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奪っちゃった

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 獣人国セネーバの第二王子、アストルディア・セネバ。
 独立の英雄である狼獣人の初代国王アルデフィア・セネバの孫。
 母親はアルデフィアの一人娘である狼獣人の女王エルディア。父親はかつてアルデフィアの右腕だった獅子獣人ニルカグル。
 同腹の兄である獅子獣人の王太子カーディンクルより高い魔力・能力を持ち、英雄王の再来と言われる、まだ13歳の少年。

 それが、俺がダンテを通じて知ることができた、アストルディアの現在の情報だ。
 将来王になる男が第二子なのは意外ではあったが、構図としては第二子の登場で立場が危うくなったクリストファー殿下の状況と似てなくもない。
 違うのはクリストファー殿下が真底優秀なのに対し、カーディンクルは好事家の無能だと言われていること。
 独立の英雄が狼獣人だったこともあり、アストルディアが多少下駄を履かされているのではないかとは思わなくもないが、原作小説にカーディンクルが一切出て来ないことを考えても、何事もなければアストルディアは王太子である兄を押しのけて王になるのだろう。
 俺はこれから何としてでも本来は敵になるはずのアストルディアと仲良くなり、戦争回避の為の仲間に引き込まなければならない。

「お犬様に言ったっけ? 俺さ、女神の呪いで人類最強になれるポテンシャルと特別な知識を与えられる代わりに、アストルディアだけは絶対に倒せないことが宿命づけられてんの」

 お犬様の目が、少しだけ見開かれる。
 どうやら、初耳らしい。
 いつも思ったまんまに弱音を垂れ流してたから、てっきりとっくに言ったと思ってた。

「アストルディアだけ他の人に殺させる方法もあるかもだけどさ、そもそも俺、戦争自体したくないんだよね。セネーバと戦ったところで、レンリネドを調子に乗らせるだけだし、わざわざかつての土地を取り戻さなくても農業改革のかいあってリシス王国の土地は豊かになって来てる。セネーバと戦争して勝ったところで、結局満たされるのは復讐心と、生理的に認められない対象を排除する愉悦感だけだ」

 ジジイ共にはその復讐心が全てなんだろうが、未来を生きる若者である俺は、そんなもんの為に命なんか賭けてやれない。
 ジジイ共には世話になったが、それとこれは別問題だ。どうせ先は長くないんだ。仇討ちは勝手にあの世でしてくれ。俺は乗らない。
 だって俺は【国境の守護者】であって、【国境の侵略者】ではないのだから。

「今、クリストファー殿下はセネーバとの交流再開に向けて動いていて、俺達が貴族学校に在学中にアストルディアが通う学校と交換留学ができるよう働きかけてくれている。それが実現すれば、俺もクリストファー殿下も、アストルディアとは同学年だ。親しくなることはできるはず。そうしたら協力して戦争回避を目指すことができるかもしれない」

 ……もっとも原作エドワードとアストルディアが親友になってなお戦争を回避できなかったことを思えば、その行程すべてが無駄な可能性もあるけども。
 それでも、足掻けるだけ、足掻いてみるしかない。足掻くことを辞めたら、その時点で原作通りの未来しか待ち受けてないのだから。

「お犬様、俺頑張るよ。頑張って、戦争を回避する。……未来を変えるんだ」

 だけど、もし。
 もしも、それでも未来が変えられなかったら。
 戦争を回避できず、全てを失うことになってしまったら。

「それでももし、どれだけ足掻いても戦争が回避できなくて、俺が【国境の守護者】でも辺境伯嫡男でもなくなったらーー」

 その時こそ、お犬様。一緒に生きてくれる?

 そう口にしかけた言葉は、喉で詰まって言葉にならなかった。
 だってそれは、あまりにも身勝手な言葉だと思ったから。
 現時点ならともかく、戦争で負けて片腕も故郷も失い性奴隷落ちした、闇落ち寸前の子持ち男と一緒に生きるだなんてどう考えても罰ゲームだ。
 紳士で心が広い神獣のお犬様だって、さすがにお断りだろう。

 じっとつぶらな金の瞳を俺に向けて続く俺の言葉を待っているお犬様に、黙って自嘲の笑みを浮べてみせた。
 そして……。

「…………奪っちゃった~」

 今まで一度もキスをしたことのなかった、そのマズルの先に、脈略もなくフザけた口づけを落としてみせたのだった。

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