……うーん。全く実感がわかない。
「エディ」
「わっ!」
一瞬にしてお犬様モードになったアストルディアから、そのまま押し倒される。
久しぶりに会った飼い主に飛びつく大型わんこのように、顔中をべろべろされた。見えないけど、恐らく尻尾はブンブン揺れているんだろう。
「……これで、俺のだ……俺の、番だ……。エディ、エディ、エディ」
「……わかった、わかったから、アスティ。それより、まずさっき言ってた聖魔法試させて」
「……明日でいいんじゃないか」
「止血も兼ねてだよ! シーツに血ついてんじゃねぇか」
しぶしぶ俺の上からどけたお犬様アストルディアを横目で見つつ、乱れた服を整える。
アストルディアがここまで感極まるなんて、獣人にとって番ができる瞬間と言うのはよほど特別であるらしい。……その相手が愛する誰かでなくて、俺というのが少し申し訳ない気もするな。
洗浄魔法をかけて消毒した後、皮膚を一枚上に作る上級聖魔法を唱える。ペタリと新たな皮膚が貼りついた瞬間、じんじんとした痛みが少しマシになった。
「境い目は残るけど、髪と服で隠れる位置になっているはず。どうだ。アストルディア。ちゃんと噛み跡、隠せてるか」
「……ああ、全然わからない」
「何でお前、そんな悲しそうなの」
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