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片桐享二のやるせない一日
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年末年始。それはとても魅惑的な響きだ。
今日は仕事が年内最終の十二月二十八日。私は午後から休暇に入る予定で、可愛い恋人と一週間ばかりを過ごす約束をしていた。
──我ながら浮かれているな。
ホテルのカフェラウンジで優雅に朝のコーヒーを飲み干し、腕時計を確認する。まだ時間はあるので、もう一度部屋に戻ってから恋人にモーニングコールをしてみようかと席を立った。
「おはようございます、片桐様」
「おはようございます、志田さん」
廊下ですれ違った老年のジェネラルマネージャーと、爽やかに朝の挨拶を交わす。今日もいい一日になりそうだ。
そのとき。
携帯電話が恋人の名前を映し出し、小刻みに震えた。
──なんていいタイミングなんだ。
仲間内からはツンデレの女王様などと言われているが、私の腕の中で子猫のように眠って朝を迎える恋人を思い出し、愛しさを隠しきれずに極上の笑顔で通話ボタンをタップする。
「はい、片桐です」
「あ……享二、いまどこ? もしかして『Swallow』にいる?」
恋人の少し掠れた声が聞こえてきた。深夜まで仕事だったのだろう。
カフェバー『Black sheep』の店主である恋人、香原唯は非常に酒好きだったが、そろそろ身体のことを考えて量を減らすように言わねばならない。恋人の健康管理も私に課せられた任務だ。
「おはよう、唯。さすがだな。『Swallow』であっているよ」
普段は私のことより三つ年下の従弟ばかりを優先しているが、やはり私は彼に愛されているのだ。
「だって享二の定宿でしょ。それより今日って午前で終わりだよね、仕事」
「もちろん、そのつもりだ。午後から迎えに行くよ。唯の行きたい場……」
「いま松川から電話があってさ、伝言頼まれた。昼から『Swallow』のいちばん大きいスイートルーム押さえたから、享二にそこで待ってて欲しいんだって。なんか沖とシュウちゃんからの頼まれごとみたいでね、ホテルに若い衆を何人か連れていくから一肌脱げって言ってたよ。説明はそのときにするからって」
「ええと、唯……」
「じゃあ、伝えたからね」
「ちょっと待て……! 俺との約束は……っ?」
しばらく間をおいて、恋人から返答があった。
「……ちーと一緒に買い物へ行きたいし、僕のことは気にしなくていいよ。じゃあね」
ブチッ。ツーツーツー……。
言いたいことだけ言って通話が途切れた。
──気にしなくていいんじゃない。気にしてくれ、俺を……。
私の恋人が電話を切る早さは、おそらく世界一である。
あれから約半日。
気がつけば宿泊していたホテルのスイートルームで友人とその恋人の初めての房事を強制的に聞かされ、チンピラヤクザとガキの股間を監視するという損な役回りを引き受けていた。
「なんかずっと『沖さん』って聞こえるんですけど……」
律くんの遠縁だとかいう石川弘樹が、赤い顔で私に質問してくる。
「ああ、さっき彼が呼んでいた名前ですね。若がわざと呼ばせて楽しんでいるんでしょう。好きな人を想像させて寝取るというシチュエーションに、最近ハマっているんですよ。とても興奮するみたいです」
もちろんそんなわけはないが、恋人との時間を邪魔された腹いせに、松川組若頭の変態度をこれでもかと上げておく。
車の中で弘樹に伝えた『初物好き』というのも律くんを守るための方便だったのだが、松川組の舎弟たちの前で断言したので彼らの中では若頭の新しい事実とされることだろう。
こうして松川惟久馬の都市伝説は世間へ広まっていくのである。
「そ、そうなのか……。えれえ高度なプレイだな」
林田も弘樹と同じく顔を赤くして、主寝室の隣部屋のソファセットに行儀よく並んで座っていた。
