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お風呂に入ってから彼の部屋へ入ると、ひと組だけしかない布団を敷いて就寝用の浴衣姿でその上へ寝転がる。
「なんか疲れた……」
ほんの数時間のあいだにいろいろなことが起きた日だった。落ち着いて考えてみれば、自分は義父に殺されかけた息子ということになるのだろうか。
腑に落ちない点はいくつかある。高瀬がなぜ、そしていつから自分のあとをつけてきていたのか。彼の電話で警察が店に来たのも早すぎる気がするし、なにより彼が高瀬のことを知っていた様子に驚いた。
でもいちばん気になるのは今日の彼の行方だ。澪さんと一緒にいたんじゃないとすると、あの時間までどこでなにをやっていたのだろうか。
そして途中までは完全に彼だと思っていた、彼の兄の存在。
「参事官って呼ばれてた……」
洸太は警察組織のことはよくわからないけれど、紫白さんはその中でもトップクラスの人なんだろう。そしてそんな紫白さんを、澪さんはずっと一途に想い続けていたのだ。
洸太が勝手に、澪さんは彼のことが好きなのだと勘違いしていただけだった。
「でもそんなの、おれにはわからないよ……」
そう、わからない。決別したはずの高瀬が自分のところへ来た理由も、なぜ洸太を連れて逃げようとしたのかも。
「逃げるって、なんで? おれなんか連れてって、どうするつもりだったんだろう」
帰り際、紫白さんが洸太に事情を説明しろと彼に言っていた。だとすると彼は最初からこうなることを知っていたのだろうか。
答えが出ないことを考えても仕方がないと、寝返りを打つ。
「でもかっこよかったなぁ……紫白さん」
双子と間違えるくらい似た顔立ちなのだし、彼だってあんなふうにすれば絶対に見違えるはずだ。スーツを着ろとまでは言わないけれど、せめて髪を切ってヒゲを剃ったら王子様みたいになると思う。絶対に宝のもちぐされだ。
「ほう、俺の寝床で紫白を褒めるとはいい度胸だな」
「わっ!」
背後から急に低い声が聞こえて、びっくりして起き上がってしまった。
「えっと……なにそれ? マサさん、寝巻き姿のサンタクロースになったの?」
畳の上に立っている彼を見上げると、風呂上がりの浴衣を着て、クリーム色の不織布に包まれた大きな荷物を肩に担いでいた。
「その布団、全部片づけてくれ」
「え……」
「枕もな」
「う、うん……」
せっかく敷いたのに片づけろだなんてと思いながら、手早くたたんで押し入れに戻していく。最後に冬物の掛け布団の上に枕を乗せたら、押し入れを閉めて完了だ。
その空いた畳のスペースに、彼は担いでいたものを下ろした。
「なに、これ」
「新しい布団だ」
「ふとん……」
「俺とお前の、新しい寝床セットだ」
とうとう布団を買ったのだ。やっぱりシングルに男二人が寝るというのは無理があったし、この大きさからしてついでに自分の分も新調したのだろう。
そう思って、洸太も一緒に外側の不織布の結び目をほどいた。
「これでゆっくり足伸ばして眠れるぞ。カバーつけるから手伝え」
「やっぱり今まで狭かったんじゃない……って、これ……」
目の前にあるのは彼でもゆったり眠れるタイプの、大きめのダブルサイズの羽毛布団セットだった。さっきまで敷いていたものとは違って、やわらかな肌触りでとても軽い。
「いろいろ迷ったんだがな、竹内の親父さんが洸太のためならって、安くしてくれた。カバーもサービスだ」
「竹内さんって、いつも木曜日に来る布団屋のおじさん?」
「ああ。本当は明日の配達のはずだったんだが、うちにパトカーが止まってたって聞いたらしくて、お前が風呂へ入ってるあいだに心配がてら持ってきてくれたんだ。親父さんは商店街一の洸太のファンだからな」
同じ柄のカバーに入れられた布団とこれまた高級そうな上下の毛布が加わって、年季の入った六畳の和室にはとても不釣合いな立派な寝床が完成した。
「おれ、布団が浮いて見える部屋ってはじめてなんだけど」
彼は洸太の言葉に少し笑うと、布団を包んでいた不織布をたたんで部屋の隅に置き、新しい枕をふたつ並べ終えた洸太を敷き毛布の上へ胡座で座ってから引き寄せてきた。
「うわっ……あぶないよー」
さっき店でいたときみたいに彼の膝に横向きで座らされて、ふたつの大きな腕で洸太の身体を包み込まれる。
「澪が布団を買え買えうるさかったからな。アイツは布団屋の回し者か」
「えっと、たぶん澪さんは『もう一組買え』って意味で言ってたんだと思う」
さっきキスを交わした彼の顔が近くにあって、洸太は居たたまれない気持ちだ。
「だから買っただろう。それがたまたま二人で寝られるだけの広さがあったんだから仕方がない」
彼はニヤリと笑って屁理屈をこねた。
「澪はお前のことをいつも心配している」
「……うん、わかってる。前におれのこと、守ってくれるって言ってたし」
「本当はな、後期の授業が始まったら澪の実家でお前を保護するはずだったんだが、断った」
「なんで……」
「帰りに澪が言ってたことはあたってる。ちいさくて可愛い洸太を、俺が手放したくなかっただけだ」
「おれ……かわいい?」
抱きしめられている彼の寝巻きの腕をギュッと握り締め、少し赤くなった顔を下に向けて、今日のマサさんは変だとつぶやいてみる。
「ああ、洸太は可愛いぞ。でも時々エロい顔するから困ったけどな」
「え、えろ……」
「お前は無意識なんだろうけど、抱いてくれって表情になるときがある。誰にでもじゃないが、俺とか島永さんなんかには特にな」
「おれ、島永さんにもしてた?」
百歩譲って彼にバレていたのは仕方がないとしても、まさか島永さんにまでそんな表情を向けていたとは。
「島永さんは気づいてないと思うがな。おそらく洸太の中では母親よりも父親への思慕が大きく割合を占めるからだろうと、澪の親父さんが言っていた。普通は母親を求めるもんだそうだが、お前の場合は居ないのと同じ状況だったからな」
「澪さんの、お父さんが……」
洸太のつぶやきに、彼はゆっくりと頷いた。
「今日は夕方から澪の親父さんの病院で、お前のことを話してきた。親父さんの病院には心療内科もあるからな」
「心療内科……。おれ、もしかしてカウンセリング、とか受けたほうが……いいのかな」
痩せた身体に、折れそうな細い手足。紫白さんが間違えたように、二十歳の男には見えないと自分でも思う。
「お前がそうしたいなら頼んでおくが、今の洸太の様子ならこのままで大丈夫だろうってことだ。ひとつだけ条件があるがな」
「条件って、なに……」
そう聞いた洸太を、彼は強く抱きしめてきた。
「俺に甘えろ、洸太。お前の本当の父親や母親の身代わりでもなんでもいい、とにかく俺に甘えて、そして俺のそばで笑っていてくれ。初めてお前を見つけた日……店の外で倒れている洸太を見て、一目惚れしちまったんだ」
耳元で低く告白されてから、彼が洸太を抱く腕の力をゆるめる。それから洸太の顎が彼の指に持ち上げられ、端正な顔がゆっくりと近づいてきた。
「うそ……」
疑うくちびるを一度、ついばまれる。それだけでしびれるような快感が、洸太の身体に走った。
「うそじゃない」
「ほん、と……?」
彼はゆっくりと頷く。
「さっき洸太が俺のことを好きだと言ってくれて嬉しかった。絶対にお前を大事にするから、ずっと俺の傍にいてくれ。俺はお前が可愛くて仕方がない。好きなんだ」
ストレートで熱烈な愛の言葉に、洸太の頬が熱くなる。
「おれ……もっ、マサさんがすきっ。大好き……っ!」
「おんなじだな」
「うん……っ」
うれしそうに笑う彼の腕の中に再び閉じ込められ、やさしく髪をなでられた。恥ずかしいけれど、洸太も負けじと頑張って彼の背中に腕をまわす。
「ずっと澪に釘を刺されてた」
「え……」
「ケリがつくまでは絶対に洸太を襲うな、って」
「な、にそれ……」
