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獣人国セネーバ①
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「ダンテ先生。どうして、人間は獣人を厭うのですか?」
領地経営について切々と語っていた家庭教師の隙を見て、今までのたくさんの人に繰り返してきた問いを投げかけてみる。
今までは皆、馬鹿の一つ覚えみたいに「獣人は害悪だから」と言うばかりで、満足いく答えが返ってきたことはなかった。けれど、父がわざわざ王都から呼び寄せたらしいダンテと言う名の家庭教師は、今までの馬鹿とは違った。
瓶底のように分厚いレンズの奥に隠れた目を少しだけ見開いた後に、彼は今している勉強と無関係の問いをとがめることもなく、こう答えたのだ。
「厭っているというよりも……本当は怖がっているのですよ」
「怖がっている?」
「ええ。人間は、自分と違うものを怖がりますから」
大きな体躯を丸めた猫背のその教師は、交易すらまともに行われていない隣国に、自ら船を出してまで向かって留学に出向いたこともあるという変わり者の男だった。
つまり完全不干渉状態ではあっても、セネーバは人間側の接触を拒みはしないのだ。脳死状態で一方的に交流を遮断している人間側の愚かさが、これだけでも身に染みる。
「獣人は身体能力が高く、そして特別な生殖能力を持っています。人間以上に高い魔力を所持しているのに、その魔力は全て身体強化とその特殊な生殖の為のみ使われているのです」
「高い魔力を持っているのに、魔法を使わないのですか? もったいないですね」
「と言っても獣人の身体強化は、人間の身体強化とはレベルが違いますから。彼らの身体強化は時に魔法すら弾くそうです」
「身体強化っつーか、もはや結界じゃねぇか」
……おっと、衝撃のあまりうっかり素が出た。いかん、いかん。俺は辺境伯家嫡男、王家の血もひく高貴なお坊ちゃん。もっとお上品にしゃべらねば。
強けりゃ荒くれどもだろうとスラム出身だろうと、関係なく重用する実力主義の親父のせいで、俺は小さいころから口の悪い野郎どもに囲まれて育った。その結果、気を抜くとうっかりお下品な言葉遣いになってしまうのだが、貴族の端くれとしてTPOの大切さはよーく理解している。たとえ立場は俺の方が上であっても、勉強を教えてくれている師にはきちんとした敬語を使うべきだろう。……なお、剣の師匠はクソがつくほど口が悪いじじいで、下手に敬語を使った方が取り繕っているようで気持ち悪いとボコボコにされるので、絶対に使わねぇけども。
うっかり口調を崩して慌てる俺を特別気にする様子もなく、穏やかな笑みを浮かべたままダンテは続けた。
「そのような違いが、人間に獣人に対する差別感情を抱かせるのではないかと、私は思っています。もちろん、外見の差異もあるのでしょうけども」
「……ドリフィス教を国教と定めている神聖国に煽られているとはいえ、我が領地では熱心なドリフェス教徒は少ないですが、それでも『獣人は存在そのものが罪』だと言って嫌っている領民も少なくはありません。何故信じてもいない宗教の教えがここまで根付いているでしょう? そもそも何故ドリフィス教徒はそれほどまでに獣人を厭うのですか?」
あまり大きくないこの大陸(寧ろデカい島?)に存在する国は、現在三つ。
獣人国セネーバに、宗教上の理由で獣人を嫌っている神聖国レンリネド。
そしてその間に、防波堤のように存在するのが我がリシス王国だ。
つまりはレンリネドの盾として我が国が勝手に使われ、その我が国の盾として我が辺境伯領土が使われるわけである。その癖、レンリネドはリシス王国にドリフィス教を広めて、獣人に対する嫌悪感を煽ろうとしてくるのだから、最悪だ。……その結果が、全部うちの領に来んだぞ。ふざけんな。
「それはドリフェス教の経典に『女神がまずは人間の男を、続いて女を作り、子を産み増やすことができるようにした』という一説があるからです」
「? それが何故獣人差別につながるのですか?」
「獣人が、その高い魔力で相手の体を作り変えて、同性であったとしても子を孕ますことができるからです」
『……やっぱり、男性妊娠はロマンだよね! 特に獣人もの! 特殊な生殖器で人間の体を作り変えて、子を孕ますの! イヌ科の亀頭球も、ネコ科の陰茎棘もおいしい!』
「!?」
思いがけない事実に驚くより先に、突如頭に響いてきた興奮しきった少女の声に、俺は目を見開いた。
「? エドワード様。どうかされましたか」
「い……いえ、何でも。続けてください」
「同種の同性間だけではなく、人間であっても獣人は性別問わず孕ませることができます。しかも生まれるのは、必ず獣人です。教会はそれを、種を浸食して人間を滅ぼす悪魔の生殖能力だとして、糾弾しているのです。辺境伯領の人々の多くはドリフィス教徒ではありませんが、それでも同性の獣人が自分を孕ませられうるという事実を受け止められない者も多いのでしょう」