ここは面接会場か、と突っ込みたいが黙っておくことにする。
二人は私が向かいのソファに座ってから、一歩も動いていなかった。
コイツらはここで寝室の二人の痴態を聞いているだけで満足なのだろうか。もうすぐ地獄に堕とされるとも知らずに、滑稽なことだ。
寝室からは律くんの艶やかな嬌声が頻繁に聞こえてくるようになった。初めての交わりを外野が聞いているとも知らずに可哀相な気もするが、本人たちはそれどころではないだろう。
気がつけばもう十九時を回っていた。
腹が減ったので、テーブルに運ばれてきた豪勢な食事をひとりで堪能する。目の前の二人がニヤついた顔でこちらを窺ってくるが、お構いなしだ。
──お前らも腹が減っているなら食うといい。この状況下で俺と張りあえる精神力があるのならな。
何度も射精を繰り返す律くんの身体が心配だったが、まだ十代なら大丈夫だろう。あの頃は私も同い年の恋人と夜通し身体を繋いだものだ。
──さすがに若かったな……。
遠い目をして黙々と食事をする私の耳に、ひときわ艶やかな喘ぎ声が聞こえてきた。
「お、おい……。さっきから……い、挿れて……とか言ってたし、もしかしたら突っ込まれてイッちゃったんじゃねえか?」
林田が下卑た笑いで隣の弘樹に話しかけると、弘樹はウッと鼻を押さえて上を向いた。
──鼻血か。
やさしい私はカトラリーに巻かれていた紙ナプキンを、そっと弘樹に差し出してやった。
「挿入はこれからだと思いますが」
「なっ、なんでわかるんですかっ……片桐さん」
弘樹が興奮しながら紙ナプキンで必死に鼻血を押さえている。いまからそんなことでどうするのだ。
「経験上ですが」
「けっ、経験……が……あ、あるんですか……っ、お、男同士のっ……」
素っ頓狂な声で林田に聞かれ、鷹揚に頷く。
──俺を誰だと思っているんだ。あの学園一の美貌と謳われた香原唯を落とした男なんだぞ。
若かりし日々を思い出しひとり悦に入っていると、弘樹が尊敬の眼差しで私を見つめた。
「すげー……。ヤクザの幹部ってみんな男を抱いてるんですね。羨ましい……。俺なんてどうしても上手く突っ込めなくて……」
私はヤクザではなく弁護士なのだが、この二人相手では訂正する気も失せるというものだ。
「……きちんと下準備をして、やわらかくなるまで拡げてから挿れていますか」
女と違って準備に時間はかかるが、それはお互いにとって必要なことなのだ。それさえできないようなら男同士で愛しあう資格はない。
「準備はしてるというか……経験豊富なやつが相手でも、なんか入っていかないというか……」
モニョモニョと言葉を濁す弘樹に鷹揚に頷いてやり、その先の言葉を促す。
「中折れっていうか……、あれ? そもそも挿れてないから中折れって言わないのか? と、とにかく入らなくて……」
──それはお前のお前がフニャフニャなんだろう……。
狭い入口を愛するという男同士の秘め事には、硬度は確実に必要だ。
「いい手順とか、方法があったら俺に伝授してください! タチ側の経験者に話が聞けるなんて滅多にないですから! お願いしますっ!」
テクニックよりもまず病院へ行ったほうがいいと思うが、あいにく私は弘樹の身体に興味がない。だから少しだけ自身の経験を交えて、一般的なアナルセックスのやりかたを教えてやった。
「……ですので相手の性器もそうですが、自慰行為をするときはやさしく握ったほうがいいですよ。殻をむいたゆで卵を扱う感じです」
私の経験談にも興奮したのか、弘樹の股間がフニャフニャなりに緊急事態を告げていた。だから私は二人に宣言しなければならなかった。
「とにかく何事もゆっくりと進めることです。ほぐすときも、挿れるときも、握るときも。……ところでお二方はすでに勃起されていますが、どうされますか」
食事を終えカトラリーを置いて正面を向けば、二人同時に股間を押さえた。