澪さんってばなんてこと言ってたんだと真っ赤になれば、アイツには最初から全部お見通しだったと告げられた。
「お前がうちに来た事情が事情だけに、洸太に絶対手をつけるな、必要以上に触れるのも禁止、口説くなんてもってのほか、ってな。でも雑魚寝して寝巻きからいろいろと出てるお前に堪えきれなくてな……冬布団に誘ったら意外にも素直に入ってきたから、男として意識されてないのかと思ったが」
まあ顔を見てればお前が俺のことを好きなのはすぐにわかったけどなと言われ、洸太は彼の腕の中でどうしていいかわからなくて、手足をバタバタさせて恥ずかしさから逃れようと頑張ってみる。
「ひとつしかない布団で洸太と一緒に寝てるってバレたとき、澪のやつ怒る怒る。一通り怒った挙句に自分は紫白と朝まで一緒に寝たことないだの、こんな不毛な関係は精算したいだの、俺に言われても仕方のないことを延々と言い出しやがって」
澪さんが居間で泣いていたあの日のことだ。てっきり澪さんは彼に抱かれているのだと、幸せでいいなとうらやんでいたけれど。
「えっと……紫白さんも、ちゃんと澪さんのこと好きだと思うよ」
「そうか?」
「うん。今日ね……おれ、たまたま二人を見たんだ。最初は紫白さんのことマサさんだと思ってたから、ちょっとビックリしちゃったけど、でも二人ともすごく幸せそうだったよ。紫白さんもやさしい顔して笑ってて、澪さんにキスして……ちゃんと恋人に見えた。だから大丈夫だよ」
にっこり笑った洸太に、しかし彼は真剣な眼差しでこう言った。
「いいか、洸太。紫白は信用ならない男だ」
「え。でも、警察のひと……なんだよね」
「そうだが、仕事関係以外でアレの言うことを聞くんじゃない」
「なんで……」
「紫白に騙されるな。澪はもうアイツに捕まっちまったけどな、お前は紫白には関わらんでいい」
「でも、マサさんのお兄さんなんでしょ」
「俺はお前が可愛いから言ってるんだ。まぁお前のことは紫白は元より、澪にだって触れさせたくはないがな」
「澪さんって……あーっ、すっかり忘れてた!」
急に思い出して、彼の膝の上で大きい声を出してしまった。
「おれ、澪さんにクリスマスプレゼントのお返しを買ったんだった! さっき渡せばよかったー」
「洸太」
「ねえマサさん、澪さん次いつ来る? クリスマスまで一週間切っちゃったけど、おれちゃんとプレゼント渡したい……んっ、んーッ」
怖い顔をした彼に、急にくちびるをふさがれた。さっき店でしたような、濃厚な大人のキスだった。
洸太の舌を彼のそれで絡めとられ、やさしく吸われる。それだけで気持ちよくて、洸太は鼻にかかった甘い声を出してしまった。
「んん……っ」
彼のくちづけはその声を聞いて、ますます激しさを増す。
「はっ、んぅ……」
洸太が少し待ってと息を上げると、彼は洸太を強く抱きしめて、自分の身体のとある部分を押しつけてきた。それは洸太の右腿で感じる、彼の固くて熱い欲望だった。
「待てるわけがないだろう、さっきからほかの男のことばかり言いやがって。ここに来るまで四ヶ月も待って、もう俺は限界なんだ。褒美に早く洸太を抱かせろ」
欲望を抑えきれない低く唸るような声と彼の表情がいつも以上に色っぽくて、洸太の心臓はドキドキしっぱなしだ。
「今は俺のことだけ考えろ」
「うん……」
洸太は彼に応えるように、その腕の中でゆっくりと目を閉じた。
部屋の明かりを消した途端、カーテン越しにやわらかな月明かりが降り注いだ。
洸太は新しい布団の敷き毛布の上に寝かされて、覆いかぶさる彼にくちづけの手ほどきを受けている。
たったそれだけで身体がとろけてしまいそうなのに、彼は寝巻きの結び目を手早くほどいて、若くなめらかな洸太の全身を大きな手のひらで確かめていた。
「ん……っ……」
その手は脇腹から胸へと上がり、ふたつのちいさな粒をかすめて再び太腿へと移動する。
「……あっ」
「もっと舌出せ」
「ん……ぅっ……」
なまめかしく舌を絡めあいながらも、彼の手は内腿をやわらかく揉み、そこを二、三度なでられると今度は腰骨あたりをさまよって、愛撫に慣れない洸太を翻弄した。
「は、ぁっ……」
ちゅっといやらしい音を立てて舌を吸われ、長いくちづけからようやく解放されたと思ったら、彼のくちびるはそのまま洸太の首筋をとおって胸の粒へとたどりついた。
「ぁあっ……ンっ」
片方のちいさな粒をやさしく吸われ、ときどき固くした舌で転がしてはまた吸いつかれる。同時にもう片方を指で輪を描くようになでられ、つまんだり押しつぶしたりされると身体の中心に熱が集まって、どうにかなってしまいそうだった。
「も……だめ、マサさ……あっ……」
「まだ始めたばかりだぞ」
「だって、こんなの……おれ、知らな……っ」
その言葉に彼が低く笑うと洸太の粒に息がかかって、それさえ弱い刺激となった。
「まだまだ、こんなもんじゃない。覚悟しろ」
彼はそう言って空いている手で簡単に洸太の下着を脱がせると、胸の粒に吸いつきながらやわらかな弾力のある双丘を揉みしだいた。
やがてくちびるはすでに反応して勃ち上がっている洸太の下腹のほうへと向かい、脇腹やへその周りに所有の証である朱印をつけていく。
「あっ……ダメ、もう、や……だぁ……」
彼にやさしく肌を吸われるたび、ビクビクと身体が反応してしまう。洸太にはそれがとても恥ずかしく思えて、少し涙がにじんだ。
「やめるか、洸太」
薄明かりの月光の中、少し困ったような顔をした彼が洸太にたずねた。
「う……うん、やめるっ……」
「……お前なぁ」
うんうんと頷いて答えた洸太に今度は呆れた顔をしたけれど、洸太の顔までせり上がってくると赤くなった耳を軽くかじった。
「んぁっ……だ、だってっ……すきなひととするの……はじめてなんだもんっ」
「やめたいくせに煽ってどうするんだ」
吐き捨てるように言った彼に噛みつかれるようなキスをされ、それからあとは洸太の泣き言は聞いてもらえなくなった。
「んんーっ」
食べられてしまいそうな激しいキスとその合間に施されるやさしい愛撫に、洸太の思考はもうぐちゃぐちゃだ。奪うようなキスをするのに、触れかたがいちいちやさしいなんて卑怯だと思った。
「寒くないか」
「うん」
寝巻きを脱がされ、広げた敷いたその上にうつ伏せでひっくり返されて、以前より格段にきれいになった背中を晒す。あのときのようにそこへくちづけを落とされても、今夜は嫌だとは思わなかった。
「あの野郎、洸太に傷なんてつけやがって……」
それどころか彼のくちびるに触れられた場所から、次々とくすぐったいような快感が生まれてくる。
「背中……感じるか」
「うん、……ぁっ」
彼の鼻先とくちびるが、背中のあちこちを滑っていく。まるで高瀬によってつけられた傷跡を、すべて消し去るかのように。
「腰、ちょっと上げろ」
うつ伏せのまま腰を高く持ち上げられたので、ようやくひとつになれるのかと思ったけれど、しかしあてがわれたのは彼自身ではなく、やわらかなぬめりを持つ彼の厚みのある舌だった。
「だめっ……マサさん、やだぁ!」
あたたかく湿ったその舌が、キュッと閉じた洸太の菊の花びらを何度もやさしくなぞっていく。続いてノックをするようにつつかれると、秘肛は待ちわびていたかのようにすぐに綻んで、容易く舌の侵入を許した。
「あぁっ、あっ!」
味わうかのように中と外を舐めつくされ、恥ずかしさと気持ちよさでどうにかなってしまいそうだった。それがしばらく続いたあと、ようやく彼の長い指が一本、ゆっくりと奥まで挿しこまれた。
「んー……っ」
うつ伏せて指でかきまわされる行為は高瀬と違って丁寧で、いったんすべて引き抜かれたあと、なにか冷たいものをたっぷりとまとって再び中へ侵入してきた。
「ひぁっ」
きっと潤滑剤なのだろう。一度だけではなく、二度三度とそれをまとった指が狭隘をほぐしていき、そのせいか洸太の内部はずいぶんと拡がって滑りがよくなった。
