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八公演目――ハウクドウィースタンピード?
一曲目:アルコ・グローリア
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失敗、した。
初めて来た一般人はわからなかったかもしれない。でも常連客や楽器経験者にはきっと気付かれてた。よりによってソロで、出だしの音を外したから。そういうアレンジだって軌道修正できればよかったけど、それもできなかった。最終公演を終えて楽屋に帰っても、父さんもコルダもなにも言ってこなくて。ディナーはなにがいいか、そろそろあったかいスープでも良いかもしれない……なんて笑う度に揺れるブロンドの眩しさに目を細め。存在感を消して、静かにステージへ戻った。
最低限のライトだけ点けて、譜面台にのるだけ楽譜をのせて。全部通しで一周、そのあと気になる箇所を繰り返して、一曲通して次の曲。日付が変わる前に帰れたら良いほう。帰ったら課題を終わらせて、リコさん用にノートを写して。明日の予習と今日の復習、それから新曲の譜読み。朝になったらコルダを起こしながら着替えさせる。間に合うとは思う。けど、集中して早く帰らないと。そう思ってはいるのに、今日に限って上手くいかない。基本のリップスラーさえも。それならできるまでやり続けるしかない。できたら安定するまで。……課題ぐらい明日でも良いか、提出は一週間先だし……いや、今日やっておかないと他の課題が出たときに困る。……眠い、コーヒーでも飲みに……そんな時間があったら練習を進めたい。考え事をしてたからまた失敗した。今は集中しないと。集中……。
「わん!」
……集中が、強制的に切れた。
「やあやあ、やはり此処だったか! コルダ坊ちゃんとジュリオ、ああそれからラトナも探していたよ。尤も坊ちゃんとジュリオは『スープでも飲みに行ったのかな』なんてデリカテッセンへ向かったがね」
下手側の袖幕から。名前未定のレオンベルガーが狭そうにステージへ現れた。そのうしろから、微かな光に反射したオッドアイが迫る。
「……フォーゲル博士、動物は登壇禁止です」
「おや、そうだったかな。まあ我々も毛を落として生きる動物だ、変わりあるまい」
「え、ああ……いえ、機材や楽器を壊されたら大変でしょう」
「大人しい子だよ。アルコ坊ちゃんにもこの一週間で伝わったかと思ったが」
「それはそうですが……」
「はは! 本当に真面目だねえ」
この人が自由すぎるだけだと思うけど。でも事実、先週から突然(博士と共に)住むことになったこの犬は落ち着いていて、会って数日の僕らにもすぐ懐いた。散歩中、コルダが道に迷った観光客を案内している間も吠えたり動き回るどころか静かに愛想よく待ってて。朝にはポストから新聞を持ってくる。飼ったことがなくても分かるぐらいには、大分利口な犬。……僕より優れている気すらしてくる。コルダは当然こいつを可愛がっていて……だから、一緒じゃないと分かって正直ほっとした。そんなんだから、犬に負けるんだろうけど。でも本当になんでだろう。
「今日、なにかありましたっけ」
「うん? ああ、やっぱり。その様子じゃ忘れていたというより、耳に入っていなかったというほうが正しいかな?」
「……なにか、ありましたっけ」
思わず繰り返す。博士はふっふっふとどこか愉快そうに笑った。
「なあに、私を見送るちょっとしたパーティーさ。ラトナはメイドのお嬢さんがたと準備を進めてくれているからね、代わりに私が来たというわけなのだよ」
「っ!? た、発たれるの明日……でし、たね! すみません、すぐに片付けます!」
「まあまあ落ち着いてくれたまえ。まだゆっくりで良い。さっきメニューが決まったところだしねえ。少なく見積もってもあと一時間半はかかるだろう」
「ですがコルダと父さんが」
「彼らもじきに気付くだろう。まったく、天才ってやつらは自主練習という概念をなかなか覚えんな。この世の全員、空いた時間は楽しいことに使ってるものだと思い込んでるんだろうねえ」
「あおん?」
座って尻尾を振りながら犬が博士を見上げる。博士がその背をわしゃわしゃと撫でた。……どちらかといえば、博士もそちら側の部類、だと思っていた僕からしてみれば少し意外な発言だった。
「良い機会だ。隣で練習しても構わんかね?」
