星聖エステレア皇国

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世界救済編

■■■■なさい

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「ーー何だと? では…ンは……」

 戦争終結から数日。ウラヌスのもとを訪ねようとしたわたしは、彼が人気のない場所で、騎士から何らかの報告を受けているのを耳にした。
 硬い声色だ。何か…良くないことみたい。

「ウラヌス? どうしたの」

 声を掛けると、パッとこちらを見た。今日の陽射しは強く、柱は彼の顔に濃い陰を落として、表情がよく見えない。ドレスの裾をもどかしく思いながら近付くと、優しい微笑が迎えてくれる。だけど咄嗟に取り繕ったように見えた。

「エイコ! ちょっとしたアクシデントだ。君が気にするようなものではない。それより……どうした?」

 話題を逸らされた。……気にならないではない。でも、そう言われると深入りするのも憚られる。ウラヌスの判断だし、何でもかんでも首を突っ込めば良いってものでもないだろうから。

「あのね、わたし……やっぱりもう一度、星詠いの儀を行いたくて」

 彼は黙り込み、わずかに眉を顰めた。
 
「気負う必要はないと言ったな? 教団の行方は追っている。君はもう少し、休んでいれば良いんだ」
「…でも! でも……こんなのおかしいよ。他の星詠みだって何も授かってない。わたししか詠えないんだから、わたしが何とかしなきゃ」
「……思い詰めなくていいから、今はおれ達に任せておくれ」

 意気込むわたしの頬に、宥めの口付けが落ちる。それに甘えていてはいけないと胸を押し返した。

「だって未来を訊いたのに、たった一言しか答えてくれないなんて!!」

 <夜の底>。
 何も見えない黒塗りの視界と、その一言を授けて星は沈黙した。
 数日前。戦争を終わらせたことによって、世界に平和は戻ったのかわたしは尋ねたのだ。返ってきたのがこれだった。

(またわたし……ちゃんと詠えなくなったのかな)

 抑えても滲み出す不安が、わたしを呑み込もうとする。
 メイグーン地下研究所は解体。ヴァノ・エマス島はもはやもぬけの殻。的を得ない予言によって世界と教団の行方は、宙に浮いてしまっていた。
 ウラヌスは真っ直ぐこっちを見て、揺らぎのない声色で言う。

「だが、一言授かった。それには意味がある。君は間違っていない」

 彼はわたしを信じてくれていた。

「だから落ち着くんだ。焦っても良い事はないだろう? ーー分かるな?」
「……」

 穏やかに諭されて、だんだん頭が冷えていく。部屋で一人、考えていたらあんなに煮詰まってしまったのに。
 正論と、わたしを思ってくれる言葉。ウラヌスの声はするするとわたしの中に入って、芯から熱が引いて行った。

「……ごめんなさい」

 それで良いとウラヌスは明るく笑んでくれる。

「もどかしいだろうが、各国で協力しているんだ。来たる時に備え、温存しておかないとな」
「そう、だよね……。うん、忙しいところにごめんなさい。大事な話の途中だったのに。部屋に戻るね」
「ああ。お休み」

 彼に不安をぶつけてしまった。反省だ。
 手を振ってくれる彼にお礼を返し、来た道を戻る。なんとなく、まだ見送ってくれている気配がしていて、未熟な自分が気恥ずかしかった。
 隠れるように曲がり角を目指す。
 そして壁の向こうへ逃げ込むまでずっと、ウラヌス達が話を再開する声は聞こえてこなかった。
 ーー報せが届いたのは、そんな事があってから程なくしてだった。

「教団の目撃情報があったのが、屍者の道なんてねぇ。あ~あ、また来ることになるなんて、まさかだぜ」 

 何もない干上がった景色を遠望し、オージェはうんざりした様子でぼやいた。
 荒地の入り口は、発見者でもあるエレヅ騎士団が封鎖、上空は緋竜隊が警戒中だ。

「目撃場所はこの山の周辺だろ? でも、この警戒網で初報以来見掛けないなんて……。山登りでも楽しんでるのか?」

 空を見上げたルジーの冗談に妙な沈黙が流れる。組分けされた緋竜の影が、わたし達の頭上を飛び抜けた。
 変な空気にわたしは戸惑いながら言った。

「山には普通、誰も入れないんだよね? だったら教団だって違いはないんじゃ……」

 入山しようとすると起こるという、天災の原因は分からない。里の人々の可能性もあるから、彼らであれば、なおさら教団を中には入れないと思った。

「だよな~。冗談だって!」

 ルジーが誤魔化すように笑う。だけど他のみんなの顔は芳しくなくて、ルジー以外は表情に違和感を覚えた。

「入れる可能性が、あるの…?」
「……実は此度の件で、エステレアとエレヅの両騎士団でエウティミオへ助言を求めに行ったのさ。もしかすると、その際に紛れ込まれた可能性はある」

 そんなの、初耳だ。

「それで……良いお話は聞けたの?」
「いや、まだ下山していない。荒地の捜索も進展がないようだ。……里へーー行ってみよう」

 どことなく、ウラヌスらしくない。わたしの知らない事を、みんなが知ってるような感じもする。
 この感覚、前もあったと記憶を探る。

(そうだ……お城で、ウラヌスが騎士としてた密談……誤魔化された)

 隠されている。何かを。
 オージェもシゼルも、ノーヴもローダーも知ってるのに、ルジーとわたしは知らされていない何か。

(どうして……?)

 信用されていない、なんてことはあり得ない。だからわたし達は知る必要がないか、知られたくない事だろう。
 飛んだ後の想定外の出来事に備え、みんながわたしを囲んで警戒の態勢をとった。その姿勢とのちぐはぐさに余計に戸惑う。

(いや。ウラヌスが言わないなら、気にする必要はないんだ。今は教団に集中しないと)

 彼がわたしのためにならない選択をしたことはない。濁りそうな思考を振り払い、里へ飛ぶイメージを起こした。
 溢れる青い光。この力が使える限り、わたしは星に見守られている。だから今回の星の予言も、ウラヌスが言う通り意味があるんだろうと、改めて信じることにした。
 教団は絶対に止める。止めて、平和な世を全ての生命にーーウラヌスに捧げるのだから。



………

今後、二週間に一度の更新とさせていただきます
次回更新は8/4です
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