夜と初恋

残月

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 年の瀬が近づくと、街はきらびやかなイルミネーションをまとってキラキラと輝く。
 飾りつけされたツリーの緑、サンタクロースの服の赤、陽を浴びて光るステンドグラスの七色、空から舞い降りる雪の純白。
 電飾を施された街路樹や店のウインドウを飾る豊かな色彩が、普段は灰色の街を賑やかに色づかせる。
 あと十日でクリスマス本番だ。幼い頃は家族や友達との楽しい時間がずっと続けばいいと願ったけれど、いまの自分には必要のないものだとちゃんと理解している。
 律が十二月初日に沖の住むマンションへとやってきてから、二週間が経った。
 このマンションの最上階には沖の家しかなく、部屋数は使用されていない場所を含めて五つあった。どの部屋もちょっとしたホールのように広かったし、置いてある家具も落ち着いた色合いでどっしりと安定感のある大型のものが多く、そのどれもが高級品だと律にもわかった。
 応接間を兼ねたリビングとダイニングキッチンは、あわせると四十帖以上にもなる。何より驚いたのが、玄関にある靴だけを収納するスペースが六帖もあることだった。靴を入れる場所だけで律の住んでいるアパートと変わらない広さで、表情には出なかっただろうけれど唖然とするしかなかった。
 沖は「自分の家だと思え」と言って律を自由にさせてくれているが、あまりの広さに萎縮して、普段はリビングのカウチソファで沖に借りた本を大人しく読んでいる。
 すべてのソファにはライトブラウンのムートンが着せかけてあり、ふわふわとして暖かく居心地が良かったし、少し寒いけれど洗濯物を干しに広々としたルーフバルコニーへ出るのも、気持ちが良くて好きだった。
「準備はできたか」
「……はい」
「見せてみろ」
 その声に促され、律ならここで住めるのではないかと思うほど広い大容量のウォークスルークローゼットの姿見の前から、隣に立つ沖へと身体の向きを変えた。
 前方からスッと大きな手が伸びてくると律のネクタイが整えられ、深い蒼色の石がついたピンをつけてくれる。それはさっきつけた袖口のカフリンクスと揃いのものだった。
 ネクタイも、律の身体にあわせて作られたグレーのスーツも、指で触れただけで上質のものだとわかる生地でできている。
「じゃあ行くぞ」
「今日はどこへ……」
「S区のフレンチレストランだ。そこそこ有名な店だが、気後れする必要はない。個室だからな」
 ここ三日ほどは沖の都合で夕食は外でばかりだ。そして沖は行く店にあわせて、律のスーツやネクタイ、それに見合った靴や小物を新調してくれる。
 沖の部屋にきてからすぐ、沖が懇意にしているというテーラーに連れて行かれた。そこで品の良い老紳士に全身を採寸され、好みの生地やボタンなどを聞かれたのだが、まったくわからないので沖に丸投げをしてしまった。それなのに沖はいやな顔ひとつせず、楽しそうに職人と一緒になって律に似合うものを選んでくれた。
 律は手足のバランスがとても良く、背筋もきちんと伸びているので、ちゃんとしたもので着飾れば当然のごとく見栄えがいいのだそうだ。
「これもイージーオーダーだが、急がせたにしてはいい仕上がりだな。あと何着かオーダーしてあるから、仕上がってきたら着て見せてくれ」
 沖はいまもそう言ってスーツを着た律を見ながら、ひとり悦に入っていた。
 一級のセキュリティで守られたマンションの最上階に住み、名の知れた高級車で有名なレストランへと乗りつける。最初はわからなかったが、沖という男は『極上』という枠に分類される人間だった。
 沖がなんの仕事をしているのか律は知らない。一日中家の中にいるときもあるし、そうかと思えばこうやって外出続きの日もある。
 ただひとつわかったことは沖には友人や知人が多く、その交友関係が律には考えられないほど幅広いということだった。