博士は――そういえば、ヤコブ・ヴィンターのサックスケースを背負っていた――舞台裏から譜面台を運び出すと、返事も聞かずに僕の隣に立った。
初めて来た一般人はわからなかったかもしれない。でも常連客や楽器経験者にはきっと気付かれてた。よりによってソロで、出だしの音を外したから。そういうアレンジだって軌道修正できればよかったけど、それもできなかった。最終公演を終えて楽屋に帰っても、父さんもコルダもなにも言ってこなくて。ディナーはなにがいいか、そろそろあったかいスープでも良いかもしれない……なんて笑う度に揺れるブロンドの眩しさに目を細め。存在感を消して、静かにステージへ戻った。
最低限のライトだけ点けて、譜面台にのるだけ楽譜をのせて。全部通しで一周、そのあと気になる箇所を繰り返して、一曲通して次の曲。日付が変わる前に帰れたら良いほう。帰ったら課題を終わらせて、リコさん用にノートを写して。明日の予習と今日の復習、それから新曲の譜読み。朝になったらコルダを起こしながら着替えさせる。間に合うとは思う。けど、集中して早く帰らないと。そう思ってはいるのに、今日に限って上手くいかない。基本のリップスラーさえも。それならできるまでやり続けるしかない。できたら安定するまで。……課題ぐらい明日でも良いか、提出は一週間先だし……いや、今日やっておかないと他の課題が出たときに困る。……眠い、コーヒーでも飲みに……そんな時間があったら練習を進めたい。考え事をしてたからまた失敗した。今は集中しないと。集中……。
「わん!」
……集中が、強制的に切れた。
「やあやあ、やはり此処だったか! コルダ坊ちゃんとジュリオ、ああそれからラトナも探していたよ。尤も坊ちゃんとジュリオは『スープでも飲みに行ったのかな』なんてデリカテッセンへ向かったがね」
下手側の袖幕から。名前未定のレオンベルガーが狭そうにステージへ現れた。そのうしろから、微かな光に反射したオッドアイが迫る。
「……フォーゲル博士、動物は登壇禁止です」
「おや、そうだったかな。まあ我々も毛を落として生きる動物だ、変わりあるまい」
「え、ああ……いえ、機材や楽器を壊されたら大変でしょう」
「大人しい子だよ。アルコ坊ちゃんにもこの一週間で伝わったかと思ったが」
「それはそうですが……」
「はは! 本当に真面目だねえ」
この人が自由すぎるだけだと思うけど。でも事実、先週から突然(博士と共に)住むことになったこの犬は落ち着いていて、会って数日の僕らにもすぐ懐いた。散歩中、コルダが道に迷った観光客を案内している間も吠えたり動き回るどころか静かに愛想よく待ってて。朝にはポストから新聞を持ってくる。飼ったことがなくても分かるぐらいには、大分利口な犬。……僕より優れている気すらしてくる。コルダは当然こいつを可愛がっていて……だから、一緒じゃないと分かって正直ほっとした。そんなんだから、犬に負けるんだろうけど。でも本当になんでだろう。
「今日、なにかありましたっけ」
「うん? ああ、やっぱり。その様子じゃ忘れていたというより、耳に入っていなかったというほうが正しいかな?」
「……なにか、ありましたっけ」
思わず繰り返す。博士はふっふっふとどこか愉快そうに笑った。
「なあに、私を見送るちょっとしたパーティーさ。ラトナはメイドのお嬢さんがたと準備を進めてくれているからね、代わりに私が来たというわけなのだよ」
「っ!? た、発たれるの明日……でし、たね! すみません、すぐに片付けます!」
「まあまあ落ち着いてくれたまえ。まだゆっくりで良い。さっきメニューが決まったところだしねえ。少なく見積もってもあと一時間半はかかるだろう」
「ですがコルダと父さんが」
「彼らもじきに気付くだろう。まったく、天才ってやつらは自主練習という概念をなかなか覚えんな。この世の全員、空いた時間は楽しいことに使ってるものだと思い込んでるんだろうねえ」
「あおん?」
座って尻尾を振りながら犬が博士を見上げる。博士がその背をわしゃわしゃと撫でた。……どちらかといえば、博士もそちら側の部類、だと思っていた僕からしてみれば少し意外な発言だった。
「良い機会だ。隣で練習しても構わんかね?」
博士は――そういえば、ヤコブ・ヴィンターのサックスケースを背負っていた――舞台裏から譜面台を運び出すと、返事も聞かずに僕の隣に立った。
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