今は二本に増やされた彼の長い指が、内側で何かを探すのを手助けしているようだ。
「あッ……マサさ……ん、なに……これ……」
「指だ」
「ちが……っ……、あっ……そうじゃなくて……な、なに……使ったの……」
「これか……馬油だ」
「ば……あゆ?」
「便利だぞ。殺菌作用があって火傷やちょっとした傷とかにも使えるし、人間の肌にやさしい。口へ入っても平気だしな」
「ふ……うん……」
さらりと言ってのける知識に彼の恋愛遍歴が垣間見えた気がしたが、そこは自分も人のことは言えない。
グチュグチュといやらしい音を立て、彼の二本の指が左右の襞をこすりながら洸太の内側を徐々に拡張していく。
「……ここ、か」
「あぁーっ!」
彼がそのポイントに軽く力をくわえると、洸太は予期もせぬまま精を吐き出してしまった。そしてそのまま力が抜けて、精の飛んだ寝巻きの上に沈み込んだ。
「悪い、ダイレクトに押しちまった……」
彼は慌てて自分の寝巻きを脱ぐとそれを隣へ敷き、そこへ洸太を仰向けに寝かせてもう一度謝った。
「大丈夫か」
洸太は息が上がったまま笑って頷く。それから上気した自分の顔をのぞき込む彼の首に両手を回し、もういいからとその先を促した。
「でも……いまので力が抜けちゃったから……後ろ向けそうにない……」
「いつも後ろからだったのか……?」
「うん。こんな風にやさしく抱きしめてもらったり、気づかうように触ってもらうのもはじめてだし……やっぱりおれは裕二さんのおもちゃだったんだなって……今ならそう思う」
「……だから、お前はどうして俺の寝床で他の男の名前を言うんだ」
今日の彼はそればかりだ。もしかして、やきもちなのだろうか。そうだったらこんなにうれしいことはないけれど。
「だって……」
「なんだ」
彼はそう言いながら、幾度も洸太の頬や目元にやさしくくちびるを落としてくる。
「ホントに、おれでいいの?」
「お前は嫌なのか」
「ちが……けど。おれ、ふつうに……えっちとか、したことなくて……。どうすればいいのか……わかんないし」
そんな洸太に彼はどこまでも甘い声で、大丈夫だと言ってくれた。
「洸太のいろんな初めてを俺がもらうことにする。キスはもらったから、今度は普通の……恋人同士の時間をもらう」
「こいびと?」
「ああ、恋人だ」
彼はそう言ってから両手で洸太の膝の裏側を押し上げ、内腿に軽くキスを落とすと大きく硬く張りつめた自分の切っ先にも潤滑剤を塗り、洸太の秘肛にあてがった。
少し間を置き、挿れるぞと言われてこくりと頷く。
「う、あっ……」
ずっしりとした質量と硬さで内側に入ってくるそれは、幾度か前後して侵入を試みたあと、やがて洸太の肉の輪をくぐり抜けて中におさまった。
熱を持った彼自身は、高瀬の何倍も大きく感じられる。そんなことを言うとまた怒るのだろうけれど。
「キツくないか」
「うん……だいじょうぶ」
洸太の答えに彼は少し微笑むと、少しずつ腰を引きはじめた。
「……ぁっ……」
彼の切っ先が洸太の内側をゆっくりと前後に行き来するたび、腰の奥のほうから今まで感じたことのない感情が上がってくる。
「痛くないか」
「う、んっ……あっ、あんっ、でも……あっ、な……んか……ヘンっ」
「変……?」
せり上がってくるこれはフィジカルな快感というよりも、メンタルな悦びなのだろうか。
「ああっ、あんっ、だって……すごく、気持ちいいっ……」
彼に抱かれて突き上げられて、身も心も幸せな気持ちでいっぱいになる。
「くそ……っ、可愛いな」
洸太の言葉に彼の腰の律動が少し早くなる。そうするとまた彼に愛されているのだという新たな悦びに、幾度も甘い声を出してしまうのだ。
「こえっ……出ちゃう、の……あっ、恥ずかしっ……」
「それでいい……もっと聞かせてくれ……」
彼は腰の動きを緩めることなく、片手で洸太の前髪をかきあげてくる。
「あっ、やぁん……顔……見ないでっ……」
「どうして」
「おれ……あっ、絶対……ヘン、な顔……してるっ、ああっ、あん、あん……っ」
容赦なく腹側の感じるポイントを笠の部分で擦られ、あまりにも気持ちがよくて彼にしがみつくことしかできないのに、彼は衰えることなく洸太に己を刻み続ける。
「あんっ、マ……サさ……も、だめ……っ、おれ……いっちゃいそ……はっ……ああぁっ」
最初よりも速いペースで突き上げられて、洸太はとうとう弱音を吐いた。
「いいぞ……っ、いつでも好きなときにいけ……っ」
しかしペースを乱さない彼にはそんなことはお構いなしだった。覚悟しろとは言われたけど、それはまさかこういうことだったのか。
「何度でもいかせてやる。お前の今までのセックスを……俺が忘れさせてやるから……ッ」
そう言った途端に打ち込んでくる腰の動きが激しくなって、卑猥な水音と二人の肌がぶつかる音が部屋に大きく響いた。
「あああっ! あっ、あんっ、まって……っ」
快感で薄れていく意識をどうにか飛ばさないよう、洸太を追い上げる彼の腕を掴む。
「なま……えっ」
「名前……?」
「あっ、あんっ、マサさ……っ……なま、え……おし、えて……」
いつものクセというわけでもないけれど、これまではイくときに高瀬の名前しか呼んだことがなかったのだ。それを大好きな彼の名前で塗り替えたかった。
「しょう、で……いい……の……? あッ、あんっ」
彼もその目的を理解したのか少しの沈黙のあと、本当の名前を教えてくれた。
「いや、『しょうはく』だ……」
「しょう……はく?」
「ああ、正しく白いで……正白……ッ」
「しょう……は……あっ、あ、あ、んあ、んっ……」
彼はうれしそうに、そして照れたように笑って洸太の快感をますます追い上げる。
「洸太……呼んでくれるのか……俺の名前……」
「んっ、あっ、すき……すきっ……! しょうは、く……さん……あっ、ああ──っ!」
最後の瞬間洸太は彼にギュッとしがみつき、彼と自分の腹のあいだへ白濁をまき散らした。
「クッ……!」
そのときの締めつけで、彼も精を洸太の中に放ったようだ。誰かの熱い精を受け入れることが、こんなにも幸福なことだとは思わなかった。
それから続けざまに二度も抱かれて、ようやく彼がゆっくりと洸太の中から出ていった。少し淋しいなと思ったけれど、彼は律儀に洸太の後始末をしてくれている。
それが終わると布団に並んできちんと寝て、また両手で抱きしめてくれた。二人とも裸のままだったけれど。
「寒くないか。寝巻き、汚して悪かった」
「うーうん……ありがと……」
洸太が笑って答えると、彼のくちびるが頬に軽く落ちてきた。
立て続けで三回も抱かれたのは初めてだ。でも彼の行為はやさしくて、洸太を慈しんでくれているのがよくわかった。
今なら高瀬の目的が洸太自身というよりも、この身体を弄り回すことだけにあったように思えた。いやらしい手つきで身体を触られたり、舐め回されたり、いろんなオモチャのあとに高瀬自身を突っ込まれたりするのがあたり前だったのだ。最終的には背中にひどい傷をつけられたのだけれど。
想像しただけで悪寒が走る。数ヶ月前まではそれが日常だったはずなのに。
「……っ」
洸太は急に怖くなって彼の身体にしがみついてしまった。
「やっぱり寒いか。……着替えとストーブ持ってくる」
彼がそう言って布団を出ようと起き上がったので、慌ててそれを引き止めた。
「ちがう……」
ぎゅうっと彼の腕に抱きついたら少し驚いていたけれど、もう一度布団に入って、大きな手で洸太の背中をなでてくれた。
「あのね、お布団で言うとマサさん怒るかもしれないけど……」
「何だ」
「なんだか……裕二さんが、怖いと思ったんだ。五年生の頃からずっとそういうことしてきたのに、でも今になって……マサさんとあの人はいろいろ違うってわかったら、怖いのと……気持ち悪い、かな」
「そうか」
