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七公演目――チャイナブラザーズ
三曲目:チャーリー・セイラー
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「シェシェニードゥイウォションディダバンジュウ! センキュヴェリマッチ!」
「しぇしぇ!」
「もうはぐれるなよ。……最後、何か言ってたか?」
「アばよ兄馬鹿、だとよオ」
「絶対もっと長かっただろ」
「はは。弟を助けてくれてありがとうございました、だって」
「全然違うじゃないか」
「ア、言ウなよボニー」
結局、こどもが兄と離れた場所はそこまで遠くじゃなかった。徒歩十分かかるかどうかの、チャイナタウンの南端。ただブロードウェイ沿いだったから、交通量を考えると多少危なかったかもしれない。兄のほうも言葉では半分も通じ合えなかったが。ボニーと同い歳かもう少し上か、ぐらいの青年がこどもを視界に入れたとき。罪悪感と焦りで酷い顔だったのが、安心と感謝になったのを見て、こいつが兄だなとすぐに分かった。兄の過失なのは確かだが、うっかり目を離してしまうのも、その隙に居なくなられたときの息が詰まる感情も理解できる。だから責めはしなかった。どうせ自分の口からじゃ伝えられやしない。そう、そうだ。
「……で、どうしてベルに英語を教えることになったんだって?」
「ひへっ!? わ、忘れてくれたと思ったのに」
「別にイ、チャーリーが知る必要はねエだろオ?」
「いや? 俺はお前らの雇用主だからな。使えるスキルは把握しておきたいだろ」
「アー、そウイウことかよオ。マジで弟しか興味ねエなア」
ま、事実そうだが。ウィリアムさえ護り抜ければ、あとはどうだっていい。が、流石にボニーが多言語話者というのは驚いたし、興味……というよりむしろ、若干警戒すらしている。そもそもギャングとやらの噂の情報源も聞いていない。本当は、こいつがウィリアムを狙ってるんじゃないか? 今まではこいつに限って、と視野から外していたが。答えによっては。
「スキルってほどじゃないって! 中国語は片言でしか話せないよ」
「〝は〟?」
「あっ。え、あ~……」
「オイ、アんまボニーイじめんなよオ」
「いじめてはないだろ」
おいおい、他にも話せるのか? いや、母親を失った年齢によってはあり得なくもない……か? 雇いはじめたのは三年前。ボニーは十四だったはず。もし学校に通ったことがあるのなら……中国語も? 習うのか?
「でっでも本当に、英語以外は大して話せないんだ! スペイン語もフランス語もイタリア語も、本当に簡単な自己紹介ぐらいしか……!」
「多いな。それに、さっきベルたちの会話もかなり聞き取れてたように思えたが?」
「えーっと、ほら! 中国語はベルから! 教わったっていうか!」
「英語も碌に喋れなかった奴から何を教わるんだ」
時々看板に頭をぶつけそうになりながら無駄に慌ただしく歩くボニーの隣で。ベルは前髪の下に表情を隠して、黙ってボニーの顔を見上げてる。その様子に、どこか既視感があった。……ああ、そうだ。
「そういや、ベルはボニーが連れて来たんだったか。いつから知り合いだったんだ?」
そうだ、それによっては。ベルもまとめて怪しくなる。……いや、それなら寮で幾らでもチャンスはあったか? そもそも三年前のベルはハローとグッモーニンとセンキューとグッナイしか話せなかったし。口には出してやらないが、三年にしてはまあまあ話せるようになったほう、だと思う。他の言語なんか覚えようとしたこともないから、なんとも言えないが。よくやるよ。
「えっと……それは……」
助けを求めるように、もしくは確かめるように。ボニーがベルのほうを見て、隠れてさえなければ目が合う体勢になる。
「……ほらア、寮まで着イたぞオ。ボニー、行こウぜエ。先週の続き、教エてくれてる途中だろオ」
それともオ、中まで送らねェと不安でちゅかア? とかなんとか言ってくるベルに重ねて、ボニーが苦笑いで首を縮ませる。……話したがらないか。無理に問い詰めて壁役が減るのも面倒だ。それにいずれまた、ボニーがうっかり口を滑らせるだろう。
「……さっきの兄弟の件で借りもあるしな」
「なんだア? オ。オ前の可愛イ弟もどオか行くみてエだなア」
