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狼獣人の呪い
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もっともその理屈であれば、獅子獣人の父を持つアストルディアも同じなわけだが。
「……あれが勝手に、そう思い込んでるだけだ。狼獣人の番への執着は、特性というよりももはや呪いだ。他の種の血が混ざったくらいで、無くなるものじゃない。失えば狂うほどに、唯一人だけを求め続けなければならない呪縛。この特性を軽んじた結果の悲劇は、いくらでも言い伝えられているのに、愚かにもヴィダルスは自分ならば特性に縛られずに済むと思い込んでいる」
アストルディアの生暖かいため息が、首の裏にかかる。そこままペロリとうなじを舐めあげられ、何かちいさな硬いものを当てられた。
「……あの。アスティ。何でこんな話してる最中に、人のうなじを舐めやがるのかな? 歯、当たってんだけど」
「安心しろ。甘咬みくらいじゃ、番にはならない。一生消えないくらいの噛み傷じゃなければな」
「それ、噛まれたのが獣人じゃなければ死んじゃわない?」
絶対首の骨ごとやられる奴。やられなくとも多分出血多量で死ぬ。
「……取り敢えず親善試合の時は首の回りにガッチガチに結界を張っておくわ」
「そうしてくれ」
未だ口元を押しつけ続けるアストルディアの顔を引き離し、これ以上うなじで遊ばれないよう向かい合わせの状態になる。
……うう、近くで見たら、ますます腹が立つくらいに整った顔だ。身体系の魔法?でそういう風に操作してると考えれば、当たり前といえば当たり前かもだが。
「……エディ。俺はお前が、ヴィダルスにだって負けないと信じたい。だが、もしも。もしもお前があれに負けることがあれば……」
鉄仮面のような無表情なのに、向けられる金色の瞳だけがギラギラと剣呑な色を宿して光る。
俺はその目を覗き込むように、目の前に迫るアストルディアの顔を両手で挟んだ。
「負けることがあれば?」
「……いや、やめておこう。全ては試合の結果次第だ」
そう言って抱き枕を抱えるように俺を抱き込んできたアストルディアに、俺は何も言い返すことなく目を伏せた。
親善試合は、体術の訓練を行っている塔で開催されることとなった。
腕に覚えがある生徒だけではなく、王宮勤めの兵士たちまで参加することになっているあたり、セネーバ側はこちらの戦力を伺う意図をもはや隠す気もなさそうだ。
「……これは、私が初戦で無様に負けたなら、翌日にはリシス王国に攻め込まれるかもしれませんね」
観客も他の生徒も、クリスとジェフ以外は全て獣人に囲まれた試合。アウェイ感でどうしようもなく落ち着かないが、まあ慣れるしかない。
「まあ、初戦はまだ生徒だから。でも、これ勝敗次第では、2戦目から準決勝までずっと兵士と対戦することになりそうだね。セネーバも、容赦ないな~」
渡されたトーナメント表を眺めながら、クリスがニヤニヤと笑う。
「それでも、決勝戦に行かない限りヴィダルス・ランドルークとは当たらない組合せになってる。……この意味がわかるかい。エディ」
「……歴戦の兵ですら、まだ16のヴィダルスに敵わないってことでしょう」
アストルディアに言われた、獣人の中ではヴィダルスがアストルディアに次いで強いという事実が、なおさら信憑性を増してきた。
歴戦の兵と言っても、この50年間大陸で戦争は行われていない。単独でネーバ山に登頂したヴィダルスよりも、実戦経験が薄い可能性もあるので、それほど驚くことではない……はずだ。そもそもざっと魔力感知しただけでも、出場選手の中ではヴィダルスがダントツで魔力が多いし。アストルディア未満、クリス以上ってとこか。
「エドワード」
試合に向けて準備を進めていると、来なくていいのに、わざわざヴィダルスが俺のもとまでやって来た。
「今日も麗しいなァ。エドワード。今日と言う日を、俺がどれだけ待ち望んでたか! この試合に優勝して、お前が抱かれるのに相応しい雄だと証明してやっから、ケツ穴ほぐして待ってろよ。試合が終わるなり、俺の部屋に持ち帰ってブチ込んでやっから」