「うん……。あんな関係はやっぱりおかしかったんだって……そう思える」
洸太が話しているあいだ、彼の手は洸太の背中と腰のあたりを行き来している。上目で彼の顔をそっと見上げると、やさしい笑顔で洸太を見つめてくれていた。
「あ、お月さま……」
目があって恥ずかしくて、彼の視線を避けるようにカーテン越しに見えた月へ思わずつぶやく。
ツリーの広場でひとりで見た月は冴えた色をしていたのに、今は黄色味を帯びたやさしい色あいになっていた。
「洸太は月が好きなんだってな」
「澪さんに聞いた?」
「ああ」
「……小さいころ、お父さんが話をしてくれたんだ」
布団の中でこちらを向いている彼の腰に腕を回して、胸元に頬をくっつける。月明かりしかない中であまりよく見えないけれど、彼は着やせをするのか筋肉がきちんと乗った大人の男の身体をしていた。
彼の片手は意図を持って洸太のあちこちの肌をさまよっているけれど、心地がいいのでなにも言わないでおく。
「お月さまはね、ずっとみんなのことを見てるんだよ。お天道さまは昼間、誰かが悪いことしてないかって見張ってるんだけど、お月さまはみんなが暗い夜道で迷ってないか……淋しくないかって、心配してそばにいてくれるんだって」
「そばに……」
「うん。月を見上げて歩くと、自分について来てるように思うでしょう? それが不思議で、お父さんに聞いたんだ。そうしたら『月はやさしいから、洸太をずっとそばで見守ってくれているんだよ』って。それからおれ、月がいちばん好きになったんだ」
淋しかった日も、あの渡り廊下で月を見た。あまり人には言えないけれど、お父さんが死んだあとは廊下に寝具を持ち込んで、朝まで過ごしたことが幾度もある。
「おれはずっと……お月さまみたいな人を探してたのかもしれない」
ずっと一緒にいてくれる、やさしい存在を。
「あのね、マサさんが……おれのお月さまになってくれると……うれしいかなって」
ものすごく照れくさいことを言ってしまったけれど、思い切って顔を上げれば彼は真剣な顔でこちらを見ていた。
「だめ……?」
彼の大きく見開かれた目、真一文字に結ばれた口元。これはきっといけないことを言ったのだろうと思って訂正しようとしたそのとき、予想もしない言葉が彼から飛び出した。
「洸太……お前、プロポーズまで俺より先にするんじぇねえよ!」
「ええっ!」
「俺のことが好きだとか先に言われただけで悔しいのに、まさかその日のうちにプロポーズまでされるとはな」
お前って意外と男前なんだなとか、わけのわからないことを言われて、洸太はうろたえるばかりだ。
「まあどうせ嫁に貰うつもりでいたから返事はOKだ。言っとくが三十路半ばのオッサンの嫉妬は激しいからな。大学で浮気なんかしたら許さんぞ」
ぎゅうっと抱きしめられて、顔中にキスが降ってくる。
「マサさんこそ、どっかの女の人が泣いてるんじゃないの」
「洸太が泣かないですむなら仕方がない」
「うわー、性格わるーい」
「莫迦言うな、こんなにいいヤツは他にいないぞ」
「……うん、ありがと……マサさん」
お返しに洸太も彼をギュッと抱きしめて、もう一度「大好き」と囁いた。
窓の外にはやさしく月が輝いている。でも洸太のやさしい月は、隣にいるこの人だ。
ふたつの月に見守られながら、洸太はいつしか深い眠りについた。
長い取り調べを終え、高瀬が複数の罪で起訴されたと聞いたのは、寒さが一段と厳しい二月に入ってからだった。
「君は高瀬を訴えなくて、本当によかったのかな。君のお母さんとは離婚したし、もう義理の父親でもないんだよ」
彼の作るご飯の匂いがする開店前のカウンターに座って、洸太はその言葉に頷いた。
「おれにとってはお父さんの代わりだった人だし……お世話にもなったから」
「君の場合は関係が数年に渡っているから、被害も一番大きいんだよ」
「いいんです。おれも……裕二さんのこと利用したみたいで、悪かったと思ってるし」
「そうか……」
隣に座って穏やかに話すのは、彼の兄の紫白さんだ。実は洸太が『正』に担ぎ込まれたとき、この兄にも彼はすぐに連絡を入れたそうだ。
家出人なのか事件に巻き込まれたか。身元を確かめるために兄へ連絡を入れ、紫白さんは参事官であるその権限を使って洸太のことを調べたらしい。
結果、ちょうど所属する部内に高瀬を追う課があったらしく、その関係で洸太を『正』に引き止めるよう彼へ伝えたのだそうだ。
澪さんは彼と紫白さんとの連絡役だったようで、洸太の様子も気になるし、できるだけ店に話をしに来ていたらしい。
ちなみに紫白さんは警視正といって、大規模警察の署長さんたちと同じ階級になるらしい。でも参事官というのは指揮命令範囲が警察署長よりも広範囲で、署長や課長を経験してからなるもの……? なのだそうだ。
「おれ以外にもたくさんの子供に手を出してたなんて、考えもしませんでした……」
高瀬は自分の勤務していた塾の子供たちに、性的関係を強要していたようだ。何年もバレずにうまくやっていたそうだが、その過信からか塾の内部で変な噂が立つようになったらしい。ちょうど洸太が高瀬から逃げ出す直前だそうだ。
「学習塾なら黙っていても子供が入ってくるからね。そういう趣味の男には天国だったんだろう」
様子がおかしいと思った親が子供から性的行為のことを聞き出し、警察へ駆け込んできたのがその発端になったという。
「同じ子供と二度の接触はしない、それが高瀬のポリシーだったようだ。しかし洸太くんとの一件で変な自信がついたみたいでね。近年は男女問わず数人の子供をターゲットにしていて、君と同じように育ててみたかったそうだよ」
「高瀬の野郎……ふざけんなッ」
それを聞いてカウンターの中の彼が悪態をつく。
「ポリシーに反した挙句結局それはうまくいかなくて、洸太くんを傷つけてしまった。警察にマークされているとわかったとき、君のことが真っ先に頭に浮かんだそうだ。君なら何があっても自分を受け入れてくれる、と高瀬は思ったらしい」
相変わらず紫白さんの美貌は凄まじくて、まともに顔を見ていられない。以前は確かにそれだけだったけれど、最近は別の理由もあったりするのだ。
「こんばんはー! 外寒ぅ~い、天気予報で明日は雪って言ってたよ!」
明るい声で入ってきたのは仕事帰りの澪さんだった。
「お帰り。今日は早いな」
澪さんがコートを脱いで早足で紫白さんの隣に座るのを確認してから、彼がおしぼりを手渡す。
澪さんはそれを広げて手を拭くと、頬にもあてて暖をとった。
「紫白先輩からここに来いって連絡もらったから。今日は医務院で解剖当番だったから滞りなく帰宅できました」
「お前ら……いや、まあいい」
「あ! しょうさんがヒゲ剃ってるー!」
そうなのだ。最近彼は洸太の元へ度々訪れる紫白さんに対抗してか、無精ヒゲを剃るようになったのだ。それも洸太が紫白さんのことを、毎回褒めるのが気に入らないのだとは思うけれど。
「ねえねえしょうさん、ちょっと前髪上げてみて」
澪さんはきらきらと瞳を輝かせて彼にそう言うと、「こうか」と言って髪をかきあげた彼に黄色い声をあげた。
「いや~ん、紫白先輩にソックリー!」
澪さんの言うように二人は本当にそっくりで、洸太は紫白さんを見るとヒゲを剃った彼を連想し、澪さんは彼を見て紫白さんを連想する。
「お前な、本物が横にいるだろうが。……洸太、そろそろ店開けるぞ」
「あ、うん」
なんだか疲れた様子の彼を追って店の表へ出る。
彼はいつものように店内にある暖簾を店先へかけ、洸太は看板を定位置まで引っぱって明かりをつけた。
そして白い息を吐きながら、二人でそっと夜空を見上げる。
「今日もちゃんと見ててくれてるね、お月さま」
「ああ」
都会の夜空、少しの星を従えて、月は静かに街を照らしていた。
「中、入るぞ」
「うん」
どうか今日も明日も、みんなが幸せに過ごせますように。
