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五公演目――瑠璃とエンジェルズシング

フェルマータ:???

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「ん? 当時の一ドルの価値かい? そうだなあ。最低時給ってものが決まってからまだ一年も経ってない時代だったしね。当時の最低時給は確か……二十五セントかな?」

 一日たっぷり働いて、やっと二ドルいくかいかないか。と店主は肩を竦めた。

「彼の月収については聞いてみないと分からないなあ。ニューヨークいちのビッグバンドの名物シンガーとあれば、お小遣いって額じゃ済まないだろうけどね」

 初めて来た日の曲で、新聞少年らが売っていた新聞は一部あたり売値五セント卸値二.五セント。五十部売っても一ドル二十五セントの儲けしか出ない。そんな虚しい皮算用を見透かしたのか、「最低時給以下だよね」と店主は伏し目がちに呟く。

「そう。片や最低時給で十日分の金を、芸術品のためにポンと出せてしまう子。片やその最低時給より低い額でなんとか暮らしている子。これはそんな貧富の差が激しい双子たちが出会うアルバムでもあるんだ。メインパートが濃すぎて忘れがちだけどね」

 レジスターからはきちんとぴったりのお釣りが取り出された。手渡されたそれを、無意識に指でなぞる。

「はは、流石にちょろまかしはしないよ。これでも色々収入源があるからね」

 本日もご来場頂き、ありがとうございました。頭を下げる店主の背後、窓辺で天使がふたり寄り添い笑っていた。
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