「どっ、どうとは……?」
こちらを向いた弘樹の顔は鼻血まみれだ。
「勃ってしまった以上、お二人の望むものは支払えません。ですが、若があの彼のことを甚く気に入りましてね。明日から大晦日までの三日間、若と彼はこのまま寝室に籠もることになっています。そこで私からの提案なんですが、お礼としてお二人にもこのまま付き合っていただけないかと」
「こっ、このままここで、聞いてていいってことですか……っ」
弘樹の目が爛々と輝き、林田の鼻の穴がますます膨らんで息が荒くなる。
「ええ。誰かに見られたり聞かれたりすると非常に興奮するんですよ、うちの若。ベッドだけじゃなく部屋のあちこちで盛る人ですから、そのうちドア付近でもヤると思うんです。決して寝室を覗かないと約束してくださるなら、食事も風呂も睡眠も、このスイートルームで自由にしていただいて構わないのですが」
二人は私の言葉に顔を見合わせ、視線でお互いの様子を窺っていたが、やがてコクリと同時に頷いた。
「いやあ、悪いねぇ……こんないい声ナマで聞けて興奮しちまった上に、じ、自由にって……」
──このチンピラ、女好きだと聞いていたが……男に宗旨変えするかもしれないな。次があれば、だが。
「では、これで私はお暇しますので、どうぞごゆっくり。若は絶倫ですから、お二人の睡眠時間が足りなくなるのではと少々心配ですが……私からこれを」
律くんの喘ぎ声が響く中、二人の股間と精神力がいつまで持つかはわからないが、保湿ティシュー数箱とゴミ袋、そしてケースに入った栄養ドリンクを置き土産に、私はようやくソファから腰を上げた。
それを見て同じ部屋に居た松川組の男が私に頭を下げ、代わりにソファへ腰掛ける。
そのとき、律くんの甘い善がり声が続け様に聞こえてきた。
──ようやく挿れたか。
二人に言ったことは嘘ではない。沖は三日三晩、律くんを抱き続けるだろう。
それは私にも松川にも言えることだ。愛しい恋人を前にして、それができないわけがないのだ。
ただ、限度を超えると恋人に辟易されるのが難点だった。
いつでもこの腕に閉じ込めておきたいのに、しつこすぎると言ってお預けをくらってしまう。犬でもないのにハウスと命令され、酷いときにはひと月もその魅惑的な肢体に触らせてもらえないこともあった。
──アホらしい……。
私はなにに巻き込まれてこんなところにいたのだろうか。今日から恋人と甘い日々を過ごすはずだったのに。
「帰ります」
スイートルームの入口に立つ知った顔へ挨拶をすると、若頭補佐である年上の彼は私に向かって丁寧に一礼をした。
「松の内まではここを借り上げますので、若からそちらへ連絡がいくと思います。それぞれ恋人を連れて新年会をしようと仰っていました」
「わかりました。……沖と律くんをよろしくお願いします」
私は息をひとつ吐いて若頭補佐へ頭を下げ、スイートルームから廊下へと足を踏み出した。
沖には年末までと伝えているはずだから、新年からは松川と雪下が使うのだろう。ベッドメイキングの仕事も大変だ。
二十時。
ホテルの駐車場に停めていた愛車に乗り込み、携帯電話を取り出す。恋人に電話をしようか暫し考えていると、タイミングよく画面に通知が届いた。
アプリを開くと「僕の彼氏たち」というメッセージのあと、三人で並んでクレープを食べている写真があった。
私の恋人を真ん中に、写真の左側が恋人の従弟の松橋千尋、そして右側がその従弟の彼氏、安井健吾だ。
──そういえば買い物に行くと言っていたな。今夜は俺に邪魔をするなということか。
淋しく思いつつ、それでも楽しそうに笑う恋人の顔を見つめる。それだけで私の心は癒やされるのだ。
しばらく画面から目を離せずにいたが、観念してエンジンをかける。
携帯電話をスーツの内ポケットにしまおうとしたとき、再び通知が届いた。
ワインボトルとグラスが二つ並んだ写真、そして「早く来て」というメッセージ。