お月さまにそう祈ると、洸太も彼のあとから店へと入った。
END
「なんか疲れた……」
ほんの数時間のあいだにいろいろなことが起きた日だった。落ち着いて考えてみれば、自分は義父に殺されかけた息子ということになるのだろうか。
腑に落ちない点はいくつかある。高瀬がなぜ、そしていつから自分のあとをつけてきていたのか。彼の電話で警察が店に来たのも早すぎる気がするし、なにより彼が高瀬のことを知っていた様子に驚いた。
でもいちばん気になるのは今日の彼の行方だ。澪さんと一緒にいたんじゃないとすると、あの時間までどこでなにをやっていたのだろうか。
そして途中までは完全に彼だと思っていた、彼の兄の存在。
「参事官って呼ばれてた……」
洸太は警察組織のことはよくわからないけれど、紫白さんはその中でもトップクラスの人なんだろう。そしてそんな紫白さんを、澪さんはずっと一途に想い続けていたのだ。
洸太が勝手に、澪さんは彼のことが好きなのだと勘違いしていただけだった。
「でもそんなの、おれにはわからないよ……」
そう、わからない。決別したはずの高瀬が自分のところへ来た理由も、なぜ洸太を連れて逃げようとしたのかも。
「逃げるって、なんで? おれなんか連れてって、どうするつもりだったんだろう」
帰り際、紫白さんが洸太に事情を説明しろと彼に言っていた。だとすると彼は最初からこうなることを知っていたのだろうか。
答えが出ないことを考えても仕方がないと、寝返りを打つ。
「でもかっこよかったなぁ……紫白さん」
双子と間違えるくらい似た顔立ちなのだし、彼だってあんなふうにすれば絶対に見違えるはずだ。スーツを着ろとまでは言わないけれど、せめて髪を切ってヒゲを剃ったら王子様みたいになると思う。絶対に宝のもちぐされだ。
「ほう、俺の寝床で紫白を褒めるとはいい度胸だな」
「わっ!」
背後から急に低い声が聞こえて、びっくりして起き上がってしまった。
「えっと……なにそれ? マサさん、寝巻き姿のサンタクロースになったの?」
畳の上に立っている彼を見上げると、風呂上がりの浴衣を着て、クリーム色の不織布に包まれた大きな荷物を肩に担いでいた。
「その布団、全部片づけてくれ」
「え……」
「枕もな」
「う、うん……」
せっかく敷いたのに片づけろだなんてと思いながら、手早くたたんで押し入れに戻していく。最後に冬物の掛け布団の上に枕を乗せたら、押し入れを閉めて完了だ。
その空いた畳のスペースに、彼は担いでいたものを下ろした。
「なに、これ」
「新しい布団だ」
「ふとん……」
「俺とお前の、新しい寝床セットだ」
とうとう布団を買ったのだ。やっぱりシングルに男二人が寝るというのは無理があったし、この大きさからしてついでに自分の分も新調したのだろう。
そう思って、洸太も一緒に外側の不織布の結び目をほどいた。
「これでゆっくり足伸ばして眠れるぞ。カバーつけるから手伝え」
「やっぱり今まで狭かったんじゃない……って、これ……」
目の前にあるのは彼でもゆったり眠れるタイプの、大きめのダブルサイズの羽毛布団セットだった。さっきまで敷いていたものとは違って、やわらかな肌触りでとても軽い。
「いろいろ迷ったんだがな、竹内の親父さんが洸太のためならって、安くしてくれた。カバーもサービスだ」
「竹内さんって、いつも木曜日に来る布団屋のおじさん?」
「ああ。本当は明日の配達のはずだったんだが、うちにパトカーが止まってたって聞いたらしくて、お前が風呂へ入ってるあいだに心配がてら持ってきてくれたんだ。親父さんは商店街一の洸太のファンだからな」
同じ柄のカバーに入れられた布団とこれまた高級そうな上下の毛布が加わって、年季の入った六畳の和室にはとても不釣合いな立派な寝床が完成した。
「おれ、布団が浮いて見える部屋ってはじめてなんだけど」
彼は洸太の言葉に少し笑うと、布団を包んでいた不織布をたたんで部屋の隅に置き、新しい枕をふたつ並べ終えた洸太を敷き毛布の上へ胡座で座ってから引き寄せてきた。
「うわっ……あぶないよー」
さっき店でいたときみたいに彼の膝に横向きで座らされて、ふたつの大きな腕で洸太の身体を包み込まれる。
「澪が布団を買え買えうるさかったからな。アイツは布団屋の回し者か」
「えっと、たぶん澪さんは『もう一組買え』って意味で言ってたんだと思う」
さっきキスを交わした彼の顔が近くにあって、洸太は居たたまれない気持ちだ。
「だから買っただろう。それがたまたま二人で寝られるだけの広さがあったんだから仕方がない」
彼はニヤリと笑って屁理屈をこねた。
「澪はお前のことをいつも心配している」
「……うん、わかってる。前におれのこと、守ってくれるって言ってたし」
「本当はな、後期の授業が始まったら澪の実家でお前を保護するはずだったんだが、断った」
「なんで……」
「帰りに澪が言ってたことはあたってる。ちいさくて可愛い洸太を、俺が手放したくなかっただけだ」
「おれ……かわいい?」
抱きしめられている彼の寝巻きの腕をギュッと握り締め、少し赤くなった顔を下に向けて、今日のマサさんは変だとつぶやいてみる。
「ああ、洸太は可愛いぞ。でも時々エロい顔するから困ったけどな」
「え、えろ……」
「お前は無意識なんだろうけど、抱いてくれって表情になるときがある。誰にでもじゃないが、俺とか島永さんなんかには特にな」
「おれ、島永さんにもしてた?」
百歩譲って彼にバレていたのは仕方がないとしても、まさか島永さんにまでそんな表情を向けていたとは。
「島永さんは気づいてないと思うがな。おそらく洸太の中では母親よりも父親への思慕が大きく割合を占めるからだろうと、澪の親父さんが言っていた。普通は母親を求めるもんだそうだが、お前の場合は居ないのと同じ状況だったからな」
「澪さんの、お父さんが……」
洸太のつぶやきに、彼はゆっくりと頷いた。
「今日は夕方から澪の親父さんの病院で、お前のことを話してきた。親父さんの病院には心療内科もあるからな」
「心療内科……。おれ、もしかしてカウンセリング、とか受けたほうが……いいのかな」
痩せた身体に、折れそうな細い手足。紫白さんが間違えたように、二十歳の男には見えないと自分でも思う。
「お前がそうしたいなら頼んでおくが、今の洸太の様子ならこのままで大丈夫だろうってことだ。ひとつだけ条件があるがな」
「条件って、なに……」
そう聞いた洸太を、彼は強く抱きしめてきた。
「俺に甘えろ、洸太。お前の本当の父親や母親の身代わりでもなんでもいい、とにかく俺に甘えて、そして俺のそばで笑っていてくれ。初めてお前を見つけた日……店の外で倒れている洸太を見て、一目惚れしちまったんだ」
耳元で低く告白されてから、彼が洸太を抱く腕の力をゆるめる。それから洸太の顎が彼の指に持ち上げられ、端正な顔がゆっくりと近づいてきた。
「うそ……」
疑うくちびるを一度、ついばまれる。それだけでしびれるような快感が、洸太の身体に走った。
「うそじゃない」
「ほん、と……?」
彼はゆっくりと頷く。
「さっき洸太が俺のことを好きだと言ってくれて嬉しかった。絶対にお前を大事にするから、ずっと俺の傍にいてくれ。俺はお前が可愛くて仕方がない。好きなんだ」
ストレートで熱烈な愛の言葉に、洸太の頬が熱くなる。
「おれ……もっ、マサさんがすきっ。大好き……っ!」
「おんなじだな」
「うん……っ」
うれしそうに笑う彼の腕の中に再び閉じ込められ、やさしく髪をなでられた。恥ずかしいけれど、洸太も負けじと頑張って彼の背中に腕をまわす。
「ずっと澪に釘を刺されてた」
「え……」
「ケリがつくまでは絶対に洸太を襲うな、って」
「な、にそれ……」
澪さんってばなんてこと言ってたんだと真っ赤になれば、アイツには最初から全部お見通しだったと告げられた。
