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指輪の意味は
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それは、豪奢で美しい指輪だった。
木製の細いリングには、その小さな面積にこれでもかというくらい複雑な彫り細工がなされていて、見れば見るほどそのきめ細かく繊細な造りに驚かされる。
木の土台にはめ込まれている琥珀色の魔宝石は、先日ローグが洞窟から持って帰ったものであろうか。ランタンの中の魔法石同様、内部から空に向かって放たれている黄金色の光が、より輝きを増すようにカットされ磨きあげられた石の表面を、眩しいほどに煌めかせている。
「これを……私に?」
星祭りの夜、贈り物をしあったりもするとは聞いていたが……ただの居候にプレゼントするにしては過分過ぎる贈り物ではないだろうか。……そもそも私は何も用意していないのだが。
どうやら、ここ暫くの間ローグが準備していたのはこの指輪だったらしい。そうと分かっていたら、私ももっと何か考えたのに。
「しかし、突っ返すわけにもいかないだろうしな……」
何かを期待するように、そわそわと尻尾を揺らしているローグを見ていると、受け取らない方が悪い気がする。……とりあえず礼はまた今度考えよう。
ローグに感謝の言葉を述べ、指輪を右手にはめようと試す。………途端、ローグの耳がペタンと悲しげに伏せられた。
「……右手だと、駄目なのか?」
少し考えた後、指輪を右手に持ち帰ると、ローグの耳が半分ほど起き上がった。しかし、人差し指にはめようとした瞬間、再び耳が倒れた。
親指……倒れた。
中指……倒れた。
薬指……お。耳が完全に起き上がったぞ。尻尾も揺れ出した。
子指…………耳が頭皮に食い込むんじゃないかと言う勢いで倒れたな。尻尾もだらんとした。
「………左手の、薬指……?」
いや、ちょっと待て。……さすがにそれは、あんまりじゃないか?
狼獣人であるローグは知らないだろうが、人間の場合、左手の薬指の指輪は既婚の印だ。
将来を誓った若い男女は、神の名の下に揃いの指輪を左手の薬指にはめることで、夫婦と認められる。
いくら人間の常識が通じない場所だからといって、そんな重大な意味を持つ行為を、簡単にしてしまって良いものか。
「………よくよく見れば、ローグの左手の薬指にも指輪がはめられているしな………」
ローグの左手の薬指にはめられた指輪は、私に差し出されているそれより、ずっと簡素で飾り気のないものだった。
……もしかしなくても、あの小さくて質もいまいちな石は、先日私がローグに贈ったものではないだろうか。……洞窟の中にいくらでももっと質が良いものがあるのに、どうしてあんなものを?
……あ、ああ! そうか! 小さいから、細工する手間があまり要らなくて、都合がよかっただけか。それにしても、もっとましな石が……。
「ミステ」
指輪と同じ、琥珀色の瞳がまっすぐ私に向けられ、心臓が跳ねる。
小さく、続けられた言葉を、犬獣人語と照らし合わせると、おそらくその意味はーー
【選んで、欲しい】
選ぶって、何を選べば良いんだ?
ローグは一体、何を私に伝えたい?
そもそも、この翻訳で合っているのか?
ローグの表情が。声が。
あまりに真剣過ぎてーー勘違い、しそうになる。
狼獣人にも、人間と同じ習慣があるのではないか、と。
ーー今、私はローグに結婚を申し込まれているのではないか、なんていう、あり得ない勘違いを。
………落ちつけ、私。これはきっと……あれだ。もらった指輪をどの指にはめるかで、相手に対する友好度が分かるのだ。
きっと狼獣人の慣習では、左手の薬指に揃いの指輪をはめることで「お友達さん」であることを示しているのだろう。うん。きっとそうだ。馬鹿な勘違いをしたら、ローグに失礼だ。
しかし………そういうことなら、ローグの期待に応えないわけにはいかないな。
「それに………どうせ、私はこの先一生、左手の薬指にはめることなんてないだろうしな」
一度くらい、結婚の疑似体験をしてみるのも、悪くないのかもしれない。……して、みたくなくも、ない。……他の誰かなら抵抗はあるが、ローグなら……恋人や妻はいないようだし、問題はない、だろう。
この村には私以外人間はいないから、周りに変な誤解をさせることもない。なら良い……よな?
