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世界救済編
時を越えて■の中
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「まだ休まないのかい」
振り向いた先。揺らめく焚き火の灯りを背に纏い、ウラヌスが立っていた。その奥では仲間達が思い思いに過ごしている。
満点の星空の下。夜の冷えた空気に、彼は腕を広げて外套にわたしを包んでくれた。
「なんか、目が冴えちゃって…」
昼間の一悶着から歩き続けてすっかりこの空。一際隆起した地点へ辿り着いたところで、わたし達は今日は休むことにしたのだった。
あの巨大生物は昼行性なのか日が暮れるにつれて見かけなくなり、マオと遭遇することもなくここまで来られた。だけど緊張し通しだったせいか、わたしはすっかり目が冴えて、休む気になれず座り込んで空を眺めていたところだ。
「…怖い思いをさせたな」
肩を抱かれる力が少し、強くなる。暗くてウラヌスの表情はあんまり見えない。でも辛そうにしてると思って、あわてて言葉を探した。
「う、ううん。それだけじゃないし、その……こんな時に不謹慎かもだけど、幸せなのもあって」
「幸せ…?」
「……こうして、旅が出来るのが」
空を見上げる。青紫の天の川みたいな銀河がいつも敷かれた、わたしが知るのとは少し違う夜空。
思いを馳せるのは元の世界の夜空で、そして日々の暮らし。
「わたしのいた世界ではね、こんな風に冒険するのは物語の中だけなの。冒険する人はいるけど……違うの。まして世界平和を背負って冒険する人なんて、いないと思う。まずアザーみたいな怪物がいないし」
「では、ここより安全なのかい」
「うーん、安全…なとこもあるし、もっと危ないとこもあるかも。ずっと紛争状態とか、凶悪犯罪が蔓延ってるとか……あ、兵器が埋まってたり」
「兵器が? 戦争のためか」
「うん…あと……多分戦争の名残りとか……」
「終戦後も埋まってるのか……? 人や生き物への被害は? ……死んだりは、しないのかい」
「死んじゃう人もいるよ……でも、絶対死ぬかは……」
そこまでいって、思わず自嘲が漏れる。
「……駄目だな、わたし。何にも知らなかったみたいだ」
とても、とても平和ボケした世界で生きてこられたようだ。ウラヌスへきちんと説明出来ない自分を恥ずかしく思う。世界の誰かにとっては当たり前で、知るべき事を他人事だと軽んじてきたのだ、わたしは。同じ人でありながら……遠い世界の出来事だと。
それを今、こんなにも実感する。
ウラヌスは異世界の生命まで心配してくれるのに。今が幸せなんてーーわたし、ものすごく自分本位なのかな。
「君は……平和な地に、いたんだな」
そんなわたしに、彼の声はとても優しい。わたしの無知を許すように。
「……ぬくぬくと、暮らしてた。苦しんでる人々がいるって、知っていたのに」
膝に顔を埋める。
今こんなに善人ぶって、世界のためだと言って。元は冷酷な人間だったくせに。
恥ずかしくて、ウラヌスに見られるのが恐かった。どうして今までのうのうといられたんだろう。自分が利己的だと、一つも気付かずに……。
「そう責めないでくれ。おれの大切な姫君なんだ」
あったかい手がわたしを抱き寄せる。
漏れる熱い吐息が耳を撫でた。
「君は優しい。今も……きっと昔も。平和な地だからこそ育まれたのだろう、君の陽だまりのような温さと柔さが、おれは好きだ。それに君は、変わってくれた。……この世界のために」
「……どうして、そんなに優しいの……?」
「君が頑張っているからだ」
彼の紡いだ澄んだ響きは、嘘がないと感じさせてくれて。滲んだ涙を悟られないように抱き付いた。背に回された腕。ウラヌスの熱が心地良くて、ついつい擦り寄る。
「君が自分に厳しくする分、おれは褒めてやらないとな。……美しいよ、エイコは」
美しいのはあなただ。
あなたが言えば、本当にそうであるかのように感じてくる。救われる心地になる。わたしのあらゆるものを守ってくれる、神様みたいな人。
