俺の悪役チートは獣人殿下には通じない

空飛ぶひよこ

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山登りは過酷②

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 亜空間効果でまだ湯気が立っているコーヒーで、ネルドゥース家自慢のコックが作ったチキンのサンドイッチを流し込む。ハーブが効いててなかなか美味いが、チキンはもも肉であるはずなのに、むねや肉ささみのように脂が少ない。土地が痩せているので、家畜の餌も十分じゃないのだ。
 ちなみにコーヒーとは言ってるけども、原材料は豆ではなく、植物の根っこを干して煎じたもの。前世の感覚ではタンポポコーヒーに近い。鑑定によるとノンカフェインのタンポポコーヒーとは違い、ちゃんとカフェインと似た効果はあるようだけど、やや土臭くて香りはいまいちだ。前世はコーヒー党で、豆からコーヒーを挽いて妹に振舞ってた俺からすると、ちと不満は残る。
 辺境伯の食事事情でさえこれなことを考えると、領民の食事がますます心配になってくる。やはり、なんとしてでもミラクル植物は発見しなければなるまい。……できればちゃんとした香りのいいコーヒー豆も。
 数口でサンドイッチを頬ばり、できるだけゆっくりコーヒーを飲み干した後、亜空間から【スタミナ回復ポーション】を取り出して一気に煽る。ちなみにこれは、安い下級ポーションに、事前に俺が聖魔法を付与して自作したものだ。一瞬にしてなくなる疲労感にホッとすると共に、苦いものが込みあがってくる。

「……魔法効果付与のスキルがあることはクソ親父には内緒にしておこう」

 何せ俺は全属性持ちなうえに、魔力量もとんでもないというチート野郎。無償労働でポーションやら魔道具やらを大量生産させられて、死ぬ未来しか見えない。既存の技師や薬師の仕事を奪うことにもなりかねんし、よっぽど必要に駆られない限り秘匿しとこう。
 戦争回避が目標なのに、俺自身が戦争を後押しするような便利グッズを量産するわけにはいかんし。
 飲んだ瓶を亜空間にしまうと、再び山頂を目指す。
 冬山エリアに近づくに連れて、段々気温が下がっていく。辺境伯領では最新の防寒具を纏ってるし、やけどしない絶妙な加減で調整した火魔法を付与した石をホッカイロ代わりにたくさん用意してあるけど、正直本当にこんなもので耐えられるか不安だ。南極でもばっちり耐えられる防寒具を生み出した前世の技術力が恋しい。

「……く、雪が……」

 気温が下がるに連れてに連れて、風も吹いてきた。
 最初は柔らかかった雪は段々雹に代わり、強風に乗って鋭く肌を突きさすようになってきたので結界を常時張り巡らせて前に進む。
 視界が真っ白で、だんだんどっちが山頂なのかわからなくなって来る。

「ええと……風魔法で、前方の雪をモーセ的に散らして……ぎゃ! こんなとこで襲ってくんじゃねぇよ! 白熊!」

 真っ白な視界から、突如襲い掛かって来る真っ白な保護色の魔物たち。正直魔力感知のスキルがなければ死んでたと思う。

「くっそぉ! 腹減ってなら、こんなエリアいないで下のエリア行けよ! なんでわざわざこんな生きにくい所で生息して、めったに来ない獲物待ってるんだよ! くうっ……結界と身体強化と風魔法同時に展開したまま、攻撃魔法行使したり、剣ふるうのきっつぅ! いやあ、よい修行だわ。ははははははは!!!!」

 半分壊れながらも必死に魔物を倒していく。襲い掛かってくる魔物は後を絶たないし、戦闘に集中すればするほど道がわからなくなってきた。
 やばいやばいやばい……後、魔力の残量どれくらいだ?
 最悪転移魔法で引き返す必要があるけど、ちゃんとその分の魔力は残ってるでろうか。
 MPがわからないステータスの仕様の残念さを痛感する。
 いや、万が一に備えてMP回復ポーションも持ってきているから最悪の状況は防げる……でも、ここまで来て戻るのか?
 冬山エリアは常に吹雪いていて、今より良い状況になることはない。だったらまた出直したとしても、一緒だ。だったら、今頑張った方が……

「っうがあああああああ!!!!」

 よけいなことを考えたせいで、一瞬結界が揺らいだことにきづかなかった。結界の隙間をくぐって襲い掛かってきた真っ白な豹みたいな魔物から肩を噛みつかれ、視界が真っ赤に染まる。
 ……だめだ。落ち着け。ここで完全に結界を解いてしまったら、他の魔物が襲い掛かって来る。結界の強化を最優先して、何とか肩の豹を引きはがそうとするが思いのほか牙が深く食い込んでくるうえに、近距離から爪で攻撃してくるのを身体強化で威力を軽減させるので精いっぱいだ。
 まずい……まずいぞ。こうなったら、もうこいつごと転移して……。
 あふれ出す血で朦朧としかけながら、必死に転移魔法を展開しようとした、その時だった。

「っ!?」

 すさまじい魔力が接近する気配と共に、周囲にいた魔物が一瞬にして逃げていった。俺の肩に牙を食い込ませていた豹も、慌てたように牙を抜いて情けない声をあげて去って行った。
 すぐさま回復魔法を唱えて傷口を塞いだ俺は、亜空間から取り出したMP回復ポーションを飲んで結界を強化した。
 次の瞬間、真っ白な視界の中から現れたのは。

「……子、いぬ……」

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