 その友人のひとりである雪下が言うには、沖はとても面倒見がいいらしい。「オレが保証するから安心してついていけばいいよ」と、ここへくるときに言われた。
 レストランで出された料理はどれも見た目が華やかで美しく、そして律が食べたことのない味がした。おそらくこれが美味というやつなのだろう。
「フレンチは口にあわないか」
 手元が止まっていると、向かいに座る沖がそう声をかけてきた。
「……いえ、美味しいです」
 初めて食べるのだとは言えなかった。だって沖にはこれがあたり前なのだ。律の人生にはまったく縁のない、きらびやかな世界が。
「あの……」
 カトラリーを事前に習った通り皿の上に置いて、正面の沖を見つめる。
「なんだ」
 沖も同じようにハの字型にカトラリーを置くと、料理から律へと視線を向けた。不思議と沖の視線は、律にとって最初から安心できた。
 雪下の店で初めて沖を見たとき、大柄な体躯とその視線の強さに尻込みしそうだったけれど、律を見つめる表情はやさしいものだった。その表情の奥をもっと知りたくなって、ほろ苦いコーヒー色をした瞳を見つめ返してしまったけれど。
「どうして……最近は毎日、外食なんですか」
「大した意味はないぞ」
「そ、ですか」
 沖の答えになにも言えなくなって、律は俯いたままになってしまった。
「外食はいやか」
 やさしく問われて、あわてて首を振る。
「違います。ただ……」
 視線でその先を促す沖に、律は思っていた疑問を口にした。
「沖さん、お仕事とか……なにしてるんですか。平日だって外に出ないときもあるし……おれに、服とか買ってきたりして……」
 オーダーのスーツもそうだが普段着もどこかから買ってくるので、沖に手渡されたブランドのついた紙袋がウォークスルークローゼットの一角を占めていた。
「……お金かけるの、もったいないですから」
 暗に金銭面を心配しているのだと沖に知れたとき、彼は驚いたような顔をしてから、いままでに見たことがないくらい表情を崩して笑った。
「そういえばなにも説明してないな」
 沖は皿の上から再びカトラリーを手に取り、「今度教える」と上機嫌で言った。
 律も破顔した沖になんだかつられて、いつもより高揚しながら食事を再開した。

    ✥    ✥    ✥

 夕食後、沖は玄関のすぐ傍にある部屋へこもってしまう。別に秘密の部屋というわけではないのでコーヒーを頼まれて持っていったこともあるが、そこはデスクトップのパソコンが二台と、帳簿類が棚に収めてある事務室のような部屋だった。
 律はそのあいだにお風呂へ入る。泡立ちの良い上質のボディソープで身体を洗い、それと同じ香りのシャンプーとトリートメントで髪を洗う。とても華やかでやさしい香りをしていて、毎日お風呂に入るのが楽しみだった。メーカー名を知りたかったが、残念ながらガラス製の詰め替えボトルに入れられているので、知ることはできなかった。
 ちゃんとお湯につからないと沖に怒られるので、小さな子供みたいに百まで数を数えなければならない。
「あつい……」
 人生の中でこんなにも広い浴槽につかったのは、中学の修学旅行以来だ。当然ながらそれは大浴場だったのだが、バスルームの壁と同じく高野槙こうやまきで作られたこの浴槽も、個人宅にしては贅沢で大きすぎるものだった。
 沖は大柄なので部屋と同じく普通の浴槽では狭いのだと勝手に解釈し、その端にちんまりと座ってお湯につかる。それから数を数えるかわりに、これからのことを考えた。
 そろそろ雪下に『Snow White』を辞めると挨拶をしに行ったほうがいいのだと思う。
 沖のところにきてからは、もう雪下の店には仕事に行っていないし、さすがに二週間も経ったので、あいつ――弘樹ももうあの店には顔を出していないはずだ。
 弘樹がどうやって雪下の店にたどり着いたのかはわからない。しかしあの辺りではもう、仕事をすることができなくなった。あと半月ほどで年が明ける。動くなら早いほうがいいだろう。
