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第三章

大樹は彼女を愛したい

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僕は、僕がいつ生まれたのか知らない。

気が付いたらこの世界に存在していて
気が付いたら小さな小さな種になって運ばれていた。
僕を運んでいた鳥は大地に僕を落として行った。

「アイタ!!」

そのまま大地に落ちる筈だった僕は、小さな女の子の頭の上に落っこちた。彼女はまん丸な目で頭を擦りながら自分の頭に乗っかった僕をつまみあげた。

「種?何の種だろう?渡り鳥が運んで来たのかなぁ?」

「***何をしているんだ!早く来なさい!」

「ハーイ!」

僕はそのまま、彼女と共に、今いるこの地にやって来た。

でも、本当は、僕はあの地に落ちると定められた筈だった。今はカスバールと呼ばれている、その大地に。

僕はまだ知らなかった。
僕がこの大地にとって、どれだけ必要な存在だったかを。

他の誰も知らなかった。
それが世界のバランスを保つ為のルールだと。

一つの場所に二つの精霊は存在してはいけないのだと。

僕は何も知らず彼女と共にここに来て、直ぐに自分が普通ではないと気が付いた。

「え?男の子?」

この国に住んでいた女の子は程なくして僕の正体に気が付いた。自分の持って来たその種が、精霊の卵だったのだという事に。でもその時、彼女は国を出ることが出来なかった。だから、僕と約束をした。

「私が大きくなったら、必ず貴方を元のお家に帰してあげる。だからそれまで私と一緒にいてくれる?」

彼女の真剣な瞳に僕はその言葉を信じる事にした。
そして、そのまま数年が経ち彼女は18歳になった。

その頃には僕も人に化ける事にすっかり慣れ、彼女とも仲良く過ごしていた。でも、そんなある日、彼等が現れた。

「***この地は他の地と一緒にレインハートの一族が纏める事になった。我々は今まで通りここに暮らすが管理は彼等が行う。意味が分かるか?」

「はい。私達の仲間もだいぶ減りましたもの・・・私達が生きていく上でそれが大事だと言う事は承知しております。あの、お父様。お願いがあるのですが」

「なんだ?」

「一度隣の国に行きたいのですが、よろしいでしょうか?」

「別に構わないが、何故?」

「実は子供の頃、あちらの植物の種を持って来てしまいました。それをあちらに返したいのです。ずっと気になっていて。この土地が統治されれば暫くはあちらへ行く事は出来ないでしょう?」

「そうなのか。別にそれは構わないが、こちらで植えてみればよかったじゃないか?根付くかもしれないのに」

彼女は約束通り、僕をあちらへ返そうとしてくれた。でも、その頃僕はもう、彼女から離れる事なんて考えられなかった。

それがそもそもの間違いだった。

「ねぇ。もう僕は君と会えないのかな?」

「どうかしら?生きている間なら会えるんじゃない?」

そうだろうか?僕はそんな気がしない。でも、僕はあそこに帰らないといけないから・・・・。

「***こんな所に居たのか?ん?誰かと話していなかったか?」

「レインハート様。いいえ、私一人ですわ」

僕はこの男が嫌いだった。
この地に突然やって来て、彼女にまとわりつく鬱陶しい人間だ。この男が来るまで僕達は平穏に過ごしていた。

「***この前の話、考えてくれたか?」

「・・・・申し訳ありません。私はお気持ちにお応え出来ませんわ」

「何故だ?他に想う者でもいるのか?」

「・・・・はい。そうです」

「それは、誰だ?」

彼女にはこの男以外に想う者がいるようだった。
確か彼女の遠い親戚。三人兄弟の一番末の男だ。
実は彼とは何度か話した事がある。彼女以外に僕の事を知る唯一の人間で僕は彼の事は結構気に入っていた。

