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六公演目――メモリーズオブブラザー
一曲目:アルコ・グローリア
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『コルダ様とは二人きりでお話できたのですが』
なんて言われてしまったら、外が暴風雨だろうと断るわけにはいかなかった。確かに、歳は近いけど。タップダンサーの一人に過ぎないアーノルドさんとコルダが、二人きりで? 一体、なんの。一度気になったが最後、コルダが僕の知らない密室で歓談する幻に取り憑かれて。何より目の前のアーノルドさんが、『おっと、ついうっかり』『このことはどうか内密に……』なんて今更人差し指を口に当てるものだから。コルダが僕に隠し事をしていたという、今はまだ疑惑に過ぎないそれが嘘であると確かめるまでは帰れなかった。コルダを少しでも疑いながら、顔を合わせられる自信はないから。かといえ真っ向からアーノルドさんの言葉を否定できるほど、……コルダの全てを理解できているかと言われると、それは難しい話だった。生まれた時から隣にいるとはいえ、彼の頭脳に僕が追いつけない限り不可能なこと。そして十四年も経てば分かる。僕には、無理だ。だからせめてサポートぐらいはできるように、頑張るしかない。コルダについて知らないことがあるのなら、調べなくては。そうして傘が存在意義を失うような天候にも拘らず、僕はディモント家の車に乗った。
「おや、停電でしょうか?」
雷鳴と共に、視界から失われた光源。直後に、運転手の赤い長髪が揺れた。ブレーキ。数秒経って、信号機も例外ではなかったんだと気付く。ネオンまみれのブロードウェイから、一切の光がなくなる。普段に比べれば少ない紳士淑女も皆立ち止まり、街の全てが動かなくなった。そんな中でも、後部座席、僕の右側に座っていたアーノルドさんは一切動じない。それどころか、見事に全部やられてますねえ、なんて呑気に言うものだから、不安になるのも馬鹿らしくなった。
「……こういうとき落ち着けるタイプなんですね、アーノルドさん」
「ええ、まあ。立場柄、パニックになっている場合ではないことも多々ありますし」
「だとしても、頭が真っ白になりません? 思考が止まるというか」
「私はあまり。むしろイレギュラーな状況になればなるほど急速に回転する性質……なのかもしれません」
「……羨ましい」
「おや、もしや雷が苦手で?」
「え、別に……そういうわけじゃないんですけど」
雷がどうこう、じゃなく。例えば、演奏中誰かが音を外した、だとか。授業中に誰か倒れた、とか。そういう時、僕は毎回動けなくなる。ちょうど今のこの街のように。急激に思考力が落ちて、目に飛び込んできた情報を、理解するのが精一杯になって。そしていつの間にか、そうじゃない誰かがどうにかしてくれた。その誰かに指示されて初めて、僕は手を動かすことができる。何故、といわれても、そうなってしまうからとしか言いようがない。でも幸い、何故だなんて聞かれたことはなかった。だってそんな時、真っ先に動くのはいつだって。そう、あの時も――。
「ふむ、これは暫く動けなさそうですねえ。そこの角に我が社が運営するカフェ兼バーがございます。場所を変更しても?」
「あ、はい。構いません」
アーノルドさんが右側から降りたのに続いて、傘を手に扉へ寄る。……慣れた様子で手を差し伸べられたから、つい掴まってしまった。こどもじゃあるまいし、別に必要ないのに。
「では、ご案内致します。ディモンズが豆から厳選した珈琲と世界各国のアルコールが楽しめる……ROSARY OF TEARSへ」
なんて言われてしまったら、外が暴風雨だろうと断るわけにはいかなかった。確かに、歳は近いけど。タップダンサーの一人に過ぎないアーノルドさんとコルダが、二人きりで? 一体、なんの。一度気になったが最後、コルダが僕の知らない密室で歓談する幻に取り憑かれて。何より目の前のアーノルドさんが、『おっと、ついうっかり』『このことはどうか内密に……』なんて今更人差し指を口に当てるものだから。コルダが僕に隠し事をしていたという、今はまだ疑惑に過ぎないそれが嘘であると確かめるまでは帰れなかった。コルダを少しでも疑いながら、顔を合わせられる自信はないから。かといえ真っ向からアーノルドさんの言葉を否定できるほど、……コルダの全てを理解できているかと言われると、それは難しい話だった。生まれた時から隣にいるとはいえ、彼の頭脳に僕が追いつけない限り不可能なこと。そして十四年も経てば分かる。僕には、無理だ。だからせめてサポートぐらいはできるように、頑張るしかない。コルダについて知らないことがあるのなら、調べなくては。そうして傘が存在意義を失うような天候にも拘らず、僕はディモント家の車に乗った。
「おや、停電でしょうか?」
雷鳴と共に、視界から失われた光源。直後に、運転手の赤い長髪が揺れた。ブレーキ。数秒経って、信号機も例外ではなかったんだと気付く。ネオンまみれのブロードウェイから、一切の光がなくなる。普段に比べれば少ない紳士淑女も皆立ち止まり、街の全てが動かなくなった。そんな中でも、後部座席、僕の右側に座っていたアーノルドさんは一切動じない。それどころか、見事に全部やられてますねえ、なんて呑気に言うものだから、不安になるのも馬鹿らしくなった。
「……こういうとき落ち着けるタイプなんですね、アーノルドさん」
「ええ、まあ。立場柄、パニックになっている場合ではないことも多々ありますし」
「だとしても、頭が真っ白になりません? 思考が止まるというか」
「私はあまり。むしろイレギュラーな状況になればなるほど急速に回転する性質……なのかもしれません」
「……羨ましい」
「おや、もしや雷が苦手で?」
「え、別に……そういうわけじゃないんですけど」
雷がどうこう、じゃなく。例えば、演奏中誰かが音を外した、だとか。授業中に誰か倒れた、とか。そういう時、僕は毎回動けなくなる。ちょうど今のこの街のように。急激に思考力が落ちて、目に飛び込んできた情報を、理解するのが精一杯になって。そしていつの間にか、そうじゃない誰かがどうにかしてくれた。その誰かに指示されて初めて、僕は手を動かすことができる。何故、といわれても、そうなってしまうからとしか言いようがない。でも幸い、何故だなんて聞かれたことはなかった。だってそんな時、真っ先に動くのはいつだって。そう、あの時も――。
「ふむ、これは暫く動けなさそうですねえ。そこの角に我が社が運営するカフェ兼バーがございます。場所を変更しても?」
「あ、はい。構いません」
アーノルドさんが右側から降りたのに続いて、傘を手に扉へ寄る。……慣れた様子で手を差し伸べられたから、つい掴まってしまった。こどもじゃあるまいし、別に必要ないのに。
「では、ご案内致します。ディモンズが豆から厳選した珈琲と世界各国のアルコールが楽しめる……ROSARY OF TEARSへ」
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