上 下
35 / 311

俺が俺でいれる時間①

しおりを挟む
 それは俺が盲目的なドリフィス教徒に対して思っているのと、同じ評価で。
 本来なら、賛同すべき台詞だと言うことはわかっていた。
 それなのに、クリスの言葉は、隠しているはずの俺の柔らかい部分にどうしようもなく突き刺さって。

「……お前と一緒にするなよ。クリス。俺は女神を愛している」

 咄嗟にそう口にしてしまってから、すぐにキャラではないと思い直し軌道修正した。

「金で信者の女神への愛を量る、業突く張りの教皇様よりよほどな」

 一瞬怪訝そうな表情をしたクリスも、どうやら無事にレンリネドの教皇への皮肉だと解釈してくれたらしい。

「そう言うことなら、僕も女神様を愛してると言えるかな。くそったれな運命とセットで特別な能力を与えてくれた、愛しの女神様に乾杯だ!」

 グラスを合わせる代わりに、差し出されたタバコを自分のそれと合わせると、伸びた灰がポロリと落ちた。
 床に落ちる前に、素早く灰皿でキャッチしたジェフの規格外な運動能力を目の当たりにし、乾いた笑いが漏れる。
 きっとこいつも俺とクリスと同じくらい、ろくでもない運命を抱えているんだろう。

「女神は愛する僕らに、乗り越えられない試練は与えない……そうであることを祈ろう。エディ。愛したものの破滅を喜ぶ女が世界を支配しているんじゃ、どの道ろくな未来は待ってないだろうからさ」

 そう言ってまだ火のついたタバコを握り潰したクリスは、その後二、三の必要最低限の連絡事項だけ話して、ジェフを伴って去って行った。
 その背中を見送り、扉が閉まるのを確認して、深々とため息を吐いた。

「……よし、行ったな」

 盗聴用の魔道具が設置されていないのを確認して、鍵のついたベッド脇のクローゼットへと向かう。
 ここからは、俺が俺に戻る大事な時間。
 厳重に二重ロックしたクローゼットを開け、目的のものを引きずりだすと、それごとベッドに身を投げた。

「ーーうわーん! お犬様ぁ! 疲れた、疲れたよお~もう、俺、あいつやだあ~」

 ぎゅっと全身で抱きしめて、お腹に顔を埋めて泣きついたのは、俺特製のお犬様ぬいぐるみ(等身大)。
 毛質や肉球の感触などを完璧に再現すべく、素材にこだわり、試作を重ねて俺が直々に丁寧に縫い上げた自慢の一品です! 俺以外の誰にも見せたことないけどさ!

「女神にとって俺は玩具も同然みたいなことさあ、別に言わんでも良くない? ドリフィス教を批判したいなら、別にわざわざ俺のスキル持出さなくても良くない? 俺、無駄に傷つけられたんだけどぉ!」

 グスグスと鼻を鳴らしながら、お犬様ぬいぐるみを抱えて、ベッドに転げ回る。
 考えなかった、わけじゃない。でも、敢えて考えないようにした。

「だって……もしも女神が前世の妹だったら……俺、あいつから、自分の愉しみのためならどれだけ酷い目に遭わせてもいいって思われてるってことじゃないか……」

 ここは、前世の妹が書いた物語の世界。ならば世界の創造主である女神が、前世の妹であったとしても何もおかしくはない。
 そんなの、前世を思い出した時から、ずっと想定していた。ただ、そうでなければいいと思っていただけで。
 思い出せる前世の記憶はわずかだけど、それでも前世の俺が心から妹を愛していたことだけは確信できる。
 だからこそ、妹が自分の愉しみの為に、自分をモデルにしたキャラクターを小説の中で悲惨な目に遭わせても、呆れながらも仕方ないって許せた。許してしまうくらいに、妹が可愛かった。
 けれど、そんな悲惨な目に遭うのが現実の俺だとしても、妹は萌えだなんだと言って楽しめるのだとしたら。
……愛していた記憶があるからこそ、裏切られた気分になる。
 お前にとって俺は、その程度の存在だったのか、と。

「もちろん女神が別人である可能性もあるけど……鑑定の文章とか、すごく前世妹が書いた感じが滲んでるんだよなぁ……」

 そして、前世の記憶を思い出せば思い出すほど、裏設定が露見すればするほど、実感せざるを得ない前世妹の変態嗜好を考えたら、あいつが今の俺の状況を楽しんでないと言いきれないのが、悲しい。
 前世での俺は、家族に関しては恵まれていたと思っていたのだが、全て幻想だったのだろうか。

「ううう……お犬様、会いたいよぉ……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

少年野球で知り合ってやけに懐いてきた後輩のあえぎ声が頭から離れない

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
少年野球で知り合い、やたら懐いてきた後輩がいた。 ある日、彼にちょっとしたイタズラをした。何気なく出したちょっかいだった。 だがそのときに発せられたあえぎ声が頭から離れなくなり、俺の行為はどんどんエスカレートしていく。

【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される

秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】 哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年 \ファイ!/ ■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ) ■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約 力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。 【詳しいあらすじ】 魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。 優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。 オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。 しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。

弟、異世界転移する。

ツキコ
BL
兄依存の弟が突然異世界転移して可愛がられるお話。たぶん。 のんびり進行なゆるBL

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

【完結】マジで滅びるんで、俺の為に怒らないで下さい

白井のわ
BL
人外✕人間(人外攻め)体格差有り、人外溺愛もの、基本受け視点です。 村長一家に奴隷扱いされていた受けが、村の為に生贄に捧げられたのをきっかけに、双子の龍の神様に見初められ結婚するお話です。 攻めの二人はひたすら受けを可愛がり、受けは二人の為に立派なお嫁さんになろうと奮闘します。全編全年齢、少し受けが可哀想な描写がありますが基本的にはほのぼのイチャイチャしています。

処理中です...