クロスドツインズ

💙藍棺織海⚰️アイカンオリミ🫒

文字の大きさ
上 下
44 / 45
八公演目――ハウクドウィースタンピード?

一曲目:アルコ・グローリア

しおりを挟む
 失敗、した。

 初めて来た一般人はわからなかったかもしれない。でも常連客や楽器経験者にはきっと気付かれてた。よりによってソロで、出だしの音を外したから。そういうアレンジだって軌道修正できればよかったけど、それもできなかった。最終公演を終えて楽屋に帰っても、父さんもコルダもなにも言ってこなくて。ディナーはなにがいいか、そろそろあったかいスープでも良いかもしれない……なんて笑う度に揺れるブロンドの眩しさに目を細め。存在感を消して、静かにステージへ戻った。

 最低限のライトだけ点けて、譜面台にのるだけ楽譜をのせて。全部通しで一周、そのあと気になる箇所を繰り返して、一曲通して次の曲。日付が変わる前に帰れたら良いほう。帰ったら課題を終わらせて、リコさん用にノートを写して。明日の予習と今日の復習、それから新曲の譜読み。朝になったらコルダを起こしながら着替えさせる。間に合うとは思う。けど、集中して早く帰らないと。そう思ってはいるのに、今日に限って上手くいかない。基本のリップスラーさえも。それならできるまでやり続けるしかない。できたら安定するまで。……課題ぐらい明日でも良いか、提出は一週間先だし……いや、今日やっておかないと他の課題が出たときに困る。……眠い、コーヒーでも飲みに……そんな時間があったら練習を進めたい。考え事をしてたからまた失敗した。今は集中しないと。集中……。

「わん!」

 ……集中が、強制的に切れた。

「やあやあ、やはり此処だったか! コルダ坊ちゃんとジュリオ、ああそれからラトナも探していたよ。尤も坊ちゃんとジュリオは『スープでも飲みに行ったのかな』なんてデリカテッセンへ向かったがね」

 下手側の袖幕から。名前未定のレオンベルガーが狭そうにステージへ現れた。そのうしろから、微かな光に反射したオッドアイが迫る。

「……フォーゲル博士、動物は登壇禁止です」

「おや、そうだったかな。まあ我々も毛を落として生きる動物だ、変わりあるまい」

「え、ああ……いえ、機材や楽器を壊されたら大変でしょう」

「大人しい子だよ。アルコ坊ちゃんにもこの一週間で伝わったかと思ったが」

「それはそうですが……」

「はは! 本当に真面目だねえ」

 この人が自由すぎるだけだと思うけど。でも事実、先週から突然(博士と共に)住むことになったこの犬は落ち着いていて、会って数日の僕らにもすぐ懐いた。散歩中、コルダが道に迷った観光客を案内している間も吠えたり動き回るどころか静かに愛想よく待ってて。朝にはポストから新聞を持ってくる。飼ったことがなくても分かるぐらいには、大分利口な犬。……僕より優れている気すらしてくる。コルダは当然こいつを可愛がっていて……だから、一緒じゃないと分かって正直ほっとした。そんなんだから、犬に負けるんだろうけど。でも本当になんでだろう。

「今日、なにかありましたっけ」

「うん? ああ、やっぱり。その様子じゃ忘れていたというより、耳に入っていなかったというほうが正しいかな?」

「……なにか、ありましたっけ」

 思わず繰り返す。博士はふっふっふとどこか愉快そうに笑った。

「なあに、私を見送るちょっとしたパーティーさ。ラトナはメイドのお嬢さんがたと準備を進めてくれているからね、代わりに私が来たというわけなのだよ」

「っ!? た、発たれるの明日……でし、たね! すみません、すぐに片付けます!」

「まあまあ落ち着いてくれたまえ。まだゆっくりで良い。さっきメニューが決まったところだしねえ。少なく見積もってもあと一時間半はかかるだろう」

「ですがコルダと父さんが」

「彼らもじきに気付くだろう。まったく、天才ってやつらは自主練習という概念をなかなか覚えんな。この世の全員、空いた時間は楽しいことに使ってるものだと思い込んでるんだろうねえ」

「あおん?」

 座って尻尾を振りながら犬が博士を見上げる。博士がその背をわしゃわしゃと撫でた。……どちらかといえば、博士もそちら側の部類、だと思っていた僕からしてみれば少し意外な発言だった。

「良い機会だ。隣で練習しても構わんかね?」

 博士は――そういえば、ヤコブ・ヴィンターのサックスケースを背負っていた――舞台裏から譜面台を運び出すと、返事も聞かずに僕の隣に立った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

ひきこもり瑞祥妃は黒龍帝の寵愛を受ける

緋村燐
キャラ文芸
天に御座す黄龍帝が創りし中つ国には、白、黒、赤、青の四龍が治める国がある。 中でも特に広く豊かな大地を持つ龍湖国は、白黒対の龍が治める国だ。 龍帝と婚姻し地上に恵みをもたらす瑞祥の娘として生まれた李紅玉は、その力を抑えるためまじないを掛けた状態で入宮する。 だが事情を知らぬ白龍帝は呪われていると言い紅玉を下級妃とした。 それから二年が経ちまじないが消えたが、すっかり白龍帝の皇后になる気を無くしてしまった紅玉は他の方法で使命を果たそうと行動を起こす。 そう、この国には白龍帝の対となる黒龍帝もいるのだ。 黒龍帝の皇后となるため、位を上げるよう奮闘する中で紅玉は自身にまじないを掛けた道士の名を聞く。 道士と龍帝、瑞祥の娘の因果が絡み合う!

処理中です...