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後遺症③
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……正直、このままここに居続けるのはやばい気がしたので助かる。優勝者なしで、親善試合閉幕してよいのかと思わんでもないけど。まあ、クリスなら上手くやってくれるだろう。
痛みが引いた手首の調子を確認しながら、その場から立ち去ろうとした時、ようやく静まりかえっていた会場がざわめきだした。
「……まじかよ。あいつ、ヴィダルス様まで倒しちまった」
「王族ですら敵わない人間がいるなんて……」
「あんな奴がゴロゴロしてるなら、戦争を仕掛けても敵わないんじゃないか?」
ーーそうだ。俺を讃えろ。恐れろ。
そのために俺は、闇魔法を使ってでも、ヴィダルスを倒したのだから。
全ては俺が、戦争の「抑止力」になる為に。
口元に浮かびかけた笑みは、次の瞬間こわばった。
「ーーでもさ、あの人間のすげぇ魔法、アストルディア殿下はあっさり消失させたよな」
「やっぱり、アストルディア殿下が最強なんだよ。アストルディア殿下さえいれば、戦争にだって勝てる」
「そう思ったら……この結果、逆に興奮しねぇ? あんな強くて魔力が多い奴が、人間側にいるんだぜ。交配すれば、今よりもっと強い獣人が生まれるはずだ」
「もう、俺達は種族の弱体化に、怯えなくていい」
「大丈夫だ」
「何も問題がない」
「俺達にはアストルディア殿下がついている」
「アストルディア殿下さえいれば、人間になんか負けない」
「アストルディア殿下さえ、いれば」
ーー胸の中に、どろりと黒い闇が広がった。
部屋に戻るなり、走り書きの手紙を書いてベランダに設置した。
その後すぐ亜空間収納していた食事を取り出して適当に口内に詰め込み、全身に洗浄魔法をかけ、ベッドに潜り込む。
頭まで布団をかぶって、ただただ眠気が訪れるのを、朝が来て闇魔法の後遺症がなくなるのを待った。
誰にも会いたくなかった。……特にアストルディアには。
手紙には今日は帰って欲しい旨をしたためているし、いくらベランダをノックされても無視していたら、そのうち諦めて帰ってくれるはず。
そう、思っていたのに。
「……なんで、勝手に入ってくるんだよ。お前は」
「すまない……窓の鍵を壊した」
「俺が張ってた結界もな! 何だよ、そこまでして、自分の力を見せつけたいのかよ!」
……違う、違う。こんなことを言いたいわけじゃない。
アストルディアを、傷つけたいわけじゃないんだ。
「……闇魔法で暴走した俺を止めてくれて、ありがとうな。アスティ。感謝してるし……明日また、ちゃんと改めて感謝を伝えるから。今日はもう、帰ってくれ。闇魔法を使ったせいで、今ちょっとおかしくなってんだ」
アストルディアと顔を合わせたくなくて。アストルディアに今の顔を見られたくなくて。
布団から一度も顔を出すことなく、必死に懇願する。
……わかってくれよ、アスティ。俺はただ、一人にして欲しいだけなんだ。
「嫌だ」
「アスティ……!」
「泣いているお前を、一人でいさせたくない」
泣いているのが知られたくなくて、布団から顔を出さなかったのに、バレていた。
そのことに、カッとした。
「っお前がいると、惨めになるっつってんだよ!」
乱暴に布団を投げて、衝動のままに叫んだ。
「不遠慮に人の中に入って来ようとすんなよっ、お前は自分のことを何も言わない癖にっ! 人を弱者扱いすんな!」
……ああ、みっともない。みっともない。
こんなの、八つ当たりだ。八つ当たりでキレ散らすなんて、それこそ弱者そのものだ。
わかっているのに止められない。
「……エディ。俺はお前を弱者だと思ったことなぞ、一度もない」
表情一つ変えず、アストルディアは静かに俺を見据えた。
「何故、俺と共にいることを拒む、エディ。初めて出会った時から、13歳のあの日まで。お前が泣いている時は、いつだって俺は寄り添って話を聞いてきただろう。何が悲しくて、何が苦しい。お前の気持ちを聞かせてくれ」