……ローグをまた悲しませるかもしれないことを考えれば、私が多少落ち着かない気持ちになることなんて、大した問題ではないしな。私の為に一生懸命指輪を作ってくれたローグの気持ちに、報いたい。……報わなくては、いけないだろう。今までの恩を考えると。
私は必死にそう自分に言い訳をしながら、左手の薬指に指輪をはめた。
指輪はまるで、薬指にはめる為に誂えたかのように、すんなりと指を通していった。
指の根元で止まった瞬間、左手の温度だけが少し上がった気がした。何もおかしいことなどないはずなのに、口元に奇妙な笑みが勝手に浮かんでくる。
気恥ずかしくて、何故か、胸の奥がじんわり温かい。……今まで体感したことがない、妙な感覚だ。これは、指輪の魔力がなせる現象なのだろうか。
何だか、ローグの顔がまともに見れなくて、俯いたまま再び感謝の言葉を口にした瞬間、ローグから抱き締められていた。
「……ローグ?」
慌てて顔を上げると琥珀色の瞳が、飲み込まれそうなくらいに間近に見えた。
涙の膜で潤むその色は、左手で輝く魔宝石にそっくりだった。
「ミステ……ーーサテ・シュアレ・ナ」
私の知らない狼獣人の言葉と共に、私の唇に柔らかいものが降って来た。
木製の細いリングには、その小さな面積にこれでもかというくらい複雑な彫り細工がなされていて、見れば見るほどそのきめ細かく繊細な造りに驚かされる。
木の土台にはめ込まれている琥珀色の魔宝石は、先日ローグが洞窟から持って帰ったものであろうか。ランタンの中の魔法石同様、内部から空に向かって放たれている黄金色の光が、より輝きを増すようにカットされ磨きあげられた石の表面を、眩しいほどに煌めかせている。
「これを……私に?」
星祭りの夜、贈り物をしあったりもするとは聞いていたが……ただの居候にプレゼントするにしては過分過ぎる贈り物ではないだろうか。……そもそも私は何も用意していないのだが。
どうやら、ここ暫くの間ローグが準備していたのはこの指輪だったらしい。そうと分かっていたら、私ももっと何か考えたのに。
「しかし、突っ返すわけにもいかないだろうしな……」
何かを期待するように、そわそわと尻尾を揺らしているローグを見ていると、受け取らない方が悪い気がする。……とりあえず礼はまた今度考えよう。
ローグに感謝の言葉を述べ、指輪を右手にはめようと試す。………途端、ローグの耳がペタンと悲しげに伏せられた。
「……右手だと、駄目なのか?」
少し考えた後、指輪を右手に持ち帰ると、ローグの耳が半分ほど起き上がった。しかし、人差し指にはめようとした瞬間、再び耳が倒れた。
親指……倒れた。
中指……倒れた。
薬指……お。耳が完全に起き上がったぞ。尻尾も揺れ出した。
子指…………耳が頭皮に食い込むんじゃないかと言う勢いで倒れたな。尻尾もだらんとした。
「………左手の、薬指……?」
いや、ちょっと待て。……さすがにそれは、あんまりじゃないか?
狼獣人であるローグは知らないだろうが、人間の場合、左手の薬指の指輪は既婚の印だ。
将来を誓った若い男女は、神の名の下に揃いの指輪を左手の薬指にはめることで、夫婦と認められる。
いくら人間の常識が通じない場所だからといって、そんな重大な意味を持つ行為を、簡単にしてしまって良いものか。
「………よくよく見れば、ローグの左手の薬指にも指輪がはめられているしな………」
ローグの左手の薬指にはめられた指輪は、私に差し出されているそれより、ずっと簡素で飾り気のないものだった。
……もしかしなくても、あの小さくて質もいまいちな石は、先日私がローグに贈ったものではないだろうか。……洞窟の中にいくらでももっと質が良いものがあるのに、どうしてあんなものを?
……あ、ああ! そうか! 小さいから、細工する手間があまり要らなくて、都合がよかっただけか。それにしても、もっとましな石が……。
「ミステ」
指輪と同じ、琥珀色の瞳がまっすぐ私に向けられ、心臓が跳ねる。
小さく、続けられた言葉を、犬獣人語と照らし合わせると、おそらくその意味はーー
【選んで、欲しい】
選ぶって、何を選べば良いんだ?
ローグは一体、何を私に伝えたい?
そもそも、この翻訳で合っているのか?
ローグの表情が。声が。
あまりに真剣過ぎてーー勘違い、しそうになる。
狼獣人にも、人間と同じ習慣があるのではないか、と。
ーー今、私はローグに結婚を申し込まれているのではないか、なんていう、あり得ない勘違いを。
………落ちつけ、私。これはきっと……あれだ。もらった指輪をどの指にはめるかで、相手に対する友好度が分かるのだ。
きっと狼獣人の慣習では、左手の薬指に揃いの指輪をはめることで「お友達さん」であることを示しているのだろう。うん。きっとそうだ。馬鹿な勘違いをしたら、ローグに失礼だ。
しかし………そういうことなら、ローグの期待に応えないわけにはいかないな。
「それに………どうせ、私はこの先一生、左手の薬指にはめることなんてないだろうしな」
一度くらい、結婚の疑似体験をしてみるのも、悪くないのかもしれない。……して、みたくなくも、ない。……他の誰かなら抵抗はあるが、ローグなら……恋人や妻はいないようだし、問題はない、だろう。
この村には私以外人間はいないから、周りに変な誤解をさせることもない。なら良い……よな?
……ローグをまた悲しませるかもしれないことを考えれば、私が多少落ち着かない気持ちになることなんて、大した問題ではないしな。私の為に一生懸命指輪を作ってくれたローグの気持ちに、報いたい。……報わなくては、いけないだろう。今までの恩を考えると。
私は必死にそう自分に言い訳をしながら、左手の薬指に指輪をはめた。
指輪はまるで、薬指にはめる為に誂えたかのように、すんなりと指を通していった。
指の根元で止まった瞬間、左手の温度だけが少し上がった気がした。何もおかしいことなどないはずなのに、口元に奇妙な笑みが勝手に浮かんでくる。
気恥ずかしくて、何故か、胸の奥がじんわり温かい。……今まで体感したことがない、妙な感覚だ。これは、指輪の魔力がなせる現象なのだろうか。
何だか、ローグの顔がまともに見れなくて、俯いたまま再び感謝の言葉を口にした瞬間、ローグから抱き締められていた。
「……ローグ?」
慌てて顔を上げると琥珀色の瞳が、飲み込まれそうなくらいに間近に見えた。
涙の膜で潤むその色は、左手で輝く魔宝石にそっくりだった。
「ミステ……ーーサテ・シュアレ・ナ」
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