上 下
29 / 30
筋肉地区台頭編

祈る!

しおりを挟む

 街に手を振った。人生の一端を交わした全てに、そして交わせなかった全てにも。
 街外れの東屋。始まりの場所でモリカはひっそりと別れを告げた。さよならは言いたくなかったから。けれど再会も期待出来ないだろうから。
 傍らにはピュノだけがいる。長いようで短い人生の中で巡り逢った、たくさんの者達は今、街の無秩序が帰ってきたことを祝っているだろう。街を挙げてのお祭り騒ぎなのだ。裏表通りの方では日も暮れない内から花火が上がっている。

「モリカにしてはよく頑張ったですの。褒美に帰してやるですの」

 最後まで口の悪い謎マスコットだが、もうこれも聞き納めかと思えば感慨深いモリカであった。
 帰れる嬉しさに溶ける少しの寂しさ。それをこれ以上滲ませまいとモリカは気を張っていた。そんな事は知らない顔でピュノは偉そうに短い腕を組む。

「このままだとなんだかいい感じの雰囲気で収まりそうだけれど、思い返してみてほしいですの。今回の一連の出来事、全体的にどう感じたですの?」
「とっ散らかってるなって思いました」
「でしょ?」

 ドヤ顔がモリカに圧と苛立ちを与えた。しかしモリカとしても多分に反省点の有を自覚しているので甘んじて受け入れる。
 創ったキャラクターがどんな人生を歩むのか、それは作者次第。匙加減一つで如何様にもなるのだから。彼等を想うならば、愛するならばそれをよく考える必要がある。幸か不幸かだけではなく、彼等が真に彼等らしい生を送れるように。
 それからやりたい放題に盛り込んだ設定はカオスを生むのだと。

「まぁこれに懲りたら要素の盛り過ぎは控えるですの。扱えもしない過分な盛り込みはカオスを呼び、胸を焼くだけですの」

 今しがたモリカが思った事をピュノは口にした。

「はい。……ねぇ、最後に訊きたいことがあるんだけど」
「何ですの? この際だから土産に答えてやるですの」
「うん……ピュノの誕生には本当にわたしは関与していないの?」

 その問いに、ピュノは驚いた表情を浮かべた。
 モリカには彼を創った記憶はない。けれどこの世界がモリカの頭の中を基礎として創られたものならば、もしかしてこれまで過ごしてきたどこかで、彼、もしくは彼の基となるものを創ったのではないか。
 例えばそれは、ずっと昔、まだモリカが幼かった頃など。
 そんな考えがモリカの中に浮かんでいた。ピュノの存在はモリカにとても馴染む。一緒にいるのが当たり前のような、そんな風に。
 ピュノは少しの沈黙の後、空を見上げる。しかし見ているのは空ではない。何処か遠くに想いを馳せる、そんな眼差しで静かに小さな口を開いた。

「あれはまだ、モリカが小さかった頃ですの。お絵描きが大好きだったモリカは、ボク色のクレヨンに見惚れて、口に含んですぐ吐き出してクソして寝たですの」
「何の話?」
「Foreverモリカワールド」

 謎マスコットの決めドヤ顔指パッチンと共に星ステッキが唸り、視界が白く飛んだかと思えばモリカは一人極彩色の中にいた。
 最初と同じくその身はくるくると回って自発的な動きは許されない。
 向かう先に白い光が見えた。
 おそらくあれが出口だろう。あそこを潜れば本当に終わり。もう、あの世界には戻れない。
 思い返してみても大半が意味の分からない珍事であったが、なんだかんだでモリカは楽しかった。だから少しだけ寂しかった。
 けれどそれよりも胸を占めるのは、満たすのは未来への期待。今の自分ならばきっともっと素敵な物語を描けるだろう。それを早く試したい。早く、かきたい。

(ありがとう。元気でね)

 大切な命達へ、モリカは祈りを捧げる。
しおりを挟む

処理中です...