……まあ、俺も男に掘られて孕ませられるのなんてごめんだから気持ちはわからんでもないが。それを言っちゃおしまいな気がするので、取りあえず嘆かわしそうに眉を八の字にしておく。
領地経営について切々と語っていた家庭教師の隙を見て、今までのたくさんの人に繰り返してきた問いを投げかけてみる。
今までは皆、馬鹿の一つ覚えみたいに「獣人は害悪だから」と言うばかりで、満足いく答えが返ってきたことはなかった。けれど、父がわざわざ王都から呼び寄せたらしいダンテと言う名の家庭教師は、今までの馬鹿とは違った。
瓶底のように分厚いレンズの奥に隠れた目を少しだけ見開いた後に、彼は今している勉強と無関係の問いをとがめることもなく、こう答えたのだ。
「厭っているというよりも……本当は怖がっているのですよ」
「怖がっている?」
「ええ。人間は、自分と違うものを怖がりますから」
大きな体躯を丸めた猫背のその教師は、交易すらまともに行われていない隣国に、自ら船を出してまで向かって留学に出向いたこともあるという変わり者の男だった。
つまり完全不干渉状態ではあっても、セネーバは人間側の接触を拒みはしないのだ。脳死状態で一方的に交流を遮断している人間側の愚かさが、これだけでも身に染みる。
「獣人は身体能力が高く、そして特別な生殖能力を持っています。人間以上に高い魔力を所持しているのに、その魔力は全て身体強化とその特殊な生殖の為のみ使われているのです」
「高い魔力を持っているのに、魔法を使わないのですか? もったいないですね」
「と言っても獣人の身体強化は、人間の身体強化とはレベルが違いますから。彼らの身体強化は時に魔法すら弾くそうです」
「身体強化っつーか、もはや結界じゃねぇか」
……おっと、衝撃のあまりうっかり素が出た。いかん、いかん。俺は辺境伯家嫡男、王家の血もひく高貴なお坊ちゃん。もっとお上品にしゃべらねば。
強けりゃ荒くれどもだろうとスラム出身だろうと、関係なく重用する実力主義の親父のせいで、俺は小さいころから口の悪い野郎どもに囲まれて育った。その結果、気を抜くとうっかりお下品な言葉遣いになってしまうのだが、貴族の端くれとしてTPOの大切さはよーく理解している。たとえ立場は俺の方が上であっても、勉強を教えてくれている師にはきちんとした敬語を使うべきだろう。……なお、剣の師匠はクソがつくほど口が悪いじじいで、下手に敬語を使った方が取り繕っているようで気持ち悪いとボコボコにされるので、絶対に使わねぇけども。
うっかり口調を崩して慌てる俺を特別気にする様子もなく、穏やかな笑みを浮かべたままダンテは続けた。
「そのような違いが、人間に獣人に対する差別感情を抱かせるのではないかと、私は思っています。もちろん、外見の差異もあるのでしょうけども」
「……ドリフィス教を国教と定めている神聖国に煽られているとはいえ、我が領地では熱心なドリフェス教徒は少ないですが、それでも『獣人は存在そのものが罪』だと言って嫌っている領民も少なくはありません。何故信じてもいない宗教の教えがここまで根付いているでしょう? そもそも何故ドリフィス教徒はそれほどまでに獣人を厭うのですか?」
あまり大きくないこの大陸(寧ろデカい島?)に存在する国は、現在三つ。
獣人国セネーバに、宗教上の理由で獣人を嫌っている神聖国レンリネド。
そしてその間に、防波堤のように存在するのが我がリシス王国だ。
つまりはレンリネドの盾として我が国が勝手に使われ、その我が国の盾として我が辺境伯領土が使われるわけである。その癖、レンリネドはリシス王国にドリフィス教を広めて、獣人に対する嫌悪感を煽ろうとしてくるのだから、最悪だ。……その結果が、全部うちの領に来んだぞ。ふざけんな。
「それはドリフェス教の経典に『女神がまずは人間の男を、続いて女を作り、子を産み増やすことができるようにした』という一説があるからです」
「? それが何故獣人差別につながるのですか?」
「獣人が、その高い魔力で相手の体を作り変えて、同性であったとしても子を孕ますことができるからです」
『……やっぱり、男性妊娠はロマンだよね! 特に獣人もの! 特殊な生殖器で人間の体を作り変えて、子を孕ますの! イヌ科の亀頭球も、ネコ科の陰茎棘もおいしい!』
「!?」
思いがけない事実に驚くより先に、突如頭に響いてきた興奮しきった少女の声に、俺は目を見開いた。
「? エドワード様。どうかされましたか」
「い……いえ、何でも。続けてください」
「同種の同性間だけではなく、人間であっても獣人は性別問わず孕ませることができます。しかも生まれるのは、必ず獣人です。教会はそれを、種を浸食して人間を滅ぼす悪魔の生殖能力だとして、糾弾しているのです。辺境伯領の人々の多くはドリフィス教徒ではありませんが、それでも同性の獣人が自分を孕ませられうるという事実を受け止められない者も多いのでしょう」
……まあ、俺も男に掘られて孕ませられるのなんてごめんだから気持ちはわからんでもないが。それを言っちゃおしまいな気がするので、取りあえず嘆かわしそうに眉を八の字にしておく。
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