 あの夜、律に声をかけてくれた雪下には本当に感謝している。接客業の経験のない律に丁寧に仕事を教えてくれ、なにかと気を使ってやさしい言葉をくれた、綺麗で可愛い大人の男の人。
 そんな雪下の顔をもう一度見たいという理由もあるから電話での挨拶はいやだったし、律には必要がないから携帯電話も持っていなかったので、物理的にも無理な話だった。沖に電話を借りればいいのかもしれないが、やはり直接雪下に会って感謝の言葉を伝えたい。
 できるなら今夜中に沖へ話をして、明日にでも雪下のところに連れて行ってもらおうと思った。


「それで雪下のところを辞めて、ほかに行くアテはあるのか」
 沖がお風呂から上がるのを待ってから、二人揃って意味のないパジャマ姿でリビングにいる。意味がないというのは、沖は眠るときは半裸だったし、律に至ってはパジャマを着てもこの時間に眠ることがないからだ。
 なぜか二人ともリビングのソファには座らず、ソファセットのテーブルを挟んで、薄いラベンダー色のカーペットの上に正座をして向かいあっていた。
 沖はその体躯から武道でもやっていそうな迫力があるので、こうして向かいあっていると、まるでその師匠と弟子のような緊張感が漂う。
 でもお風呂上がりの前髪を下ろした沖は普段よりも若く見え、そしてやわらかな表情だった。
「アテなんて、ないです。でももうあそこにはいられません。迷惑かけるから……」
「なぜだ。その弘樹とやらが雪下の店に顔を出さないんなら、またあそこで働けばいいんじゃないのか」
「だめなんです。……見つかってしまったから」
「どういうことだ」
 沖の眉間にシワが寄り、怪訝な表情になる。
「弘樹はずっと、おれを探しているんです。だから……見つからないように離れないと……」
「なぜそう思うんだ」
 沖の言葉に躊躇したが黙っていても仕方がないので、雪下にしたようにこれまでのことをかいつまんで話した。
 律が九歳のときに親が亡くなって、それから数年を遠縁の家で過ごした。遠縁の夫婦とは折りあいが悪く、その中で弘樹だけが律の味方だった。
 五つ年上の、やさしいお兄ちゃんだと思っていた。中学二年のあの日までは。
「おじさんとおばさんが町内の寄りあいだとかで……夜に家にいなくて、弘樹と二人だけになったことがあったんです。そのときに、弘樹に襲われて……」
「そのあとはどうなったんだ」
「ちょうど帰ってきたおじさんとおばさんに見つかって、おれが悪いって……言われました。一方的に責められて……そのあとすぐ、施設に入りました」
 その施設には無戸籍の子供などもいたため、律は環境的には恵まれていたほうだと言われた。捨てられるように施設の前に置いていかれた子や、律のように自ら望んで入所してきた子。いろんな環境下にあった子供たちとなんとか共に過ごし、進学先の高校は施設の勧めで商業科を受験した。
「就職がしやすいようにというのが施設側の説明でした。それに納得して商業高校に進学して、就職もしましたけど、解雇されて……」
「……就職先のことは縁がなかったと思うしかない。そのおかげで雪下と出会えたんだしな」
 案外やさしい物言いをする沖を、そっと上目で見る。彼のような大人の男なら、悩むことも迷うこともないのだろうか。
「……弘樹はたぶん、施設でおれのことを聞いたんだと思います」
 律の言葉に、沖の眉間のシワが深くなった。
「そういうところは個人情報には厳しいんじゃないのか」
「施設の大人でなくても……中の子供に聞けば、わかりますから。みんなの就職や進学先を、お祝いだと言って紙に書いて張り出していましたし」
「あいつはまだ律に対して諦めがついていない、ということか」
 真っ直ぐに向けられる沖の視線に、ゆっくりと頷いた。