あなたがいるから今もわたしはここで、生きている。
「世界のために頑張ってるんだ。少しくらい幸せでも、星はお許しになるさ。おれも…今が幸せだ。こうして城を出て自由に振る舞うなど、最初で最後だろう。まして、君がいるしな」
「……好き」
「愛してるよ」
秘め事のように小さく、低い掠れ声が囁く。
「旅が終わっても……おれと籠の中へ、来てくれるかい」
彼の振る舞いは、心は果てのない空を思わせるのに。本当はウラヌスは、少しも自由じゃない。居場所も心も自分では選べない。わたしが星詠みじゃなかったら、彼はわたしじゃない誰かを愛そうと努めただろう。
空みたいに広く大きくわたし達を見守ってくれながら、彼自身はどこへも行けない。今だって本当の自由ではない。どこにいても…その全てはエステレアが鎖を引く。
甘く口説かれているようにも、縋られてようにも聴こえた誘いにほんの少しだけ、深く寄り掛かった。
「いいよ」
そこに自由がなくても。
「……」
わたしの答えに今度はウラヌスが重みを掛けてきた。それが可愛くて愛しくて、切なくて。
「……愛してる」
「ふふ、さっき聞いたよ。…わたしも愛してる」
すぐ側にあった耳へ一つ、キスを贈る。夜の気温で少し冷えていて可哀想に思ったから、あったかい息を吐いた。
短い溜め息がウラヌスから漏れる。
「君は本当に……おれはすっかり君の虜さ」
「え? そ、そんなの……わたしの方だよ」
「……夜は冷える。そろそろあちらへ戻ろう」
ついムキになった言葉は流された。吐息は大胆過ぎたかも、と思ったけどもう蒸し返せる空気じゃない。
居心地の良かったウラヌスの腕の中から出されて、少し寂しくなる。いつまでもいたいくらいなのに。恋人の時間は終わりみたいだ。でも大きな手がわたしの手を握ってくれた。
望めばすぐに声を聞ける、触れられる距離。
仲間達とたわいない話を楽しめる距離。
頑張れば頑張る程に、この時間の終わりは近付く。それでも手を、歩みを緩めることは出来ない。全ての命の平穏のためには。
平和が戻った未来には、もっと素敵な時間が待っているはずだからとーー信じて。
振り向いた先。揺らめく焚き火の灯りを背に纏い、ウラヌスが立っていた。その奥では仲間達が思い思いに過ごしている。
満点の星空の下。夜の冷えた空気に、彼は腕を広げて外套にわたしを包んでくれた。
「なんか、目が冴えちゃって…」
昼間の一悶着から歩き続けてすっかりこの空。一際隆起した地点へ辿り着いたところで、わたし達は今日は休むことにしたのだった。
あの巨大生物は昼行性なのか日が暮れるにつれて見かけなくなり、マオと遭遇することもなくここまで来られた。だけど緊張し通しだったせいか、わたしはすっかり目が冴えて、休む気になれず座り込んで空を眺めていたところだ。
「…怖い思いをさせたな」
肩を抱かれる力が少し、強くなる。暗くてウラヌスの表情はあんまり見えない。でも辛そうにしてると思って、あわてて言葉を探した。
「う、ううん。それだけじゃないし、その……こんな時に不謹慎かもだけど、幸せなのもあって」
「幸せ…?」
「……こうして、旅が出来るのが」
空を見上げる。青紫の天の川みたいな銀河がいつも敷かれた、わたしが知るのとは少し違う夜空。
思いを馳せるのは元の世界の夜空で、そして日々の暮らし。
「わたしのいた世界ではね、こんな風に冒険するのは物語の中だけなの。冒険する人はいるけど……違うの。まして世界平和を背負って冒険する人なんて、いないと思う。まずアザーみたいな怪物がいないし」
「では、ここより安全なのかい」
「うーん、安全…なとこもあるし、もっと危ないとこもあるかも。ずっと紛争状態とか、凶悪犯罪が蔓延ってるとか……あ、兵器が埋まってたり」
「兵器が? 戦争のためか」
「うん…あと……多分戦争の名残りとか……」
「終戦後も埋まってるのか……? 人や生き物への被害は? ……死んだりは、しないのかい」
「死んじゃう人もいるよ……でも、絶対死ぬかは……」
そこまでいって、思わず自嘲が漏れる。
「……駄目だな、わたし。何にも知らなかったみたいだ」