「お前がうちに来た事情が事情だけに、洸太に絶対手をつけるな、必要以上に触れるのも禁止、口説くなんてもってのほか、ってな。でも雑魚寝して寝巻きからいろいろと出てるお前に堪えきれなくてな……冬布団に誘ったら意外にも素直に入ってきたから、男として意識されてないのかと思ったが」
まあ顔を見てればお前が俺のことを好きなのはすぐにわかったけどなと言われ、洸太は彼の腕の中でどうしていいかわからなくて、手足をバタバタさせて恥ずかしさから逃れようと頑張ってみる。
「ひとつしかない布団で洸太と一緒に寝てるってバレたとき、澪のやつ怒る怒る。一通り怒った挙句に自分は紫白と朝まで一緒に寝たことないだの、こんな不毛な関係は精算したいだの、俺に言われても仕方のないことを延々と言い出しやがって」
澪さんが居間で泣いていたあの日のことだ。てっきり澪さんは彼に抱かれているのだと、幸せでいいなとうらやんでいたけれど。
「えっと……紫白さんも、ちゃんと澪さんのこと好きだと思うよ」
「そうか?」
「うん。今日ね……おれ、たまたま二人を見たんだ。最初は紫白さんのことマサさんだと思ってたから、ちょっとビックリしちゃったけど、でも二人ともすごく幸せそうだったよ。紫白さんもやさしい顔して笑ってて、澪さんにキスして……ちゃんと恋人に見えた。だから大丈夫だよ」
にっこり笑った洸太に、しかし彼は真剣な眼差しでこう言った。
「いいか、洸太。紫白は信用ならない男だ」
「え。でも、警察のひと……なんだよね」
「そうだが、仕事関係以外でアレの言うことを聞くんじゃない」
「なんで……」
「紫白に騙されるな。澪はもうアイツに捕まっちまったけどな、お前は紫白には関わらんでいい」
「でも、マサさんのお兄さんなんでしょ」
「俺はお前が可愛いから言ってるんだ。まぁお前のことは紫白は元より、澪にだって触れさせたくはないがな」
「澪さんって……あーっ、すっかり忘れてた!」
急に思い出して、彼の膝の上で大きい声を出してしまった。
「おれ、澪さんにクリスマスプレゼントのお返しを買ったんだった! さっき渡せばよかったー」
「洸太」
「ねえマサさん、澪さん次いつ来る? クリスマスまで一週間切っちゃったけど、おれちゃんとプレゼント渡したい……んっ、んーッ」
怖い顔をした彼に、急にくちびるをふさがれた。さっき店でしたような、濃厚な大人のキスだった。
洸太の舌を彼のそれで絡めとられ、やさしく吸われる。それだけで気持ちよくて、洸太は鼻にかかった甘い声を出してしまった。
「んん……っ」
彼のくちづけはその声を聞いて、ますます激しさを増す。
「はっ、んぅ……」
洸太が少し待ってと息を上げると、彼は洸太を強く抱きしめて、自分の身体のとある部分を押しつけてきた。それは洸太の右腿で感じる、彼の固くて熱い欲望だった。
「待てるわけがないだろう、さっきからほかの男のことばかり言いやがって。ここに来るまで四ヶ月も待って、もう俺は限界なんだ。褒美に早く洸太を抱かせろ」
欲望を抑えきれない低く唸るような声と彼の表情がいつも以上に色っぽくて、洸太の心臓はドキドキしっぱなしだ。
「今は俺のことだけ考えろ」
「うん……」
洸太は彼に応えるように、その腕の中でゆっくりと目を閉じた。
部屋の明かりを消した途端、カーテン越しにやわらかな月明かりが降り注いだ。
洸太は新しい布団の敷き毛布の上に寝かされて、覆いかぶさる彼にくちづけの手ほどきを受けている。
たったそれだけで身体がとろけてしまいそうなのに、彼は寝巻きの結び目を手早くほどいて、若くなめらかな洸太の全身を大きな手のひらで確かめていた。
「ん……っ……」
その手は脇腹から胸へと上がり、ふたつのちいさな粒をかすめて再び太腿へと移動する。
「……あっ」
「もっと舌出せ」
「ん……ぅっ……」
なまめかしく舌を絡めあいながらも、彼の手は内腿をやわらかく揉み、そこを二、三度なでられると今度は腰骨あたりをさまよって、愛撫に慣れない洸太を翻弄した。
「は、ぁっ……」
ちゅっといやらしい音を立てて舌を吸われ、長いくちづけからようやく解放されたと思ったら、彼のくちびるはそのまま洸太の首筋をとおって胸の粒へとたどりついた。
「ぁあっ……ンっ」
片方のちいさな粒をやさしく吸われ、ときどき固くした舌で転がしてはまた吸いつかれる。同時にもう片方を指で輪を描くようになでられ、つまんだり押しつぶしたりされると身体の中心に熱が集まって、どうにかなってしまいそうだった。
「も……だめ、マサさ……あっ……」
「まだ始めたばかりだぞ」
「だって、こんなの……おれ、知らな……っ」
その言葉に彼が低く笑うと洸太の粒に息がかかって、それさえ弱い刺激となった。
「まだまだ、こんなもんじゃない。覚悟しろ」
彼はそう言って空いている手で簡単に洸太の下着を脱がせると、胸の粒に吸いつきながらやわらかな弾力のある双丘を揉みしだいた。
やがてくちびるはすでに反応して勃ち上がっている洸太の下腹のほうへと向かい、脇腹やへその周りに所有の証である朱印をつけていく。
「あっ……ダメ、もう、や……だぁ……」
彼にやさしく肌を吸われるたび、ビクビクと身体が反応してしまう。洸太にはそれがとても恥ずかしく思えて、少し涙がにじんだ。
「やめるか、洸太」
薄明かりの月光の中、少し困ったような顔をした彼が洸太にたずねた。
「う……うん、やめるっ……」
「……お前なぁ」
うんうんと頷いて答えた洸太に今度は呆れた顔をしたけれど、洸太の顔までせり上がってくると赤くなった耳を軽くかじった。
「んぁっ……だ、だってっ……すきなひととするの……はじめてなんだもんっ」
「やめたいくせに煽ってどうするんだ」
吐き捨てるように言った彼に噛みつかれるようなキスをされ、それからあとは洸太の泣き言は聞いてもらえなくなった。
「んんーっ」
食べられてしまいそうな激しいキスとその合間に施されるやさしい愛撫に、洸太の思考はもうぐちゃぐちゃだ。奪うようなキスをするのに、触れかたがいちいちやさしいなんて卑怯だと思った。
「寒くないか」
「うん」
寝巻きを脱がされ、広げた敷いたその上にうつ伏せでひっくり返されて、以前より格段にきれいになった背中を晒す。あのときのようにそこへくちづけを落とされても、今夜は嫌だとは思わなかった。
「あの野郎、洸太に傷なんてつけやがって……」
それどころか彼のくちびるに触れられた場所から、次々とくすぐったいような快感が生まれてくる。
「背中……感じるか」
「うん、……ぁっ」
彼の鼻先とくちびるが、背中のあちこちを滑っていく。まるで高瀬によってつけられた傷跡を、すべて消し去るかのように。
「腰、ちょっと上げろ」
うつ伏せのまま腰を高く持ち上げられたので、ようやくひとつになれるのかと思ったけれど、しかしあてがわれたのは彼自身ではなく、やわらかなぬめりを持つ彼の厚みのある舌だった。
「だめっ……マサさん、やだぁ!」
あたたかく湿ったその舌が、キュッと閉じた洸太の菊の花びらを何度もやさしくなぞっていく。続いてノックをするようにつつかれると、秘肛は待ちわびていたかのようにすぐに綻んで、容易く舌の侵入を許した。
「あぁっ、あっ!」
味わうかのように中と外を舐めつくされ、恥ずかしさと気持ちよさでどうにかなってしまいそうだった。それがしばらく続いたあと、ようやく彼の長い指が一本、ゆっくりと奥まで挿しこまれた。
「んー……っ」
うつ伏せて指でかきまわされる行為は高瀬と違って丁寧で、いったんすべて引き抜かれたあと、なにか冷たいものをたっぷりとまとって再び中へ侵入してきた。
「ひぁっ」
きっと潤滑剤なのだろう。一度だけではなく、二度三度とそれをまとった指が狭隘をほぐしていき、そのせいか洸太の内部はずいぶんと拡がって滑りがよくなった。
今は二本に増やされた彼の長い指が、内側で何かを探すのを手助けしているようだ。
「あッ……マサさ……ん、なに……これ……」
