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孤独な少女と皇子様編

さらに迷う!

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 喫茶店にて一悶着あったが、一行は今度こそ天楼を目指していた。小麦粉の煙をちねったようなヘアスタイルのパン屋のおじさんが言った通りに。

『弐拾陸の表通り五十五の裏通り先の――』
「今どこ!?」
「弐拾参の表通りですの!」
「今どこ!?」
「弐拾陸の表通り五十三の裏通り前ですの!」
「今どこ…!?」
「間違えて五十六の裏通りに迷い込んでしまったですの!」
「ここ合ってるよね!?」
「はい! ……いや、違うですの! ここ表通りに戻っちゃったですの!!」
「着いた! 五十五の裏通り先の裏表通り!!」

 苦労の末に辿り着いた場所。裏通りを抜けた先、裏表通りの名が言い得て妙だと思わされる開けた道と、繁華街と言い表せる表通りとは対象的な歓楽街が広がる。
 昼間は太陽が反対に位置するようで、おかげで真っ昼間から蛍光色のネオンが街を照らし、日中ながら既に雰囲気が出来ていた。モリカが何気なく左側を見ると酒瓶の巨大オブジェが鎮座している。しかもよく見ると中が酒盛り場になっていた。
 全くおめでたい通りである。

「これは、目的地を間違えましたか?」

 虹の疑問は尤もであるとモリカは思う。果たしてこのエリアにある店に行って大丈夫であろうか。そこにさくらを知っている者はいるだろうか。
 疑念が彼女を満たしたが、今は他に有益な情報はない。ここまでさくらに反応する者もいなかったのだから。

「せっかく来たんだから一応行ってみようよ。ええと、次何だったっけ」
「モリカは物覚えが悪いですの。着いた裏表通りの下の方の梯子の先のバーむんむんの壁沿いを行った先の足場の向こうの右階段を駆け上がった次に見える――」
「そこまでで一旦ストップ!」
「下の方の梯子ですか……おや、ありましたよ」

 正面の道に連なる階段下を覗き込んだ虹が言う。彼に倣ってモリカも覗いてみると確かに階段の途中から梯子が架かっていた。梯子の内側下部は空という名の亜空間へ直通だったが、幸い梯子は太く丈夫そうだった。
 常人離れした身体能力の二人は問題があろう筈もなく、少しだけ怖かったがモリカも楽勝で降りてバーむんむんを探す。
 表通りや裏通り、裏表通りと違って店も人気も少ない場所。足場も店を行き来するのは可能だが、少々狭い。何より足を竦ませるのは上下の立地を繋ぐ階段がオープン型であること。場所によっては階段下が空という所もあり、否が応にも落下を思い浮かべてしまう。

「ねぇピュノ、ここって何て場所なの」
「街外れと呼ばれる所ですの。最初にモリカがいた場所も同じ名称ですの」
「ふぅん……あ、あった! バーむんむんあれじゃない?」

 進む先に電飾でむんむんの文字が浮かび上がる看板が見えた。次は≪壁沿いの先の足場≫とわざわざ指定されているぐらいなので、分かりやすい道があるのではと探るとやはり見つかった。店の左側面を伝った先にやたらと狭い一本道がある。しかも側面から対岸までの道の下は空へ直通であった。

「あ、あ、頭おかしい……手摺りも柵もない……」
「モリカ? 大丈夫? お顔が真っ青よ」

 慄くモリカをさくらが心配そうに覗き込んだ。

「この足場は不安ですよね。ですが、ほら。頭上の樹から蔓が下りていますよ。あれに掴まったら少しは支えになりませんか」
「蔓……」

 確かに頭上の大樹から誂えたような長さで下りていた。モリカとしてはそれよりも実は虹が飛べることを指摘したかったが、本人は気付いていない様子なので言える筈もない。
 取り敢えずバーの壁に這う蔦を掴みながら伝い歩き、問題の場所まで行った。続いて蔓を掴み、風に煽られながらも何とか渡り終え、右階段を駆け上がり、けれどまだ先は長い。

「続きですの! 次に見える丘の花畑の蜜を吸いながら越えた先にある十店舗並んだ美容院の手前から六つ目の店舗の左側の隙間を通り螺鈿階段を駆け降りて辿り着く分かれ道をおやじの脇が甘い方へ進んで次のおやじのすね毛が濃い方向に坂の緩い道があるから登ってシンボルのおやじの銅像が尻を突き出した方へ踏ん張るおやじがいるから――」
「えっと、花の蜜を吸いながら手前から六つ目の店の螺旋階段を下りて……」
「六つ目の店の左側の隙間を通った先の螺鈿階段ですの!」
「おやじの尻が緩い方へ進んで……」
「緩いのはモリカの頭ですの!」
「おやじの脇毛が濃い方に尻を突き出して……?」
「濃いのはすね毛! 突き出してるのはモリカの発想ですの!」
「尻を気張ってるおやじがいるから……」
「尻への執着を手放すですの!!」

 モリカは尻を気張るおやじを亜空間へ突き飛ばした。

「分かるか――――!!」

 おやじ集結。モリカはおやじを間違える度にありもしないおやじをせっせと生成していた。
 空想が具現化する恐ろしさを既に思い知っていた筈なのに、制御の効かない力は本人の意思を離れ暴走を繰り返す。しかもイケメンを作ろうとした時は一番重要なイケメンという要素が反映されなかったというのに、おやじはモリカ的おやじ要素をばっちり反映していた。

「モリカ! 着きましたよ。天楼です!」
「うそぉ……!?」

 虹の張り上げた声に彼の方を見る。するとそこには、確かに≪天楼≫の屋号を掲げる赤漆塗りの立派な楼の姿が。
 一瞬喜びかけて、しかしそれが在る場所を確かめたモリカは叫び出しそうになる。楼の前に広がるのは広い通り。行き交うたくさんの人々。上下にあるのは似たような光景。
 そう、裏表通りである。
 あのパン屋のおやじを殴りに行きたい。いくらそう強く願っても早々に辿り着けないのがこの街であった。
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