「申し訳ありません。それは、聞かないで下さい」

彼女は、そんな男の様子から僕を急いで元の場所に返す事を決意した。
その夜、彼女はカスバールに向かいながら僕に言った。

「貴方が人間なら良かったのに。それか、私が貴方と同じなら・・・ずっと一緒にいられたのかしら?」

試しに僕は聞いてみた。

「僕は擬態してるけど人ではないよ?それでも僕と同じになりたいの?」

それは、あまりに意外な答えだった。

「なりたい。貴方とずっと一緒にいたいから」

僕は、愛が何かなんて知らない。
でも、彼女のことは、この世界で一番好きで僕もずっと一緒にいたかった。だから、僕は彼女の為に決断した。

「じゃあ、僕をこの地に埋めて育てて欲しい。君の気持ちが僕に届いたなら、僕は必ず君の願いを叶えるよ。決心がついたら僕の中にある核を取り出して、それを食べて欲しい。そうすれば君は人ではなくなるよ。もし、僕を人間にしたいなら僕が人に変化するまで僕以外を好きになっては駄目だよ。僕らは精霊だから強い想いと魔力が無ければ力を使う事は出来ないんだ」

「本当に?いいの?」

「構わない。そのかわり絶対に僕を手放さないでね?僕と君が離れられない様に約束を交わそう」

その時。僕と彼女は盟約を交わし僕は密かに彼女の家の裏庭に埋められた。彼女は毎日僕に話しかけ慈しんでくれた。でも、僕はいつまで経っても人になる事が出来なかった。そして彼女も人のままだった。

ある日、彼女は僕に言った。

「私はどうして、叶える事が出来ない約束をしてしまったのかしら。自分の願いを叶える為だけにこんな、酷い事を・・・・」

僕をこの地に植えてから暫くして、カスバールは魔物が住む荒れた土地に変わっていった。そしてこの土地は豊かになったが、精霊が二体も存在するせいで魔力不足に陥った。

彼女の中にあった魔力は無くなり。
彼女の目に僕の姿が映らなくなった。

「きっと私は貴方を目覚めさせる事は出来ない。だって、私は別の人を愛してしまったもの・・・・・」

ずっと待ってるよ。
君が僕を必要としてくれるまで、いつまででも待ってる。

そう、思っていたのに。

「あの木をこのままにしておいたら、いずれ人が暮らせない場所になってしまう。処分するのが無理なら彼がこの地の魔力を吸わない様力を抑えなければならない」

酷い。酷いよ。
そんな事してしまったら、僕は彼女の願いを叶える事が出来ないのに。やめて!!!いやだ!!

いやだぁぁぁぁぁぁあああああ!!!



・・・・・・・絶対許さない。あの男。呪ってやる。
お前達が恐れた未来を与えてやろう。
この地を人が住めない地にしてやる。
お前達が持っていた魔力は僕の中にとってある。
自らの手でこの大地を滅ぼすがいい!!

「***?どうしたんだ?何をそんなに泣いているんだ?」

「・・・・なんて事を。私、本当に、何故こんな酷い事」

滅びてしまえ!滅びてしまえ!
皆んな滅びてしまえばいい!!

彼女と一緒にいられないのなら、僕はここにいる意味がないのに!!彼女はあれ以来、僕に一度も会いに来ない。



「それで盛大にいじけていたんだね?子供そのものだね」

やっと取り返した僕自身。
その一部を取り返せば僕は自由になれる筈だった。

「君のこの記憶。成る程あの女、人ではなかったんだね。おかしいと思ったんだ。僕、女性にモテないんだよね。やけにまとわりつくから、何かあるとは思ってたんだけど。つまり、大樹はやっと念願叶って人間になれるチャンスを与えられた訳だね?」

あの女?何を言ってるの?

僕の核なのに全然理解できない。
僕が取り返した僕は、前とは全く違うものだ。
もう、彼は僕ではないのかもしれない。

「ここを出たら、とりあえず色んな人にお礼を言わないとね」

お礼?何の事?誰にお礼を言うの?

「一緒に帰ろう」

その手が触れて、彼と一つになった時、やっと全てを知る事が出来たんだ。

彼女は、ずっと僕の側にいた。約束を違える事なく。
ずっと僕の核と共に。死ぬ間際まで。

・・・そうか、間違っていたのは彼女じゃない。僕だ。

「愛されたいだけじゃ駄目だよ。同じ想いで彼女を愛してあげないと」

僕は愛が何か分からなかった。彼女の愛が何なのかを。
だから彼女は僕と同じにならなかった。
だから、僕は、人間になれなかったんだね。
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