「指だ」
「ちが……っ……、あっ……そうじゃなくて……な、なに……使ったの……」
「これか……馬油だ」
「ば……あゆ?」
「便利だぞ。殺菌作用があって火傷やちょっとした傷とかにも使えるし、人間の肌にやさしい。口へ入っても平気だしな」
「ふ……うん……」
さらりと言ってのける知識に彼の恋愛遍歴が垣間見えた気がしたが、そこは自分も人のことは言えない。
グチュグチュといやらしい音を立て、彼の二本の指が左右の襞をこすりながら洸太の内側を徐々に拡張していく。
「……ここ、か」
「あぁーっ!」
彼がそのポイントに軽く力をくわえると、洸太は予期もせぬまま精を吐き出してしまった。そしてそのまま力が抜けて、精の飛んだ寝巻きの上に沈み込んだ。
「悪い、ダイレクトに押しちまった……」
彼は慌てて自分の寝巻きを脱ぐとそれを隣へ敷き、そこへ洸太を仰向けに寝かせてもう一度謝った。
「大丈夫か」
洸太は息が上がったまま笑って頷く。それから上気した自分の顔をのぞき込む彼の首に両手を回し、もういいからとその先を促した。
「でも……いまので力が抜けちゃったから……後ろ向けそうにない……」
「いつも後ろからだったのか……?」
「うん。こんな風にやさしく抱きしめてもらったり、気づかうように触ってもらうのもはじめてだし……やっぱりおれは裕二さんのおもちゃだったんだなって……今ならそう思う」
「……だから、お前はどうして俺の寝床で他の男の名前を言うんだ」
今日の彼はそればかりだ。もしかして、やきもちなのだろうか。そうだったらこんなにうれしいことはないけれど。
「だって……」
「なんだ」
彼はそう言いながら、幾度も洸太の頬や目元にやさしくくちびるを落としてくる。
「ホントに、おれでいいの?」
「お前は嫌なのか」
「ちが……けど。おれ、ふつうに……えっちとか、したことなくて……。どうすればいいのか……わかんないし」
そんな洸太に彼はどこまでも甘い声で、大丈夫だと言ってくれた。
「洸太のいろんな初めてを俺がもらうことにする。キスはもらったから、今度は普通の……恋人同士の時間をもらう」
「こいびと?」
「ああ、恋人だ」
彼はそう言ってから両手で洸太の膝の裏側を押し上げ、内腿に軽くキスを落とすと大きく硬く張りつめた自分の切っ先にも潤滑剤を塗り、洸太の秘肛にあてがった。
少し間を置き、挿れるぞと言われてこくりと頷く。
「う、あっ……」
ずっしりとした質量と硬さで内側に入ってくるそれは、幾度か前後して侵入を試みたあと、やがて洸太の肉の輪をくぐり抜けて中におさまった。
熱を持った彼自身は、高瀬の何倍も大きく感じられる。そんなことを言うとまた怒るのだろうけれど。
「キツくないか」
「うん……だいじょうぶ」
洸太の答えに彼は少し微笑むと、少しずつ腰を引きはじめた。
「……ぁっ……」
彼の切っ先が洸太の内側をゆっくりと前後に行き来するたび、腰の奥のほうから今まで感じたことのない感情が上がってくる。
「痛くないか」
「う、んっ……あっ、あんっ、でも……あっ、な……んか……ヘンっ」
「変……?」
せり上がってくるこれはフィジカルな快感というよりも、メンタルな悦びなのだろうか。
「ああっ、あんっ、だって……すごく、気持ちいいっ……」
彼に抱かれて突き上げられて、身も心も幸せな気持ちでいっぱいになる。
「くそ……っ、可愛いな」
洸太の言葉に彼の腰の律動が少し早くなる。そうするとまた彼に愛されているのだという新たな悦びに、幾度も甘い声を出してしまうのだ。
「こえっ……出ちゃう、の……あっ、恥ずかしっ……」
「それでいい……もっと聞かせてくれ……」
彼は腰の動きを緩めることなく、片手で洸太の前髪をかきあげてくる。
「あっ、やぁん……顔……見ないでっ……」
「どうして」
「おれ……あっ、絶対……ヘン、な顔……してるっ、ああっ、あん、あん……っ」
容赦なく腹側の感じるポイントを笠の部分で擦られ、あまりにも気持ちがよくて彼にしがみつくことしかできないのに、彼は衰えることなく洸太に己を刻み続ける。
「あんっ、マ……サさ……も、だめ……っ、おれ……いっちゃいそ……はっ……ああぁっ」
最初よりも速いペースで突き上げられて、洸太はとうとう弱音を吐いた。
「いいぞ……っ、いつでも好きなときにいけ……っ」
しかしペースを乱さない彼にはそんなことはお構いなしだった。覚悟しろとは言われたけど、それはまさかこういうことだったのか。
「何度でもいかせてやる。お前の今までのセックスを……俺が忘れさせてやるから……ッ」
そう言った途端に打ち込んでくる腰の動きが激しくなって、卑猥な水音と二人の肌がぶつかる音が部屋に大きく響いた。
「あああっ! あっ、あんっ、まって……っ」
快感で薄れていく意識をどうにか飛ばさないよう、洸太を追い上げる彼の腕を掴む。
「なま……えっ」
「名前……?」
「あっ、あんっ、マサさ……っ……なま、え……おし、えて……」
いつものクセというわけでもないけれど、これまではイくときに高瀬の名前しか呼んだことがなかったのだ。それを大好きな彼の名前で塗り替えたかった。
「しょう、で……いい……の……? あッ、あんっ」
彼もその目的を理解したのか少しの沈黙のあと、本当の名前を教えてくれた。
「いや、『しょうはく』だ……」
「しょう……はく?」
「ああ、正しく白いで……正白……ッ」
「しょう……は……あっ、あ、あ、んあ、んっ……」
彼はうれしそうに、そして照れたように笑って洸太の快感をますます追い上げる。
「洸太……呼んでくれるのか……俺の名前……」
「んっ、あっ、すき……すきっ……! しょうは、く……さん……あっ、ああ──っ!」
最後の瞬間洸太は彼にギュッとしがみつき、彼と自分の腹のあいだへ白濁をまき散らした。
「クッ……!」
そのときの締めつけで、彼も精を洸太の中に放ったようだ。誰かの熱い精を受け入れることが、こんなにも幸福なことだとは思わなかった。
それから続けざまに二度も抱かれて、ようやく彼がゆっくりと洸太の中から出ていった。少し淋しいなと思ったけれど、彼は律儀に洸太の後始末をしてくれている。
それが終わると布団に並んできちんと寝て、また両手で抱きしめてくれた。二人とも裸のままだったけれど。
「寒くないか。寝巻き、汚して悪かった」
「うーうん……ありがと……」
洸太が笑って答えると、彼のくちびるが頬に軽く落ちてきた。
立て続けで三回も抱かれたのは初めてだ。でも彼の行為はやさしくて、洸太を慈しんでくれているのがよくわかった。
今なら高瀬の目的が洸太自身というよりも、この身体を弄り回すことだけにあったように思えた。いやらしい手つきで身体を触られたり、舐め回されたり、いろんなオモチャのあとに高瀬自身を突っ込まれたりするのがあたり前だったのだ。最終的には背中にひどい傷をつけられたのだけれど。
想像しただけで悪寒が走る。数ヶ月前まではそれが日常だったはずなのに。
「……っ」
洸太は急に怖くなって彼の身体にしがみついてしまった。
「やっぱり寒いか。……着替えとストーブ持ってくる」
彼がそう言って布団を出ようと起き上がったので、慌ててそれを引き止めた。
「ちがう……」
ぎゅうっと彼の腕に抱きついたら少し驚いていたけれど、もう一度布団に入って、大きな手で洸太の背中をなでてくれた。
「あのね、お布団で言うとマサさん怒るかもしれないけど……」
「何だ」
「なんだか……裕二さんが、怖いと思ったんだ。五年生の頃からずっとそういうことしてきたのに、でも今になって……マサさんとあの人はいろいろ違うってわかったら、怖いのと……気持ち悪い、かな」
「そうか」
「うん……。あんな関係はやっぱりおかしかったんだって……そう思える」
洸太が話しているあいだ、彼の手は洸太の背中と腰のあたりを行き来している。上目で彼の顔をそっと見上げると、やさしい笑顔で洸太を見つめてくれていた。