「……施設を出てから初めて借りたアパートに、消印のない手紙が何度か入っていたことがありました。その手紙全部に、弘樹に襲われたときのことが詳しく書かれていて……怖くなってすぐにいまのところに引っ越したんです。でも九月には以前の職場の近くで弘樹を見かけるようになって、先月には雪下さんの店にまできて……。今更おれを探し出して弘樹がなにをしたいのかわからないけど、でも見つかった以上は逃げなくちゃ……」
 目の前の男は腕組みをして表情を変えぬまま、しばらくテーブルを見つめて動かなかった。
 随分長い沈黙が流れ、やがて沖が口を開いた。
「答えにくいとは思うが、そいつに最後までやられたのか」
「……っ、な……かまでは……入ってこなかったけど、無理やりだったから……少し出血しました。おれも、かなり抵抗したし……」
 あのときのことを思い出すと、いまだに恐怖と嫌悪感で身体が強張って吐き気がする。有無を言わさぬ暴力の記憶が、律の心の傷に追い討ちをかけてくるのだ。
「しかし逃げてばかりはよくないな」
 そう言われても、律にはどうすることもできない。
 執拗に追いかけてくる弘樹もそうだが、それを野放しにしている弘樹の親もおかしいのだと思う。それでも、遠縁とはいえまだ九歳だった律の世話を四年半もしてくれた人たちだ。感謝はしても、文句は言えない気がした。
 幸い律には卒業した高校で得た資格が幾つかある。進学や就職をするのに有利だと言われ、商業科の教師に誘われて簿記部に入部していたし、部の全体目標だった日商簿記検定の一級にも合格している。不景気な世の中だが、贅沢を言わなければこの先仕事だって見つかるだろう。
「沖さんや雪下さんに、迷惑かけたくないです。……短いあいだだったけど、こんなにもお世話になってしまって……」
 こんな素性の分からない人間に、沖は衣食住を充分に与えてくれ、雪下は働く場所と、そして沖に引きあわせてくれた。それだけでありがたく、幸運だったと思う。
「仕事を辞めた十代が、ひとりで簡単に生きていけるご時世じゃないぞ」
「はい……。でももう子供でもないから、だから……施設には戻れないし、ひとりで生きていくしか、おれには……」
 テーブルの下、膝の上に置いた手をぎゅっと握り込む。
「バカだな」
 俯いた律の頭上に沖の言葉が聞こえて、それから大きな手で髪をくしゃくしゃとかき回された。
「こういうときに目の前のオジさんに頼らないでどうするんだ」
「沖……さん」
 沖の温かな手が離れていったのが、少し寂しかった。
「遠慮なく俺や雪下に泣きつけばいい。そのくらいの度量はあるつもりなんだがな」
 照れたように微笑む沖にドキリとし、胸の鼓動が大きく跳ね上がる。
「食事のとき、俺の仕事の話をするって言ったよな」
「……はい」
「実は手伝ってもらいたいことがあるんだが、それは明日に回すとして。……律」
 立ち上がった沖に二の腕をつかまれると、カーペットの上から強引に引き上げられた。
「いまから一緒に寝るぞ。練習だ」
「え……」
 有無を言わさずリビングから寝室に連れていかれると、ワイドキングのベッドへ転がされる。
「眠れなくてもいいから、ベッドからは出るな。トイレや喉が渇いたときは許すが、それが終わったらすぐに戻ってこい。いいな」
「……でも」
 眠れないのに何時間もベッドの上で過ごすのは退屈だ。せめて本でも読みたいが、それでは沖の睡眠を邪魔することになる。
「お前たぶん、夜でも眠れると思うぞ。俺の勘だけどな」
 沖のその言葉に、律は目をしばたたかせた。
「俺の勘は結構あたるんだ。……とにかく電気消すぞ。ほら、こっちにこい」
 沖はパジャマの上を脱いで半裸になると、昼間眠るときみたいに羽根布団を引き寄せて律に腕を回した。
 大きな腕に抱きしめられていると言えば聞こえはいいが、律が沖の抱き枕になったみたいだといつも思う。
 最初はお互いに身体の位置を決めかねていたが、しばらくすると沖の寝息が聞こえてきて、それが耳にあたってくすぐったかった。腕枕をされ、もう片方の太く逞しい腕が律の腰にガッチリと巻きついている。
