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トゥンクしちゃうじゃん①

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 そこで初めて、アストルディアは感情のわからない冷たい眼差しを、はっきりと俺に向けた。

「昨日と違って臭いがしないと言うことは、対処したのだろう。無知は罪ではない。俺も人間については知らないことが多いからな。だが、二度目はない。今後不用意におかしな臭いを撒き散らしたら、それが国家間の問題になるかもしれないことを心得ろ」

「はいっ……」

 ぎゅっと拳を握りながら、床を見据える。
 公共の場で、敢えてみんなに聞こえるように叱責して、何故こんなことになったか周りに知らしめるだなんて。
 こんなのさ。こんなのさ。

「……寛大なお言葉、感謝します」

 ーー俺の失態をカバーしてくれてるとしか、思えないんじゃん。
 どうしよう……胸がきゅんきゅんするんだけどぉ!

 国際問題になりかねないような失態が、王子であるクリスの指示ではないこと。
 俺の行動は全て獣人に対する理解が甘かったことが原因で、悪意からの故意の嫌がらせではないこと。
 それを知らしめたうえで、アストルディアはセネーバの王子である自分が自ら叱責し許すことで、これ以上他の生徒に何も言わせないようにしてくれている。
 そう気づいた途端、胸のあたりがきゅーっと締めつけけられた。
 今まで俺はずっと一人で戦ってきた。失態は極力しないように常に気を張ってきたし、仮にしたとしても自分の力だけを頼りに必死で挽回してきた。
 誰かに助けて欲しいなんて期待したこともなかったし、事実誰も打算や交渉なしに助けてくれる人なんていなかった。

 それなのに……アストルディアは俺が何も言わずとも、当たり前みたいに手を差し伸べてくれるのか。

 そう思ったら、何かちょっと泣きそうになった。
 正直言って、俺は人間不信を拗らせている。もしアストルディアの正体を知らずに同じ行動をされたら、「俺に恩を売って何を企んでやがる」と逆に警戒を強めただろう。
 だけどアストルディア=お犬様ということが判明した現在……俺はアストルディア限定で非常にチョロくなってしまってる。こんなことだけで、あっさりトゥンクしてしまうくらいに。
 ……冷静になれ、俺。これも全て女神の計算のうちかもしれないんだぞ? それなのに、こんなあっさり落ちてどうする? 裏切られた時辛いのは、俺自身なのに。

「……申し訳ない。アストルディア。エディの失態は、それに気付けなかった僕の失態でもある。人間としても、リシス王国の王族としても、改めて謝罪させて欲しい」

 俺を庇うように立ち上がり、深々と頭を下げるクリス。
 しかし、俺は見た。楽しげに輝いた茶色の瞳が横目で俺を見て、無駄につややかな唇が「貸し一つ」と動くのを。
 ……ほらほらこういう奴がいるからあああ! 他人の善意なんか信じちゃいけないんだよおおお!

「クリスもエドワードも座ってくれ。謝罪は受け入れた。だから、この話はもう終わりだ。食事を再開しよう」

 そう言って、興味を失ったように食事を再開するアストルディア。
 しかしその尻尾の先は、労るように俺の足を撫でていた。
 ……後ろが壁で良かったけど、マジやめて。またトゥンクしそうになるから。

 それからはクリスとアストルディアが話すのを黙って聞きながら、食事を終え、午後の講義に戻った。
 その間、アストルディアの金色の瞳が再び俺に向けられることはなかった。



「………………」

 そして夜。俺は当たり前のようにベランダからやって来たアストルディアに、昨日同様後ろから抱きしめられています。
 い、いや、さすがに下はタオル巻かせたよ!? また局部剥き出しのまま抱きしめられるのは、どうかと思ったから。
 20センチくらい差がある俺の服が合うはずがないので、今度来る時は常備しておく服を用意してもらう必要がありそうだ。……いや、今度があるとは限らないのだけど。 

「……ええと、あの、その今日は……」

「……お前のことを、クリスはエディと呼ぶんだな」

「え?」

 未だどう接すればいいのかわからないながらも、必死に感謝の言葉を述べようとした俺の言葉を、アストルディアが遮った。
 さっきからたしたし音がするんだが……もしかしなくても、尻尾を床に叩きつけている?

「二人きりの時は、俺もエディと呼ぶことにしよう。お前も俺を好きな愛称で呼べ」

「え、あの……」

「俺達は、『親友』なんだろう?」

「っ!?」
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