「……下品な物言いやめてください。そもそも私は、優勝したら抱かれるとは、一言も言ってませんけどね」
「ああ。お前は自分より強い男に抱かれたいんだもんなァ。決勝まで、絶対俺以外に負けんなよお? まあ、そうなったらそうなったで、お前に勝った奴をブチ殺すだけだけどなァ」
「……あれが勝手に、そう思い込んでるだけだ。狼獣人の番への執着は、特性というよりももはや呪いだ。他の種の血が混ざったくらいで、無くなるものじゃない。失えば狂うほどに、唯一人だけを求め続けなければならない呪縛。この特性を軽んじた結果の悲劇は、いくらでも言い伝えられているのに、愚かにもヴィダルスは自分ならば特性に縛られずに済むと思い込んでいる」
アストルディアの生暖かいため息が、首の裏にかかる。そこままペロリとうなじを舐めあげられ、何かちいさな硬いものを当てられた。
「……あの。アスティ。何でこんな話してる最中に、人のうなじを舐めやがるのかな? 歯、当たってんだけど」
「安心しろ。甘咬みくらいじゃ、番にはならない。一生消えないくらいの噛み傷じゃなければな」
「それ、噛まれたのが獣人じゃなければ死んじゃわない?」
絶対首の骨ごとやられる奴。やられなくとも多分出血多量で死ぬ。
「……取り敢えず親善試合の時は首の回りにガッチガチに結界を張っておくわ」
「そうしてくれ」
未だ口元を押しつけ続けるアストルディアの顔を引き離し、これ以上うなじで遊ばれないよう向かい合わせの状態になる。
……うう、近くで見たら、ますます腹が立つくらいに整った顔だ。身体系の魔法?でそういう風に操作してると考えれば、当たり前といえば当たり前かもだが。
「……エディ。俺はお前が、ヴィダルスにだって負けないと信じたい。だが、もしも。もしもお前があれに負けることがあれば……」
鉄仮面のような無表情なのに、向けられる金色の瞳だけがギラギラと剣呑な色を宿して光る。
俺はその目を覗き込むように、目の前に迫るアストルディアの顔を両手で挟んだ。
「負けることがあれば?」
「……いや、やめておこう。全ては試合の結果次第だ」
そう言って抱き枕を抱えるように俺を抱き込んできたアストルディアに、俺は何も言い返すことなく目を伏せた。
親善試合は、体術の訓練を行っている塔で開催されることとなった。
腕に覚えがある生徒だけではなく、王宮勤めの兵士たちまで参加することになっているあたり、セネーバ側はこちらの戦力を伺う意図をもはや隠す気もなさそうだ。
「……これは、私が初戦で無様に負けたなら、翌日にはリシス王国に攻め込まれるかもしれませんね」
観客も他の生徒も、クリスとジェフ以外は全て獣人に囲まれた試合。アウェイ感でどうしようもなく落ち着かないが、まあ慣れるしかない。
「まあ、初戦はまだ生徒だから。でも、これ勝敗次第では、2戦目から準決勝までずっと兵士と対戦することになりそうだね。セネーバも、容赦ないな~」
渡されたトーナメント表を眺めながら、クリスがニヤニヤと笑う。
「それでも、決勝戦に行かない限りヴィダルス・ランドルークとは当たらない組合せになってる。……この意味がわかるかい。エディ」
「……歴戦の兵ですら、まだ16のヴィダルスに敵わないってことでしょう」
アストルディアに言われた、獣人の中ではヴィダルスがアストルディアに次いで強いという事実が、なおさら信憑性を増してきた。
歴戦の兵と言っても、この50年間大陸で戦争は行われていない。単独でネーバ山に登頂したヴィダルスよりも、実戦経験が薄い可能性もあるので、それほど驚くことではない……はずだ。そもそもざっと魔力感知しただけでも、出場選手の中ではヴィダルスがダントツで魔力が多いし。アストルディア未満、クリス以上ってとこか。
「エドワード」
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「ああ。お前は自分より強い男に抱かれたいんだもんなァ。決勝まで、絶対俺以外に負けんなよお? まあ、そうなったらそうなったで、お前に勝った奴をブチ殺すだけだけどなァ」
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