とても、とても平和ボケした世界で生きてこられたようだ。ウラヌスへきちんと説明出来ない自分を恥ずかしく思う。世界の誰かにとっては当たり前で、知るべき事を他人事だと軽んじてきたのだ、わたしは。同じ人でありながら……遠い世界の出来事だと。
それを今、こんなにも実感する。
ウラヌスは異世界の生命まで心配してくれるのに。今が幸せなんてーーわたし、ものすごく自分本位なのかな。
「君は……平和な地に、いたんだな」
そんなわたしに、彼の声はとても優しい。わたしの無知を許すように。
「……ぬくぬくと、暮らしてた。苦しんでる人々がいるって、知っていたのに」
膝に顔を埋める。
今こんなに善人ぶって、世界のためだと言って。元は冷酷な人間だったくせに。
恥ずかしくて、ウラヌスに見られるのが恐かった。どうして今までのうのうといられたんだろう。自分が利己的だと、一つも気付かずに……。
「そう責めないでくれ。おれの大切な姫君なんだ」
あったかい手がわたしを抱き寄せる。
漏れる熱い吐息が耳を撫でた。
「君は優しい。今も……きっと昔も。平和な地だからこそ育まれたのだろう、君の陽だまりのような温さと柔さが、おれは好きだ。それに君は、変わってくれた。……この世界のために」
「……どうして、そんなに優しいの……?」
「君が頑張っているからだ」
彼の紡いだ澄んだ響きは、嘘がないと感じさせてくれて。滲んだ涙を悟られないように抱き付いた。背に回された腕。ウラヌスの熱が心地良くて、ついつい擦り寄る。
「君が自分に厳しくする分、おれは褒めてやらないとな。……美しいよ、エイコは」
美しいのはあなただ。
あなたが言えば、本当にそうであるかのように感じてくる。救われる心地になる。わたしのあらゆるものを守ってくれる、神様みたいな人。
あなたがいるから今もわたしはここで、生きている。
「世界のために頑張ってるんだ。少しくらい幸せでも、星はお許しになるさ。おれも…今が幸せだ。こうして城を出て自由に振る舞うなど、最初で最後だろう。まして、君がいるしな」
「……好き」
「愛してるよ」
秘め事のように小さく、低い掠れ声が囁く。
「旅が終わっても……おれと籠の中へ、来てくれるかい」
彼の振る舞いは、心は果てのない空を思わせるのに。本当はウラヌスは、少しも自由じゃない。居場所も心も自分では選べない。わたしが星詠みじゃなかったら、彼はわたしじゃない誰かを愛そうと努めただろう。
空みたいに広く大きくわたし達を見守ってくれながら、彼自身はどこへも行けない。今だって本当の自由ではない。どこにいても…その全てはエステレアが鎖を引く。
甘く口説かれているようにも、縋られてようにも聴こえた誘いにほんの少しだけ、深く寄り掛かった。
「いいよ」
そこに自由がなくても。
「……」
わたしの答えに今度はウラヌスが重みを掛けてきた。それが可愛くて愛しくて、切なくて。
「……愛してる」
「ふふ、さっき聞いたよ。…わたしも愛してる」
すぐ側にあった耳へ一つ、キスを贈る。夜の気温で少し冷えていて可哀想に思ったから、あったかい息を吐いた。
短い溜め息がウラヌスから漏れる。
「君は本当に……おれはすっかり君の虜さ」
「え? そ、そんなの……わたしの方だよ」
「……夜は冷える。そろそろあちらへ戻ろう」
ついムキになった言葉は流された。吐息は大胆過ぎたかも、と思ったけどもう蒸し返せる空気じゃない。
居心地の良かったウラヌスの腕の中から出されて、少し寂しくなる。いつまでもいたいくらいなのに。恋人の時間は終わりみたいだ。でも大きな手がわたしの手を握ってくれた。
望めばすぐに声を聞ける、触れられる距離。
仲間達とたわいない話を楽しめる距離。
頑張れば頑張る程に、この時間の終わりは近付く。それでも手を、歩みを緩めることは出来ない。全ての命の平穏のためには。
平和が戻った未来には、もっと素敵な時間が待っているはずだからとーー信じて。
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