世界でいちばん可愛い自慢の恋人に一秒でも早く逢いたくて、私はアクセルを踏み込んだ。
END
今日は仕事が年内最終の十二月二十八日。私は午後から休暇に入る予定で、可愛い恋人と一週間ばかりを過ごす約束をしていた。
──我ながら浮かれているな。
ホテルのカフェラウンジで優雅に朝のコーヒーを飲み干し、腕時計を確認する。まだ時間はあるので、もう一度部屋に戻ってから恋人にモーニングコールをしてみようかと席を立った。
「おはようございます、片桐様」
「おはようございます、志田さん」
廊下ですれ違った老年のジェネラルマネージャーと、爽やかに朝の挨拶を交わす。今日もいい一日になりそうだ。
そのとき。
携帯電話が恋人の名前を映し出し、小刻みに震えた。
──なんていいタイミングなんだ。
仲間内からはツンデレの女王様などと言われているが、私の腕の中で子猫のように眠って朝を迎える恋人を思い出し、愛しさを隠しきれずに極上の笑顔で通話ボタンをタップする。
「はい、片桐です」
「あ……享二、いまどこ? もしかして『Swallow』にいる?」
恋人の少し掠れた声が聞こえてきた。深夜まで仕事だったのだろう。
カフェバー『Black sheep』の店主である恋人、香原唯は非常に酒好きだったが、そろそろ身体のことを考えて量を減らすように言わねばならない。恋人の健康管理も私に課せられた任務だ。
「おはよう、唯。さすがだな。『Swallow』であっているよ」
普段は私のことより三つ年下の従弟ばかりを優先しているが、やはり私は彼に愛されているのだ。
「だって享二の定宿でしょ。それより今日って午前で終わりだよね、仕事」
「もちろん、そのつもりだ。午後から迎えに行くよ。唯の行きたい場……」
「いま松川から電話があってさ、伝言頼まれた。昼から『Swallow』のいちばん大きいスイートルーム押さえたから、享二にそこで待ってて欲しいんだって。なんか沖とシュウちゃんからの頼まれごとみたいでね、ホテルに若い衆を何人か連れていくから一肌脱げって言ってたよ。説明はそのときにするからって」
「ええと、唯……」
「じゃあ、伝えたからね」
「ちょっと待て……! 俺との約束は……っ?」
しばらく間をおいて、恋人から返答があった。
「……ちーと一緒に買い物へ行きたいし、僕のことは気にしなくていいよ。じゃあね」
ブチッ。ツーツーツー……。
言いたいことだけ言って通話が途切れた。
──気にしなくていいんじゃない。気にしてくれ、俺を……。
私の恋人が電話を切る早さは、おそらく世界一である。
あれから約半日。
気がつけば宿泊していたホテルのスイートルームで友人とその恋人の初めての房事を強制的に聞かされ、チンピラヤクザとガキの股間を監視するという損な役回りを引き受けていた。
「なんかずっと『沖さん』って聞こえるんですけど……」
律くんの遠縁だとかいう石川弘樹が、赤い顔で私に質問してくる。
「ああ、さっき彼が呼んでいた名前ですね。若がわざと呼ばせて楽しんでいるんでしょう。好きな人を想像させて寝取るというシチュエーションに、最近ハマっているんですよ。とても興奮するみたいです」
もちろんそんなわけはないが、恋人との時間を邪魔された腹いせに、松川組若頭の変態度をこれでもかと上げておく。
車の中で弘樹に伝えた『初物好き』というのも律くんを守るための方便だったのだが、松川組の舎弟たちの前で断言したので彼らの中では若頭の新しい事実とされることだろう。
こうして松川惟久馬の都市伝説は世間へ広まっていくのである。
「そ、そうなのか……。えれえ高度なプレイだな」
林田も弘樹と同じく顔を赤くして、主寝室の隣部屋のソファセットに行儀よく並んで座っていた。
ここは面接会場か、と突っ込みたいが黙っておくことにする。
二人は私が向かいのソファに座ってから、一歩も動いていなかった。