「っお前が獣人だって知ってたら、俺は初めから弱音を吐いて縋ったりなんかしなかった!」
痛みが引いた手首の調子を確認しながら、その場から立ち去ろうとした時、ようやく静まりかえっていた会場がざわめきだした。
「……まじかよ。あいつ、ヴィダルス様まで倒しちまった」
「王族ですら敵わない人間がいるなんて……」
「あんな奴がゴロゴロしてるなら、戦争を仕掛けても敵わないんじゃないか?」
ーーそうだ。俺を讃えろ。恐れろ。
そのために俺は、闇魔法を使ってでも、ヴィダルスを倒したのだから。
全ては俺が、戦争の「抑止力」になる為に。
口元に浮かびかけた笑みは、次の瞬間こわばった。
「ーーでもさ、あの人間のすげぇ魔法、アストルディア殿下はあっさり消失させたよな」
「やっぱり、アストルディア殿下が最強なんだよ。アストルディア殿下さえいれば、戦争にだって勝てる」
「そう思ったら……この結果、逆に興奮しねぇ? あんな強くて魔力が多い奴が、人間側にいるんだぜ。交配すれば、今よりもっと強い獣人が生まれるはずだ」
「もう、俺達は種族の弱体化に、怯えなくていい」
「大丈夫だ」
「何も問題がない」
「俺達にはアストルディア殿下がついている」
「アストルディア殿下さえいれば、人間になんか負けない」
「アストルディア殿下さえ、いれば」
ーー胸の中に、どろりと黒い闇が広がった。
部屋に戻るなり、走り書きの手紙を書いてベランダに設置した。
その後すぐ亜空間収納していた食事を取り出して適当に口内に詰め込み、全身に洗浄魔法をかけ、ベッドに潜り込む。
頭まで布団をかぶって、ただただ眠気が訪れるのを、朝が来て闇魔法の後遺症がなくなるのを待った。
誰にも会いたくなかった。……特にアストルディアには。
手紙には今日は帰って欲しい旨をしたためているし、いくらベランダをノックされても無視していたら、そのうち諦めて帰ってくれるはず。
そう、思っていたのに。
「……なんで、勝手に入ってくるんだよ。お前は」
「すまない……窓の鍵を壊した」
「俺が張ってた結界もな! 何だよ、そこまでして、自分の力を見せつけたいのかよ!」
……違う、違う。こんなことを言いたいわけじゃない。
アストルディアを、傷つけたいわけじゃないんだ。
「……闇魔法で暴走した俺を止めてくれて、ありがとうな。アスティ。感謝してるし……明日また、ちゃんと改めて感謝を伝えるから。今日はもう、帰ってくれ。闇魔法を使ったせいで、今ちょっとおかしくなってんだ」
アストルディアと顔を合わせたくなくて。アストルディアに今の顔を見られたくなくて。
布団から一度も顔を出すことなく、必死に懇願する。
……わかってくれよ、アスティ。俺はただ、一人にして欲しいだけなんだ。
「嫌だ」
「アスティ……!」
「泣いているお前を、一人でいさせたくない」
泣いているのが知られたくなくて、布団から顔を出さなかったのに、バレていた。
そのことに、カッとした。
「っお前がいると、惨めになるっつってんだよ!」
乱暴に布団を投げて、衝動のままに叫んだ。
「不遠慮に人の中に入って来ようとすんなよっ、お前は自分のことを何も言わない癖にっ! 人を弱者扱いすんな!」
……ああ、みっともない。みっともない。
こんなの、八つ当たりだ。八つ当たりでキレ散らすなんて、それこそ弱者そのものだ。
わかっているのに止められない。
「……エディ。俺はお前を弱者だと思ったことなぞ、一度もない」
表情一つ変えず、アストルディアは静かに俺を見据えた。
「何故、俺と共にいることを拒む、エディ。初めて出会った時から、13歳のあの日まで。お前が泣いている時は、いつだって俺は寄り添って話を聞いてきただろう。何が悲しくて、何が苦しい。お前の気持ちを聞かせてくれ」
「っお前が獣人だって知ってたら、俺は初めから弱音を吐いて縋ったりなんかしなかった!」
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