 沖にも雪下にも言わなかったけれど、律の恋愛対象は男性だ。
 中高生の頃、上級生をはじめとした同じ学校の男子に告白されたことが幾度かある。そのときにはもう自分の性的指向がそうなのだと自覚していたけれど、実際に恋愛をするのは怖かったし、なによりも律の好みは年の離れた大人の……沖のような野性味が溢れる男性だった。
 そういった律のくらい感情が、同居していた弘樹にも影響したのだろうか。襲われて抵抗したとき、思わず自分が好きなのは弘樹よりもずっと年上の男なのだと言ってしまった。
 施設に入ってからは周りにそれを悟られないよう、感情を押し殺して過ごした。そうすることで律の表情をも奪ったけれど。
 真っ暗な空間をベッドの中から見つめるのは久しぶりだ。心なしかいつもより色が違って見えるのは、隣で律を守るように抱きしめてくれる沖のおかげだろうか。
 夜に眠れないことよりも、夜に眠ることのほうが怖い。
 眠りに落ちて目覚めたとき、たったひとりで残されていることが怖い。
 それが闇の中なら尚更。
 植え付けられた恐怖と痛みと悔恨は、何年経っても律を捕らえて放さない。
 でも、こうやって沖が抱きしめてくれると安心する。昼間だけでなく夜も沖と一緒に過ごせるならば、もしかしたら本当に朝まで眠れるのかもしれない。
 律にとって、沖は燦然と輝く光のようだ。
 雪下は沖のことを強面だと言うけれど、律からしてみればとても大人の魅力に溢れた男性だ。そんな人が毎日律に気を使って寝かせつけてくれるだなんて、とても贅沢なことなのだと思う。
 このままでは沖のことを好きになってしまう。
 いや、きっともう好きになり始めている。
 でもまだ引き返せないところまではきていないはずだ。
 本当ならこの感情に蓋をしたまま、いますぐにでもこの部屋を出ていくべきなのに、律はまだ自分に差し出された強い腕を離したくなかった。
 
    ✥    ✥
 
 寒い冬の、長い夜が明けた。律がそれに気づいたのは、自分を安心させてくれる穏やかな温もりの中だった。
「おはよう、律。午前七時だ」
「おはよ……ございます」
 すっきりとしたとまではいかないが、久しぶりに朝の光で眠りから覚めた。
「言っただろう、お前は眠れるって」
 片肘をついた手に頭を乗せて律を覗き込んでいた沖が、自分のことのように喜んで抱きしめてくれる。
「ボーッとするか、頭」
「……少しだけ」
「いつもの昼寝よりは眠れたか」
「そう……ですね」
 カーテンが開け放たれた窓から入る陽光に、律は目を眇める。なんだか不埒な夢を見ていたようで、長く眠ったはずなのに疲れてもいた。
「なあ……昼間に眠れた雪下の店はともかく、お前、学校や前の職場のときはどうしてたんだ」
 片腕は肩に回されたまま、空いた手で律の髪を撫でつけてくる。
「夕方家に帰ったら食事をして、すぐに寝ていました。それで四時間くらいは眠れますから」
 弘樹に襲われたのも、律が中途半端な時間に寝ていることを彼が知っていたためだ。
「そのあとは朝までずっと起きていたのか」
「そうですね。お風呂に入ったり、本を読んだり……。高校のときは勉強が多かったかな。夜明けが早い季節は朝に少し寝たり、休みの日に昼寝もしましたけど」
「……お前」
 突然身を起こした沖が、四つん這いになって律の顔の横に両手をつき、ひたりと視線を寄越す。
「暗がりが怖いのか」
「え……」
「いや、違うな。暗がりが怖いんじゃなく、一定の時間帯が怖いんだろう。だからその時間帯が過ぎるまでは不安で眠れない。……違うか?」
 驚いた。言いあてられたのは初めてだ。
「図星って顔だな。いまは詳しいことは聞かないが、動けそうならこれから俺に付き合ってもらうぞ」
 そう言ってニヤリと笑った沖に、両腕を引っ張られて抱き起こされた。
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