コイツらはここで寝室の二人の痴態を聞いているだけで満足なのだろうか。もうすぐ地獄に堕とされるとも知らずに、滑稽なことだ。
寝室からは律くんの艶やかな嬌声が頻繁に聞こえてくるようになった。初めての交わりを外野が聞いているとも知らずに可哀相な気もするが、本人たちはそれどころではないだろう。
気がつけばもう十九時を回っていた。
腹が減ったので、テーブルに運ばれてきた豪勢な食事をひとりで堪能する。目の前の二人がニヤついた顔でこちらを窺ってくるが、お構いなしだ。
──お前らも腹が減っているなら食うといい。この状況下で俺と張りあえる精神力があるのならな。
何度も射精を繰り返す律くんの身体が心配だったが、まだ十代なら大丈夫だろう。あの頃は私も同い年の恋人と夜通し身体を繋いだものだ。
──さすがに若かったな……。
遠い目をして黙々と食事をする私の耳に、ひときわ艶やかな喘ぎ声が聞こえてきた。
「お、おい……。さっきから……い、挿れて……とか言ってたし、もしかしたら突っ込まれてイッちゃったんじゃねえか?」
林田が下卑た笑いで隣の弘樹に話しかけると、弘樹はウッと鼻を押さえて上を向いた。
──鼻血か。
やさしい私はカトラリーに巻かれていた紙ナプキンを、そっと弘樹に差し出してやった。
「挿入はこれからだと思いますが」
「なっ、なんでわかるんですかっ……片桐さん」
弘樹が興奮しながら紙ナプキンで必死に鼻血を押さえている。いまからそんなことでどうするのだ。
「経験上ですが」
「けっ、経験……が……あ、あるんですか……っ、お、男同士のっ……」
素っ頓狂な声で林田に聞かれ、鷹揚に頷く。
──俺を誰だと思っているんだ。あの学園一の美貌と謳われた香原唯を落とした男なんだぞ。
若かりし日々を思い出しひとり悦に入っていると、弘樹が尊敬の眼差しで私を見つめた。
「すげー……。ヤクザの幹部ってみんな男を抱いてるんですね。羨ましい……。俺なんてどうしても上手く突っ込めなくて……」
私はヤクザではなく弁護士なのだが、この二人相手では訂正する気も失せるというものだ。
「……きちんと下準備をして、やわらかくなるまで拡げてから挿れていますか」
女と違って準備に時間はかかるが、それはお互いにとって必要なことなのだ。それさえできないようなら男同士で愛しあう資格はない。
「準備はしてるというか……経験豊富なやつが相手でも、なんか入っていかないというか……」
モニョモニョと言葉を濁す弘樹に鷹揚に頷いてやり、その先の言葉を促す。
「中折れっていうか……、あれ? そもそも挿れてないから中折れって言わないのか? と、とにかく入らなくて……」
──それはお前のお前がフニャフニャなんだろう……。
狭い入口を愛するという男同士の秘め事には、硬度は確実に必要だ。
「いい手順とか、方法があったら俺に伝授してください! タチ側の経験者に話が聞けるなんて滅多にないですから! お願いしますっ!」
テクニックよりもまず病院へ行ったほうがいいと思うが、あいにく私は弘樹の身体に興味がない。だから少しだけ自身の経験を交えて、一般的なアナルセックスのやりかたを教えてやった。
「……ですので相手の性器もそうですが、自慰行為をするときはやさしく握ったほうがいいですよ。殻をむいたゆで卵を扱う感じです」
私の経験談にも興奮したのか、弘樹の股間がフニャフニャなりに緊急事態を告げていた。だから私は二人に宣言しなければならなかった。
「とにかく何事もゆっくりと進めることです。ほぐすときも、挿れるときも、握るときも。……ところでお二方はすでに勃起されていますが、どうされますか」
食事を終えカトラリーを置いて正面を向けば、二人同時に股間を押さえた。
「どっ、どうとは……?」
こちらを向いた弘樹の顔は鼻血まみれだ。
