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邂逅④

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 何か言わなきゃと思うのに唇はハクハク動くだけだし、息を吸うように被ってた猫は、宇宙の彼方に吹き飛んで仕事を放棄している。
 落ち着け……落ち着け、俺。落ち着いて冷静に考えてみれば、リカバリーできるかもしれない。実は全然大したことじゃないかもしれない。
 ……アストルディアを、お犬様だなんて言って、大好きちゅっちゅっして抱きつきまくっていた過去の俺なんて。
 奪っちゃっただなんて言って、ファーストキス強奪したことなんて。
 会えないのが淋し過ぎて、そっくりに作ったぬいぐるみを毎夜抱きしめてメンヘラムーブしてたことなんて、大したことない……わけあるかー!! 俺、ヤバ過ぎだろ! 変質者過ぎだろ! わんこだから許されたけど、対獣人なら完全にアウトだわっ!

「……あれは、俺のつもりか?」

 うぎゃあー!!! ベッドに置いてたお犬様ぬいぐるみまで見つかった! やめて、俺のライフはもう0よ!
 二十年待たなくていいから、アストルディア、今すぐ俺を殺してくれ!!

「あ……あう……」

 言い訳、言い訳、何か言い訳をするんだ……! 俺の過去の変態行為を正当化するような、何かを……あれ?
 ……よくよく考えて見れば、おかしいよな。お犬様とアストルディアは色合い全く同じで、犬と狼が似てることも知ってたのに、この可能性思いつきもしないなんて。
 だって獣人が獣化できるなんて、ファンタジーではお約束じゃん。
 それなのに何故俺がこのことを考えすらしなかったかというと……ダンテが獣人が獣化できること教えてくれなかったというのもあるけど、一番は前世妹の小説が原因なわけで。
 原作小説では主人公もアストルディアも獣化するシーンなんか一切なかったから、自然と、この世界の獣人は犬耳と尻尾があって特殊な身体・生殖能力を持っているだけだと認識してたんだよな。
 にも関わらず……さっきから雨後の竹の子のように生えできている「存在しなかったはずの記憶」。主人公が狼姿で父であるエドワードと戦ったり、その場に狼姿で現れるアストルディアの描写。
 あ、うん。俺が忘れてただけかー……なんて思うかよ! エロ描写までばっちり無駄に思い出させられてんのに!
 あのクソ女神ぃ……この展開狙って俺の記憶操作してやがった!!

「……待て、もしかしてあれも」

 アストルディアがいつの間にかお犬様ぬいぐるみを手に取り、しげしげと眺めているのを見ないふりをして(やめて、くんくん臭いを嗅がないで。ずっと抱きしめて寝てたのがバレるうえ、煙草効果でくっさい顔されるのが地味に傷つく)残っていた煙草に鑑定魔法をかける。途端、ピキリとこめかみに血管が浮いた。 


ネルドゥース煙草(アロマ)
 ネルドゥース辺境伯領特産の生産量が少ない特殊な草を、煙草状に加工したもの。
 火をつけて吸引すると、普通の煙草同様のリラックス効果があるが、依存性はカフェイン程度。体にも害はない。
 アロマのような爽やかな香りがあり、繰り返し吸っているうちに香りが体内に蓄積されて体臭になるので、苦手な香りの場合は注意が必要。
 ネルドゥース辺境伯領では成人儀礼としてこの煙草を吸う風習があり、辺境伯家嫡男はこれを毎日吸うことが義務付けられている。


















 なお、獣人は総じてこの香りが苦手なので、獣人と対峙する場合は吸っていた期間と同じだけの期間を空けることを推奨する。

「何なんだ、このスクロールしないとわからない、よけいな空白はあっ……!!」

 案の定、煙草の件も計られていた模様。
 女神殴る……たとえ前世妹だろうと、一発くらいは絶対に殴る……手のひらで。

「考えごとは終わったか?」

 一人女神への呪詛をブツブツつぶやいていたが、アストルディアに声をかけられて我に返る。
 そうだ、今はまずアストルディアの対応を……て、え、俺のお犬様ぬいぐるみどこ? 綿が飛びだしたボロ布しか見えないんだけど。え?

「すまん……俺の爪には耐えられなかったようだ」

「俺のお犬様があああああ!!!」
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