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筋肉地区台頭編

ここが本丸!

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 戦いはまだ、始まったばかり。
 仲間達の協力により市場を潜り抜けたモリカ達だったが、次に彼女達の前に立ち塞がったのは純粋に拳を振るうむちむち達であった。

「その程度ですか!?」

 幾度も繰り出される拳を避けながら、何故か煽る虹にむちむちが重い一撃を打ち込む。難なくかわした虹が空へ向けた手のひら、そこに現れた虹色の円盤。彼が腕を振るえば円盤はいくつもの羽の嵐となって周囲のむちむちを一斉に吹き飛ばした。
 テイエンと似た色をしていた瞳が、晴れ渡る空色に変わる。彼は力を使う度に瞳の色が変わる特殊な体質であった。それこそが故国の皇族たる証なのだが、物語ではその真実は永遠に闇の中のまま。

「レディに手を上げるなんて信じられない! しかもおじさま達、思いの外か弱いのね」

 一方、虹の反対側ではさくらが押し寄せるむちむちを純粋な体術でのしていた。小さく華奢な身体が屈強な男達を次々と背負い投げ、振り回し、蹴り飛ばす様をモリカは震えながら眺める。隅で小さくなって時折吹き飛んでくるむちむちを避けるのが精一杯であった。そんな彼女の背後の壁には円形の窪みが多数発生している。足元には多数のむちむちが伸びている。
 それでもむちむち達の攻めは終わらない。一体どこから湧いて来るのかと思わざるを得ない数で以ってして、先へ進ませまいと立ち向かって来るのだ。

「キリがありませんね」

 額に流れる汗を拭う虹。そんな彼の頭上に影が差した。ボディプレス。質量差を利用して彼を潰そうと、見るからに重い身体が落ちてくる。
 危ない!
 声を上げようとしたモリカより早く、虹は頭上へ高く跳びむちむちの背後を取った。繰り出された踵落としが厚い背中を打ち落とす。むちむちはその勢いのまま、さくらが放り投げたむちむちと衝突して頭上に星を巡らせた。

「ぬうぅぅうん!!」

 その向こうより砂埃を立てながら一際巨体のむちむちが駆けて来る。その両の手には針山のようなナックルが陽の光に煌めいていた。もはや筋肉関係なしの反則技であろう。
 しかもその針山の標的は、虹でもさくらでもなく、モリカのようで。構える二人には目もくれず通り過ぎた。一番弱そうな存在を狙ったのであろう。卑怯の極みである。

「あわ、あわ、あわわ……」

 慌てふためくモリカ。そんな彼女の前になんとピュノが立ち塞がった。

「ボクに任せるですの!」
「ピュノ……!?」
「ぴゅのぴゅのぱんだふる~! そぉれ!」

 ピュノの星ステッキが光の軌跡を描く。数多の小さな星々が駆けるむちむちを取り巻いた。とてもロマンティックで、幻想的な光景。
 突如むちむちがその場で宙に浮いた。そしてクラシックバレエのようなしなやかさで高く上がる足。その先端から光に染まると共にたくさんの蝶が舞う。光が過ぎ去ったところから妖艶な衣装を纏い、彼が腕を丸く掲げれば今度はその先端へと光と蝶は移った。
 彼がくるりと舞えば、そのはち切れんばかりの体躯を前面に魅せるドレスが包む。最後に胸元へ飾られたのは、蝶をモチーフとしたペンダント。
 ≪決め≫とばかりに彼がポーズを取ると、その背に羽が見えた気がした。まるで妖精。豊かな森から荒野へ恵みをもたらしに舞い降りた、麗しきもの。

「視覚の恐怖を柔らかくしたですの!」

 果たしてそうであろうか? モリカの疑問は尽きない。
 ほざく謎マスコットを超えてむちぷるマッチョがモリカへ謎の扇を繰り出す。モリカはその腕を取り、美しいフォームで背負い投げた。火事場の馬鹿力であった。

「これじゃあ進めないじゃない。後から行くから、モリカは先に行ってて!」

 そんな混乱の中、他のむちむちを片付けていたさくらが声を張り上げる。今しがた起きた流れを忘れ去ったような、あるいは疑問視していない態度でピュノが肯首した。

「モリカ! ここはお言葉に甘えて先を急ぐですの!」

 一番の雑魚と評した己を単身進ませてどうする気であろうか、この謎マスコットは。モリカは少しだけ疑いの眼差しで奴を見るも、そんなことを気に掛ける玉ではなかった。
 けれど決めたのだ。彼等に平和を返すと、己に誓った。愛しいキャラクター達が、他ならぬ彼等が、こうして力を貸してくれているのだ。ならば己が勝利を勝ち取らずしてどうする。弱気になるなと己を奮い立たせるモリカ。一人でもやってみせると、拳を握り締めた。
 この場は二人に任せて奥へ行く。その先にあった道はただ一つ。
 下手に衝撃を与えれば崩れ落ちてしまいそうな苔むした階段が、天へ向かって架かっていた。
 手摺りなどはない。下は空。落ちれば亜空間へ真っ逆さまで、どうなってしまうか未知数である。これがゲームであれば落ちた場所からやり直し、となるのかもしれないが。この世界の土台はゲームではない。
 モリカは知っている。この階段は踏む端から崩れ落ちていくのである。しかし、なんとかギリギリ渡り終えられるのだ。

「よ、良し。登るぞ」

 靴を履き直し、止まらず走り抜けるイメージトレーニングもした。最悪浮いているピュノにしがみ付けばどうにかなるかもしれないと緊張を宥め、その一歩を踏み出す。
 階段が、崩れた。

「やっぱりいぃぃ!!」
「もっと早く走るですの! 止まったら≪死≫あるのみですの!!」
「この空やっぱり死ぬの!?」

 大概いい加減な世界観の癖して何故そこはシビアなのだろうかとモリカは思う。止まったら終わり。躓いても終わり。その緊張感の中で、モリカは持てる全ての神経を脚に注ぎ動かした。
 ただ空を目指す。雲一つない蒼天に昇るような想いで。
 そうすれば見えてきた円形の巨大建造物。等間隔に並んだアーチ状の入り口の一つに駆け込んだ。
 息を切らし、膝に両手を突いて咳き込む。後ろを振り返ると階段は跡形もなくなっていて、背筋に薄ら寒いものが走った。

「ここ、闘技場……!?」

 前へ向き直ると、まずだだっ広い舞台が目に飛び込む。そのずっと上にはたくさんの観覧席。満員であった。
 もう、他に道などない。
 舞台へ一歩を踏み出したモリカに観客が悪い意味で湧いた。バトル物の武闘会を思わせる客質の悪さでブーイングが飛んでくる。仮にも創造主に向かって何という態度であろうか、モリカは心の中指を突き立てた。
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