「あ、お月さま……」
目があって恥ずかしくて、彼の視線を避けるようにカーテン越しに見えた月へ思わずつぶやく。
ツリーの広場でひとりで見た月は冴えた色をしていたのに、今は黄色味を帯びたやさしい色あいになっていた。
「洸太は月が好きなんだってな」
「澪さんに聞いた?」
「ああ」
「……小さいころ、お父さんが話をしてくれたんだ」
布団の中でこちらを向いている彼の腰に腕を回して、胸元に頬をくっつける。月明かりしかない中であまりよく見えないけれど、彼は着やせをするのか筋肉がきちんと乗った大人の男の身体をしていた。
彼の片手は意図を持って洸太のあちこちの肌をさまよっているけれど、心地がいいのでなにも言わないでおく。
「お月さまはね、ずっとみんなのことを見てるんだよ。お天道さまは昼間、誰かが悪いことしてないかって見張ってるんだけど、お月さまはみんなが暗い夜道で迷ってないか……淋しくないかって、心配してそばにいてくれるんだって」
「そばに……」
「うん。月を見上げて歩くと、自分について来てるように思うでしょう? それが不思議で、お父さんに聞いたんだ。そうしたら『月はやさしいから、洸太をずっとそばで見守ってくれているんだよ』って。それからおれ、月がいちばん好きになったんだ」
淋しかった日も、あの渡り廊下で月を見た。あまり人には言えないけれど、お父さんが死んだあとは廊下に寝具を持ち込んで、朝まで過ごしたことが幾度もある。
「おれはずっと……お月さまみたいな人を探してたのかもしれない」
ずっと一緒にいてくれる、やさしい存在を。
「あのね、マサさんが……おれのお月さまになってくれると……うれしいかなって」
ものすごく照れくさいことを言ってしまったけれど、思い切って顔を上げれば彼は真剣な顔でこちらを見ていた。
「だめ……?」
彼の大きく見開かれた目、真一文字に結ばれた口元。これはきっといけないことを言ったのだろうと思って訂正しようとしたそのとき、予想もしない言葉が彼から飛び出した。
「洸太……お前、プロポーズまで俺より先にするんじぇねえよ!」
「ええっ!」
「俺のことが好きだとか先に言われただけで悔しいのに、まさかその日のうちにプロポーズまでされるとはな」
お前って意外と男前なんだなとか、わけのわからないことを言われて、洸太はうろたえるばかりだ。
「まあどうせ嫁に貰うつもりでいたから返事はOKだ。言っとくが三十路半ばのオッサンの嫉妬は激しいからな。大学で浮気なんかしたら許さんぞ」
ぎゅうっと抱きしめられて、顔中にキスが降ってくる。
「マサさんこそ、どっかの女の人が泣いてるんじゃないの」
「洸太が泣かないですむなら仕方がない」
「うわー、性格わるーい」
「莫迦言うな、こんなにいいヤツは他にいないぞ」
「……うん、ありがと……マサさん」
お返しに洸太も彼をギュッと抱きしめて、もう一度「大好き」と囁いた。
窓の外にはやさしく月が輝いている。でも洸太のやさしい月は、隣にいるこの人だ。
ふたつの月に見守られながら、洸太はいつしか深い眠りについた。
長い取り調べを終え、高瀬が複数の罪で起訴されたと聞いたのは、寒さが一段と厳しい二月に入ってからだった。
「君は高瀬を訴えなくて、本当によかったのかな。君のお母さんとは離婚したし、もう義理の父親でもないんだよ」
彼の作るご飯の匂いがする開店前のカウンターに座って、洸太はその言葉に頷いた。
「おれにとってはお父さんの代わりだった人だし……お世話にもなったから」
「君の場合は関係が数年に渡っているから、被害も一番大きいんだよ」
「いいんです。おれも……裕二さんのこと利用したみたいで、悪かったと思ってるし」
「そうか……」
隣に座って穏やかに話すのは、彼の兄の紫白さんだ。実は洸太が『正』に担ぎ込まれたとき、この兄にも彼はすぐに連絡を入れたそうだ。
家出人なのか事件に巻き込まれたか。身元を確かめるために兄へ連絡を入れ、紫白さんは参事官であるその権限を使って洸太のことを調べたらしい。
結果、ちょうど所属する部内に高瀬を追う課があったらしく、その関係で洸太を『正』に引き止めるよう彼へ伝えたのだそうだ。
澪さんは彼と紫白さんとの連絡役だったようで、洸太の様子も気になるし、できるだけ店に話をしに来ていたらしい。
ちなみに紫白さんは警視正といって、大規模警察の署長さんたちと同じ階級になるらしい。でも参事官というのは指揮命令範囲が警察署長よりも広範囲で、署長や課長を経験してからなるもの……? なのだそうだ。
「おれ以外にもたくさんの子供に手を出してたなんて、考えもしませんでした……」
高瀬は自分の勤務していた塾の子供たちに、性的関係を強要していたようだ。何年もバレずにうまくやっていたそうだが、その過信からか塾の内部で変な噂が立つようになったらしい。ちょうど洸太が高瀬から逃げ出す直前だそうだ。
「学習塾なら黙っていても子供が入ってくるからね。そういう趣味の男には天国だったんだろう」
様子がおかしいと思った親が子供から性的行為のことを聞き出し、警察へ駆け込んできたのがその発端になったという。
「同じ子供と二度の接触はしない、それが高瀬のポリシーだったようだ。しかし洸太くんとの一件で変な自信がついたみたいでね。近年は男女問わず数人の子供をターゲットにしていて、君と同じように育ててみたかったそうだよ」
「高瀬の野郎……ふざけんなッ」
それを聞いてカウンターの中の彼が悪態をつく。
「ポリシーに反した挙句結局それはうまくいかなくて、洸太くんを傷つけてしまった。警察にマークされているとわかったとき、君のことが真っ先に頭に浮かんだそうだ。君なら何があっても自分を受け入れてくれる、と高瀬は思ったらしい」
相変わらず紫白さんの美貌は凄まじくて、まともに顔を見ていられない。以前は確かにそれだけだったけれど、最近は別の理由もあったりするのだ。
「こんばんはー! 外寒ぅ~い、天気予報で明日は雪って言ってたよ!」
明るい声で入ってきたのは仕事帰りの澪さんだった。
「お帰り。今日は早いな」
澪さんがコートを脱いで早足で紫白さんの隣に座るのを確認してから、彼がおしぼりを手渡す。
澪さんはそれを広げて手を拭くと、頬にもあてて暖をとった。
「紫白先輩からここに来いって連絡もらったから。今日は医務院で解剖当番だったから滞りなく帰宅できました」
「お前ら……いや、まあいい」
「あ! しょうさんがヒゲ剃ってるー!」
そうなのだ。最近彼は洸太の元へ度々訪れる紫白さんに対抗してか、無精ヒゲを剃るようになったのだ。それも洸太が紫白さんのことを、毎回褒めるのが気に入らないのだとは思うけれど。
「ねえねえしょうさん、ちょっと前髪上げてみて」
澪さんはきらきらと瞳を輝かせて彼にそう言うと、「こうか」と言って髪をかきあげた彼に黄色い声をあげた。
「いや~ん、紫白先輩にソックリー!」
澪さんの言うように二人は本当にそっくりで、洸太は紫白さんを見るとヒゲを剃った彼を連想し、澪さんは彼を見て紫白さんを連想する。
「お前な、本物が横にいるだろうが。……洸太、そろそろ店開けるぞ」
「あ、うん」
なんだか疲れた様子の彼を追って店の表へ出る。
彼はいつものように店内にある暖簾を店先へかけ、洸太は看板を定位置まで引っぱって明かりをつけた。
そして白い息を吐きながら、二人でそっと夜空を見上げる。
「今日もちゃんと見ててくれてるね、お月さま」
「ああ」
都会の夜空、少しの星を従えて、月は静かに街を照らしていた。
「中、入るぞ」
「うん」
どうか今日も明日も、みんなが幸せに過ごせますように。
お月さまにそう祈ると、洸太も彼のあとから店へと入った。
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