「勃ってしまった以上、お二人の望むものは支払えません。ですが、若があの彼のことを甚く気に入りましてね。明日から大晦日までの三日間、若と彼はこのまま寝室に籠もることになっています。そこで私からの提案なんですが、お礼としてお二人にもこのまま付き合っていただけないかと」
「こっ、このままここで、聞いてていいってことですか……っ」
弘樹の目が爛々と輝き、林田の鼻の穴がますます膨らんで息が荒くなる。
「ええ。誰かに見られたり聞かれたりすると非常に興奮するんですよ、うちの若。ベッドだけじゃなく部屋のあちこちで盛る人ですから、そのうちドア付近でもヤると思うんです。決して寝室を覗かないと約束してくださるなら、食事も風呂も睡眠も、このスイートルームで自由にしていただいて構わないのですが」
二人は私の言葉に顔を見合わせ、視線でお互いの様子を窺っていたが、やがてコクリと同時に頷いた。
「いやあ、悪いねぇ……こんないい声ナマで聞けて興奮しちまった上に、じ、自由にって……」
──このチンピラ、女好きだと聞いていたが……男に宗旨変えするかもしれないな。次があれば、だが。
「では、これで私はお暇しますので、どうぞごゆっくり。若は絶倫ですから、お二人の睡眠時間が足りなくなるのではと少々心配ですが……私からこれを」
律くんの喘ぎ声が響く中、二人の股間と精神力がいつまで持つかはわからないが、保湿ティシュー数箱とゴミ袋、そしてケースに入った栄養ドリンクを置き土産に、私はようやくソファから腰を上げた。
それを見て同じ部屋に居た松川組の男が私に頭を下げ、代わりにソファへ腰掛ける。
そのとき、律くんの甘い善がり声が続け様に聞こえてきた。
──ようやく挿れたか。
二人に言ったことは嘘ではない。沖は三日三晩、律くんを抱き続けるだろう。
それは私にも松川にも言えることだ。愛しい恋人を前にして、それができないわけがないのだ。
ただ、限度を超えると恋人に辟易されるのが難点だった。
いつでもこの腕に閉じ込めておきたいのに、しつこすぎると言ってお預けをくらってしまう。犬でもないのにハウスと命令され、酷いときにはひと月もその魅惑的な肢体に触らせてもらえないこともあった。
──アホらしい……。
私はなにに巻き込まれてこんなところにいたのだろうか。今日から恋人と甘い日々を過ごすはずだったのに。
「帰ります」
スイートルームの入口に立つ知った顔へ挨拶をすると、若頭補佐である年上の彼は私に向かって丁寧に一礼をした。
「松の内まではここを借り上げますので、若からそちらへ連絡がいくと思います。それぞれ恋人を連れて新年会をしようと仰っていました」
「わかりました。……沖と律くんをよろしくお願いします」
私は息をひとつ吐いて若頭補佐へ頭を下げ、スイートルームから廊下へと足を踏み出した。
沖には年末までと伝えているはずだから、新年からは松川と雪下が使うのだろう。ベッドメイキングの仕事も大変だ。
二十時。
ホテルの駐車場に停めていた愛車に乗り込み、携帯電話を取り出す。恋人に電話をしようか暫し考えていると、タイミングよく画面に通知が届いた。
アプリを開くと「僕の彼氏たち」というメッセージのあと、三人で並んでクレープを食べている写真があった。
私の恋人を真ん中に、写真の左側が恋人の従弟の松橋千尋、そして右側がその従弟の彼氏、安井健吾だ。
──そういえば買い物に行くと言っていたな。今夜は俺に邪魔をするなということか。
淋しく思いつつ、それでも楽しそうに笑う恋人の顔を見つめる。それだけで私の心は癒やされるのだ。
しばらく画面から目を離せずにいたが、観念してエンジンをかける。
携帯電話をスーツの内ポケットにしまおうとしたとき、再び通知が届いた。
ワインボトルとグラスが二つ並んだ写真、そして「早く来て」というメッセージ。
世界でいちばん可愛い自慢の恋人に一秒でも早く逢いたくて、私はアクセルを踏み込んだ。
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