言われて目を向ければ、確かにウィリアムとアーティーが出掛けるところだった。今度似たようなことがあったらまずはボニーを呼び戻そう。それだけ決めて、俺は寮の入り口へ向かった。
「しぇしぇ!」
「もうはぐれるなよ。……最後、何か言ってたか?」
「アばよ兄馬鹿、だとよオ」
「絶対もっと長かっただろ」
「はは。弟を助けてくれてありがとうございました、だって」
「全然違うじゃないか」
「ア、言ウなよボニー」
結局、こどもが兄と離れた場所はそこまで遠くじゃなかった。徒歩十分かかるかどうかの、チャイナタウンの南端。ただブロードウェイ沿いだったから、交通量を考えると多少危なかったかもしれない。兄のほうも言葉では半分も通じ合えなかったが。ボニーと同い歳かもう少し上か、ぐらいの青年がこどもを視界に入れたとき。罪悪感と焦りで酷い顔だったのが、安心と感謝になったのを見て、こいつが兄だなとすぐに分かった。兄の過失なのは確かだが、うっかり目を離してしまうのも、その隙に居なくなられたときの息が詰まる感情も理解できる。だから責めはしなかった。どうせ自分の口からじゃ伝えられやしない。そう、そうだ。
「……で、どうしてベルに英語を教えることになったんだって?」
「ひへっ!? わ、忘れてくれたと思ったのに」
「別にイ、チャーリーが知る必要はねエだろオ?」
「いや? 俺はお前らの雇用主だからな。使えるスキルは把握しておきたいだろ」
「アー、そウイウことかよオ。マジで弟しか興味ねエなア」
ま、事実そうだが。ウィリアムさえ護り抜ければ、あとはどうだっていい。が、流石にボニーが多言語話者というのは驚いたし、興味……というよりむしろ、若干警戒すらしている。そもそもギャングとやらの噂の情報源も聞いていない。本当は、こいつがウィリアムを狙ってるんじゃないか? 今まではこいつに限って、と視野から外していたが。答えによっては。
「スキルってほどじゃないって! 中国語は片言でしか話せないよ」
「〝は〟?」
「あっ。え、あ~……」
「オイ、アんまボニーイじめんなよオ」
「いじめてはないだろ」
おいおい、他にも話せるのか? いや、母親を失った年齢によってはあり得なくもない……か? 雇いはじめたのは三年前。ボニーは十四だったはず。もし学校に通ったことがあるのなら……中国語も? 習うのか?
「でっでも本当に、英語以外は大して話せないんだ! スペイン語もフランス語もイタリア語も、本当に簡単な自己紹介ぐらいしか……!」
「多いな。それに、さっきベルたちの会話もかなり聞き取れてたように思えたが?」
「えーっと、ほら! 中国語はベルから! 教わったっていうか!」
「英語も碌に喋れなかった奴から何を教わるんだ」
時々看板に頭をぶつけそうになりながら無駄に慌ただしく歩くボニーの隣で。ベルは前髪の下に表情を隠して、黙ってボニーの顔を見上げてる。その様子に、どこか既視感があった。……ああ、そうだ。
「そういや、ベルはボニーが連れて来たんだったか。いつから知り合いだったんだ?」
そうだ、それによっては。ベルもまとめて怪しくなる。……いや、それなら寮で幾らでもチャンスはあったか? そもそも三年前のベルはハローとグッモーニンとセンキューとグッナイしか話せなかったし。口には出してやらないが、三年にしてはまあまあ話せるようになったほう、だと思う。他の言語なんか覚えようとしたこともないから、なんとも言えないが。よくやるよ。
「えっと……それは……」
助けを求めるように、もしくは確かめるように。ボニーがベルのほうを見て、隠れてさえなければ目が合う体勢になる。
「……ほらア、寮まで着イたぞオ。ボニー、行こウぜエ。先週の続き、教エてくれてる途中だろオ」
それともオ、中まで送らねェと不安でちゅかア? とかなんとか言ってくるベルに重ねて、ボニーが苦笑いで首を縮ませる。……話したがらないか。無理に問い詰めて壁役が減るのも面倒だ。それにいずれまた、ボニーがうっかり口を滑らせるだろう。
「……さっきの兄弟の件で借りもあるしな」
「なんだア? オ。オ前の可愛イ弟もどオか行くみてエだなア」
言われて目を向ければ、確かにウィリアムとアーティーが出掛けるところだった。今度似たようなことがあったらまずはボニーを呼び戻そう。それだけ決めて、俺は寮の入り口へ向かった。
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